第23話「積み重ねた時間」
私を放置して、ひとしきり談笑しながら九条さんとの食事会を終えると、両親はせっかくだから、と彼とデートに行くよう仕向けてきた。
今は九条さんと二人、駐車場へ向かうために料亭を出たところだ。
数回トイレで離席した時に、九条さんは身なりを整えていたようで、すっかりいつも通りの『整った』状態の彼に戻っている。
ジャケットまでしっかり着込んだ状態に戻った九条さんを、改めて見てみるときっちりしているのに堅苦しさはない。
スーツは紺のメランジ糸で作られているスリーピース。ネクタイもよく見れば、うっすらと織柄の入った同系色で上品なのに遊び心が入っていた。
なんでこの人……こんなにおしゃれなんだ。
「二人ともさっさと帰っちゃった……」
「僕と二人は嫌ですか?」
「複雑なだけです」
両親を見送ったあと、一人ポツリとこぼしただけなのに、しっかり拾われてしまった。
そう、複雑なだけ。
実はちょっと嬉しいなんて思ってないし。
「そういえば、翠さん。今日の着物はまた、とても上品ですね。よく似合ってる」
「……ありがとうございます。これ、社会人になって、最初のボーナスで買ったやつなんです」
実はこの訪問着は、小さい頃七五三で着た着物と同じようなデザインのもので、裾に向かって瓶覗から徐々に濃い緑色へと変わるグラデーションになっている。ひと目で気に入って即決購入したのだ。裾は右下から左上にゆるく銀の波柄が入っていて、周囲には小さな星柄が散りばめられて描かれている。
七五三の着物は祖父母からのプレゼントだったけれど、これは今後、長く使えるし何より思い出の品とリンクするものだから、大切に使おうと決めて購入したもの。
九条さんに褒められたのが、嬉しい。
ちなみに、帯は独特な柄なのだが、実はお太鼓部分が上手に作れれば、猫が出てくる帯なのだ。
さすがにそこまで、九条さんは見ていないようだけど……。
見ていて、指摘していないだけとか?
「?」
駐車場へ向かう道すがら、視線を感じた気がして立ち止まる。
人影を見たような気もしないでもない……。
でも、周囲には九条さんと犬を散歩させている小学生くらいの子供とその親くらいしか見当たらなかった。
疲れているのだろうか? そう言えば、寝不足だった……。
ちょっとしたことに過敏になっているのかもしれない。
「翠さん?」
「すみません。実は寝不足で……ちょっと、ぼうっとしてしまったみたいです」
もし、本当に不審者がいたり、誰かが見ていたのなら、私以上に敏感な九条さんが気づかないわけがない。
きっと気のせいだろう。
「……ちなみに、今日は何時起床だったんですか?」
「えっと……かなり早かったかと。四時くらい?」
「……そうなんですね。疲れているところ、翠さんには少し申し訳ないのですが……以前、オーダーした指輪の件なんですが……」
「あ、あのシーブルーの石の?」
ちょっと食い気味に反応したら、九条さんの表情が一気にほころんだ。
この人、こんなに表情の変化が激しい人だったっけ?
「覚えていてくださって嬉しいです。今朝、連絡が来たんですよ。翠さんさえ良ければ、今日行こうと……」
「そうだったんですね。わかりました。行きましょう」
寝不足でいつもより頭がまわっていないのに、口はしっかり回る。
自分でも意外なほど、ぽんぽんと言葉が出てくる。
心なしか、九条さんの反応がいつも以上に緩いのも気になる。
「あのシーブルーの石の指輪、今の翠さんの着物とも違和感なく馴染むと思うんですよ」
九条さんの表情が……ものすごく柔らかい。いや、もともと柔らかい微笑みを浮かべている人ではあるのだけど。
……今は『緩い』と言ったほうが、しっくりくる表情だ。
眠気がピークを超えた私が見ているものが、幻でないのなら。
……この人、こんな表情も出来るんだ?
「あ、あの。お店に向かいましょうか。だって、いつまでも取りに行くの待たせちゃうのも、良くないですし」
彼と向かい合って手を握っているのが恥ずかしくなって、視線をそらしつつお店へ向かうよう誘導する。
いつもならなんてことない流れなのに、どうしてか今日は落ち着かない。
いつもと違うから?
「そうですね」
九条さんも視線を進行方向へ向けて、ゆっくりと歩幅を合わせて歩き出す。
相変わらず、この人の隣は歩きやすい。合わせてくれているのがとてもありがたいと同時に、細かやかな気遣いに触れるたび恥ずかしくなってしまう。
今日このあと、九条さんと一緒に過ごすのに、私の心臓持つかな……。




