第19話「設計のほころび」
「翠さん、こっちです。行きましょう」
微笑んでいる九条さんに手を引かれて、見本が広げられているテーブルへ着席する。
対面には先程の責任者の方。名札などはなくお名前が分からないけれど、おそらく店長さんなのだろう。
九条さんは私の動揺を見抜いているのか、隣に座ってずっと手を握って離さない。
「九条様より、お昼前にいただいた図面から、必要になる家具のサイズはすでに把握済みです。あとは、この色見本から質感など、お気に召されたものを使って、家具の制作を承ることになります」
店長さんがさらりと、とんでもない説明をしてきた。
オーダーメイド家具……。
理解した瞬間、隣に座っている九条さんへ顔を向けた。
私の動きに、九条さんも私へ顔を向ける。
その顔は微笑みを浮かべていたが、どこか胡散臭さがあった。
「大丈夫ですよ。落ち着いてください」
握られた手が、親指でゆっくりと撫でられる。
不満はあるのに、撫でられた手に意識が持っていかれて言葉が出なくなった。
ただ、今のところ不快に感じないのが……困る。
まるで私の好みをすべて把握して、完璧に誂えられている感覚。
不快さはまったく感じないように、快適さで支配されているような……。
「全部……計画済みだったんですね」
「バレてしまいましたか」
少し間を置いて、悪びれもせず九条さんは続ける。
「最初に話した通り、翠さんに『負担』をかけたくないんですよ」
その言葉に、なんだか腹が立つ。でも、いらだちとは少し違う感じ。どう説明していいかわからない『もやもや』。
一緒に作り上げて、相談しながら決めていくことが、『生活する』ということだと、私は思っていた。
──九条さんは、違うのだろうか?
「一緒に組み立てていくことを楽しもうとは思わなかったんですか?」
繋いでいない方の手で、頬杖をついていた九条さんの表情が初めて悩ましげに歪んだ。
私、そんなに難しいことを言っただろうか?
相談しながら適宜対応していこうって決めて、同意したのは九条さんなのに。
「すみません。僕と翠さんの間に、解釈のズレがあったみたいですね。もっときちんと僕からも相談をするべきでした」
九条さんの返答に、自分の頭の中を軽く覗かれた感覚がした。
この人、怖い。
でも、その『怖さ』が、不快感に繋がらない。
……どこまでも、得体のしれない不思議な人。
「とりあえず、ひとつだけでもいいので、ここで家具を誂えませんか? 大物の家具ほど、オーダーでしっかりしたものを作ったほうがいいと思うんです」
困ったように眉を下げて、九条さんが言ってきた。
せめて、Noctisへ来る前にもう少し、相談してほしかった。
「わかりました。とりあえず、あの部屋の印象に合わせた食器棚だけ決めましょう」
そうして、私はテーブルの上に並べられた色見本と素材見本へ目を向ける。
さすが、高級家具のオーダーメイド部門だ。
ひと目でいいものだと分かるレベルの見本品に、一瞬、気圧されかける。
九条さんと繋がれた手をそっと離して、見本品に触れてみた。
最初に触った素材の手触りが気に入ったので、口角がゆるく上がっていくのを自覚する。
「……私、これがいいです」
呟いた瞬間、店長さんが軽く目を見張る。
隣では九条さんが息を詰めたのがわかった。
「九条様が、婚約者様を選ばれた理由が分かりますね。素晴らしい審美眼です」
店長さんの表情が一気に緩んで、なぜか褒められた。
「ホワイトオークで食器棚の制作でよろしいでしょうか?」
店長さんは笑顔を崩さずに話しかけてくる。
「はい。それと、取っ手の色はこのアンティークゴールドで。それから、ガラス戸を入れるなら、シーグラス加工をお願いします」
私はせっかくだからと、どんどん自分の頭の中のイメージを言葉にして吐き出していく。
アイディアを出していく私を見ていた九条さんに、少し動揺の色が見えた。
──やりすぎたかな?




