第22話「マリッジブルー?」
部屋に入ってきた九条さんは、険しい顔をしていて、ネクタイは緩み、ジャケットは脱いで腕にかけていた。
こういう場では、きっちり着込んで涼しい顔をしているイメージのある人だったから、何かあったのかと不安になる。
……お見合いの場でも、普段のデートでも髪が乱れている印象がない人だった。それなのに今日は、心なしか乱れていた。
「……ご挨拶という大切な日に、遅れて申し訳ありません」
呼吸も乱れているためか、一旦、区切りのため息を吐いてから、九条さんは続けた。
「仕事のトラブルで呼び出されまして。処理は済ませたんですが……想定より時間を取られてしまいました」
「いや、仕事の問題なのなら、仕方ないだろう。それより、大丈夫かな?」
「はい。ご迷惑をおかけします」
私は軽くパニック状態になっていて、九条さんへどう声をかければいいか悩んでいた。
その間に、どんどん父と彼との間で話が進んでいく。
──当事者なのに、また置いてけぼり。
「翠さんにも連絡できず、すみません。運転中で、どうしても……何を言っても言い訳にしかなりませんが」
「あ、はい……」
息を整えながら説明している九条さんに、私は単純な返事しかできなかった。
「本当なら、こんなかしこまったところじゃなくて、ラフに挨拶できる環境の方が良かったんだろうが、冴子がどうしてもと言って聞かなかったから、余計な手間をかけてしまったかな?」
「いえ、大丈夫です。むしろ、形式を大切にすることで、両家の格を損ねずにすみますし。いずれ、僕にとっても義理の『叔母』になる人が提案してくださったので、断る理由はありませんから」
父が叔母の強引さについて、九条さんに謝罪を伝えた。だけどこちらの親族の関係性を受けとめたうえで、いずれ身内になるからと笑って答える彼。
契約という話だったのに、なぜか九条さんは結婚して普通に生活していくことに、全く抵抗がないのが不思議でならない。
私は未だに、追いついていないのに。
この差はなんだろう……?
「翠さん? どうかしましたか?」
「あ、いえ。なんていうか、話が進むスピードに気持ちが追いついてないなって……」
「いやだ、翠ったら。マリッジブルーになってるのね」
私と九条さんの会話を聞いた、隣りに座っていた母がころころと笑って言う。
──マリッジブルー?
これって、そういう『分類』の感情なの?
だって私たち、恋愛とは関係ないまま話が進んでるんだよ……。
お見合いでさえ、交流を重ねるうちに恋愛につながってる人がほとんどなのに。
私たちは単に『利害関係』でつながっているだけなのに……。
「まあ、結婚なんて、縁が八割だからなぁ……」
「お義父さんの経験談ですか?」
「まあね」
……そう言えば、両親もお見合いがきっかけで結婚したって言ってたな。
母方の祖父が父の上司で、年齢的にも釣り合うからって言われたという話を聞いたことを思い出した。
「見合いで顔合わせして、話をした時に価値観の相違や違和感が気にならなかったから、母さんとなら生活できるなって思って、その場でプロポーズして、結婚してから恋愛した感じかな。見合いから結婚までは早かったからね」
父が過去を回想しながら話す内容に、驚いてしまう。隣では母が笑っていた。
うちの両親も見合いのあとに恋愛をして、結婚したのだと思っていた。
でもどうやら違ったらしい。
──うちは会話の多い家だったから、知っているつもりになっていただけなのかも知れないと、いまさら気づく。
「遅かったと言うほど、遅い結婚でもなかったんだけれど……ちょっとトラブルがあって、子供は翠ひとりだけになったのが悔いの残るところよねぇ」
「いいじゃないか。その大事な一人娘を大切にしてくれる、いい人とこうして縁が結ばれたなら、結果オーライさ」
──追いついていない私を置いて、他の三人で談笑が始まる。
他人事だと思って!




