第24話「瓶覗」
料亭から九条さんの車で移動して約三十分。
以前、指輪を購入した店『蒼彩堂』に着いた。
外観はシンプルなのに、中に入ると圧倒される空気感。
二度目の来店だというのに……やっぱり気圧される。
「いらっしゃいませ、九条様。西園寺様。お待ちしておりました」
先日対応してくれた店員さんが、入口で笑顔を浮かべて立っていた。
私、いつこのお店の人に名乗ったっけ?
九条さん? いつ伝えたんだろう。注文票とかに自分で名前を書いた覚えもない……。
あのときは本当に、緊張といろんな事に思考が追いついていなくて、全部お膳立てされていたのだと改めて実感してしまった。
店員さんの案内に従って、前回と同じ席に座る。
あのときは実感もないまま流されるように、ここに座っていた。今はほんの少しだけ、気持ちが追いついてきていることに気づく。
──私のために誂えられた指輪。
その事実が嬉しくて、口角が上がっていく。
ものすごく緩やかに上っていく。
九条さんは席には着かず、私の右斜め後ろに静かに立っていた。
「こちら、ご注文いただいておりました指輪でございます」
美しくスマートな所作で、目の前に指輪の乗ったトレーが差し出された。
指輪はビロードの生地で作られた専用のケースに収まっている。プラチナで作られた土台のリングは幅がやや太めで、その中にシーブルーの石が丸くカットされて埋め込まれていた。ペアリングとセットで使っても違和感はないだろう……。
どうしてこの形にしたのだろう?
きれいな指輪で、デザインも私の好み。
私、そんな話……一度もしてないと思うんだけど。
「……きれい」
それでもつぶやくように、ため息のように、その声がこぼれた。
たしかに、ひと目で気に入った石だった。
嬉しさが半分と、契約という関係性から申し訳ない気持ちがないまぜになって、なんとも言えない気持ちになる。
泣きそうになるのを、息を飲んで必死に耐える。後ろからそっと、九条さんの手が背中に触れたのを感じた。
言葉が出ない。
睡眠不足も相まって……感情の整理がつかない。
「……っ」
息を詰めたままの私に、九条さんが静かに言った。
「つけてみませんか?」
一歩だけ距離を詰めた九条さんに、言葉を返すことができず、頷くだけで答える。
声を出したら、泣いてしまいそうだ。
自分で指輪を取ろうとした瞬間、後ろから九条さんの手が伸びてきた。
ケースを手に取った九条さんは指輪を取り出し、私の左側へと移動した。
九条さんのその動きに、身体がピリッと緊張する。
私の左側にひざまずいた九条さんは、いつも通り自然に私の左手を取る。
「改めてプロポーズするみたいで、少し照れくさいですね」
よく見ると九条さんの顔には、少しだけ赤みが差している。
……まさか、本当に照れているの?
左手の薬指に、そっと指輪が滑り込む。
金属特有の冷たさが、不思議と心地良い。
太めの指輪ではあるけれど、それを感じさせない付け心地だった。
「本日のお召し物のお色と指輪の石の色合いが、とても上品に調和しておりますね」
「うん。やっぱり、よく似合ってる。……翠さんの色だ」
「あ……あの、あんまり褒めないでください。その……恥ずかしいです」
右手を動かして、着物の袖でさっと顔を隠す。
今の顔は、正直……見られたくない。恥ずかしい。
「特に調整の必要もないですね。完璧な仕上がりです。ありがとうございます」
私と左手を繋いだまま、九条さんが立ち上がって店員さんへ礼を伝える。
少しタイミングをずらして、私も立ち上がり軽く会釈した。
顔は相変わらず袖で隠したまま。
失礼だとは思うが、どうしても顔に集まった熱が散らない。
……暑い。繋いだ手も、顔も熱い。




