第25話「賑やかな家族」
あれから数日。
この気持ちの名前が何なのか分からなくて、ずっともやもやしている。
でも、失くしたくなくて、外すこともできないままの二つの指輪を見るたびに、心は凪いでいく。
九条さんて……不思議なひと。
***
「せっかくなのでプレゼントに花束を持参してきました」
九条家との顔合わせの日、朝から自宅前には見慣れた車が停まっていた。
玄関先には、満面の笑みを浮かべた九条さんが花束を持って立っている。
数回デートを重ねるうちに、当たり前のように自宅まで送迎されるようになっていた。
でも、今日みたいな現れ方は、ちょっと想定外だ。
どう反応したらいいのか分からなくて、まごついてしまう。
差し出された花束は、中心に薔薇の花があり、その周囲をかすみ草と淡い水色のデルフィニウムが囲んでいる。
小ぶりな花束だったが、とても上品で綺麗だった。
「翠さんのイメージで、揃えました。受け取ってもらえますか?」
そう言われて、ぶわっと顔に熱が集まる。
……熱い。
「花瓶に生けてきます。す、少し待っていてください……」
照れくさくて、慌てて花束を受け取る。
声が上ずってしまった。
花瓶、母に『最低ひとつで良いから持っておきなさい』と言われて、購入しておいたものが役に立った。
今まで一度も使うことなんてなかったのに……。
「あの、お花……ありがとうございます。とてもきれいで、嬉しかったです」
「喜んでもらえてよかった……」
いただいたお花を花瓶に生けて、玄関で待っていてくださった九条さんへお礼を伝える。
そのまま家を出る。
着物を着ていつもより動きの鈍い私に気を遣ってくださって、九条さんが代わりに施錠してくれた。
「ありがとうございます。……私、そんなに動きにくそうにしていましたか?」
「そんな事はないですよ。ただ、母も着物を着ることがあって、その時に動きにくそうだったので、自然と手伝うように……癖みたいなものです」
苦笑している九条さんにエスコートされながら、彼の車に乗り込んだ。
その後、一度自宅近くのコンビニに立ち寄り、会場までの水分補給用の飲み物を買う。
今日は軽く汗ばむ暑さで湿度もそこそこあり、車内の冷房の風がとても気持ちいい。
「冷房、効きすぎていませんか? 寒かったら言ってください」
「あ、はい。大丈夫です。むしろ、着物が合物で暑いくらいなので、ちょうど良いです」
今日の九条さんは、濃紺のジャケットに少し明るめのグレーのスラックスを合わせていた。
きっちりしているのに、仕事の時みたいな堅苦しさはない。
シャツも落ち着いた色合いでまとめられていて、上品なのにどこか力が抜けている。
なのに、不思議と隙がない。
……この人、本当に服の選び方がうまいんだな。
***
今日の会場は、国際ホテルのラウンジだ。
先に、九条家のご家族が待っているらしい。
どんな人たちなのだろうか。
私は……受け入れてもらえるのかな?
ほんの少し、自分の心情に変化が起きていることに驚いた。
ホテルの駐車場に着いて、九条さんはいつも通り助手席側まで回り、私が車を降りるのをエスコートしてくれる。
「翠さんを……驚かせるかもしれません。うちの家族、かなり賑やかなので」
九条さんは、なんとも言いがたい表情になっている。
ちょっとだけ、困っている?
──どういう人たちなんだろう?
「お兄ちゃん、おっそい!」
ラウンジに着くと、一人の女性が腰に手を当てて九条さんを睨んでいた。
九条さんを『お兄ちゃん』と呼んだということは……妹さんだよね?
落ち着いたダークブラウンの髪をハーフアップでまとめ、お団子にしている。
着ている服はフォーマルではあるが、堅くなりすぎず柔らかい印象だ。
ほんのりと薄いピンク色の服が、よく似合う可愛らしい……女性というにはまだ若々しい雰囲気。
「美希。頼むから、もう少し声のボリュームを落としてくれ」
九条さんの顔を横目で確認すると、眉間にしわを寄せている。
この人、家族の前では、こんな感じなんだ……。
「はじめまして! 翠さんですよね。私、九条家の末っ子の美希っていいます。よろしくお願いします」
「あ……はい。西園寺翠といいます。その……こちらこそ、よろしくお願いします」
美希さんの勢いに押されて、言葉が詰まってしまう。
私から視線を移して九条さんを見た美希さんは、にやりと笑って彼に何かを囁いた。
声は、ラウンジの静けさと、どこか耳に残るざわめきに紛れて聞き取れなかった。
九条さんの表情は、苦虫を噛み潰したような顔に変わっていた。
九条が翠にプレゼントした花束は以下↓
モスローズ(濃い紫)5本。
白いカスミソウ。
水色のデルフィニウム。
小さめだけど、結構派手め。
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