第21話「ノイズ」
例の『Noctis』の件で、契約上の関係とは言え、九条さんの態度に少し不満を感じた二日後の月曜日。
先輩事務員である真里さんが法務局へ出かけている間、私は一人で山積みになっている書類と格闘していた。
──いや、すべての書類を一人で捌いているわけではないけれど。
「あ、西園寺さん、コレも頼む~」
今、正直ちょっかいをかけてこないで欲しい。
「土屋先生。それ、先生がやらないとダメなやつですよ~」
「ええ~そんな事言わずにさぁ~。俺も今日は早く家帰って、子どもの話し聞きたいのよ~」
適当にあしらいながら、目の前の書類を片付ける。
そう言えば、土屋先生のお子さんたち、中学校はみんな私学を受験していたな?
今年は……誰だっけ?
「ああ、まりなちゃんでしたっけ。今日、来年の中学受験前の大事な模試の試験結果の日?」
そうだ、まりなちゃんだ。土屋家の女の子たちは、みんなひらがなで名前をつけられている。
奥さんのこだわりだそうだ。
確か、まりなちゃんは今年、小学校六年生。来年二月ごろが中学受験だったはずだ。
「そうそう。だから、報告聞く約束したんだよ~」
「そうなんですね。じゃ、頑張ってください」
上司であり、うちの事務所の代表でもある土屋先生を適当にあしらいながら、まだ残っている目の前の書類を捌いていく。
まったく。すぐにサボろうとするんだから。
やろうと思えば、ササッと済ませられるのに……。
今日の土屋先生は、事務所内だけで仕事を済ませる予定になっているからか、いつもよりだらしない。
多分、この様子だと、自宅を出る時からこの有様だったのだろう。
──よく奥さんに怒られずに家を出られたものだ、と感心してしまった。
「そういえば、西園寺ちゃん」
「なんですか。書類の処理は受け付けてませんよ」
「そうじゃなくて。次の休みが、九条くんとご家族の挨拶なんだって?」
「決まった時にすぐ連絡したのに、なんで今、確認してくるんですか……」
ちょっと苛立って、書類を処理する手が一瞬止まる。
さっきからジャマばっかりされている。
この人、たまにこういうことしてくるから、尊敬できるのに好きになれない……。
「いやぁ、あれだけ抵抗してたのに、あっさり九条くんと婚約まで進んで、親族顔合わせの段取りが進むんだからびっくりだわ~って。ま、結婚なんて縁とタイミングだからね~」
「……余計なお世話です」
──ほんっと、不愉快な人!
***
そして約束の九条さんと両親の挨拶の日。
朝から両親とともに、予約している料亭へと向かった。
前日から久しぶりに実家に帰り、夕飯を家族と食べて泊まったからか、リラックスモードに入っていた……はずだった。
朝から叔母が来て、やれ着物を着ろだの、やれ髪型がどうのと騒いでいったので、すっかり疲労困憊。
もう少しだけ、ぐうたらしていたかったのに、叔母のせいで早朝から叩き起こされて、未だに眠気が強い……。
「翠、大丈夫?」
ふらふら歩いていたからか、母から心配そうな声をかけられる。
大丈夫だといいたいが、眠気がどうにも邪魔をする。
料亭について、挨拶と食事会のための部屋へと案内される。
九条さんはまだ来ていなかった。
時間は約束の十五分前。少し、うちの家族が早く着いたようだ。
***
……遅い。
約束していた時間から二十分が経過している。
いつもは、九条さんが待っている側なのに……珍しい。
何かあったのかな?
いつもなら何かしら連絡をくれるのに、今日に限ってはスマホを見ても何の連絡もない。
昨日の夜までは、普通に連絡をくれていたのに……。
睡眠不足なのも影響して、不安が加速している気がする。
どうしよう。
九条さんがいなくて不安になるなんて……。
落ち着かなくて、腕時計を気にしてしまう。
──時間は進んでいくのに、九条さんが来ない。
不安が大きくなってきて、気持ちが不安定になってきたタイミングで、料亭の入口の方から慌ただしい足音が聞こえてくる。
部屋のふすまが勢いよく開かれた。
いつもは、整っているはずの九条さんが、妙に乱れた感じで部屋に入ってくる。
「遅れてすみません」
──顔色は少し悪かった。




