第十六話「置いてけぼりの心と、進んでいく現実」
試食のあと、オーナー夫妻に感想を伝えて、そのついでにランチメニューのおすすめを聞いた。
おすすめランチを注文して、テーブルに運ばれた食事に舌鼓を打つ。
オーナー夫妻のおすすめだけあって、とても美味しい。ランチにしてはちょっとボリュームがある。
メインの鶏むね肉のステーキに、玉ねぎを使ったこってりしたソースが絡んでいるのに後味はさっぱり。すごく食べやすくて、付け合せのサニーレタスとプチトマトの彩りが目を楽しませる。
二人揃って黙々と、でも重くない沈黙の中で食事を続けた。
少し落ち着いてきた頃、九条さんが思い出したように話し出す。
「そう言えば……」
デザートが届く前にと、空になったメインのお皿を避ける手を止めて、私は九条さんへ顔をむける。
「引っ越しの前に、一緒に暮らし始める以上、お互いの家族の顔合わせをしたほうが良いかなと」
そう言われて、一瞬、思考が止まる。
両家の顔合わせ。
まずは、両親へ九条さんを紹介して、九条さんのご家族にも私を紹介してもらってから……の流れになるのだろうか?
いつの間にか、思考が事務処理モードに切り替わっていた。
「いつ頃がいいでしょうか? 両親に都合を確認してみます」
「そうですね。可能なら、六月中にどちらかの家族と挨拶は済ませておきたいかなと思っています」
「六月中……一度、確認してみます。間に入ってくださった柳田さんや、叔母にも連絡を入れておいたほうが良いかなと思いますし」
「あ、柳田さんには僕から。うちの事務所の代表でもあるので」
九条さんは苦笑していた。
……そうだった。忘れてた。
***
結果として、うちの両親が先に九条さんと挨拶する流れになった。
叔母に連絡を入れたところ、あっという間に両親の予定が押さえられたらしい。
叔母と父が兄妹なのだが、父は昔から叔母には頭が上がらないらしい。
そして母も、男兄弟に囲まれて育ったせいか、義理の妹である叔母にはどこか甘く、強くは出られない。
結果それぞれの家族への挨拶は、うちの両親と九条さんのものが六月末に。
その一週間後には、私が九条家へご挨拶に行く流れになった。
「うちの叔母が強引ですみません」
両家顔合わせの話が出た当日に、まさかここまでトントン拍子に話が進むことになるとは思わず、妙に居心地の悪さを感じてしまう。
九条さんはまた苦笑していた。
「いえ。むしろ、スケジュールがタイトになってあとで困らずに済むので、良かったですよ」
一拍置いて、九条さんが続けた。
その表情は、なんだか楽しげだ。
あまりに簡単に物事が決まっていく。そのことに、少しだけ引っかかりを覚えた……。
「せっかくなので、この後は、新居の家具を見に行きませんか? 先延ばしにするよりサクッと決まるほうが、あとが楽ですし」
なぜか、九条さんの提案が『モデルハウスの家具を決める会議』しているように感じてしまった。
まだ……事務処理モードから抜けきれていないのかな?
「……そうですね。じゃあ、どこへ行きましょうか?」
徐々に、思考がゆるくなっていく。
「この店からだと下道で一時間くらい、高速をつかえば二十分くらいで行けるところにある店なんですけど、そこならあの部屋に合う家具があるかなと思っています」
「そうなんですね……」
家具の話をしていると、お店のスタッフさんが私と九条さんの前にそれぞれ、ランチメニューのセットになっているケーキを置いて一礼して厨房へ戻っていく。
話しの進み具合に現実感が伴わないけれど、目の前に置かれたミルクレープは美味しそうだ。
何層にも重ねられたクレープ生地の間に挟まれたクリームは、生クリームじゃなくてチーズクリームだった。
さっぱりしているのにコクがあって、すごく食べやすい。
「ミルクレープも美味しいですね」
「……そうですね。ここのオーナーがメインにこってり系を多く使っているので、セットで出すケーキはほとんどがさっぱりした甘さのものが多いんですよ」
九条さんがケーキについて説明してくださっている。実は厨房では毎日試行錯誤して、あの手この手で美味しくて食べやすいレシピを考案しては試食をくり返していると言うことだった。
──なにその楽しい時間。私も混ざりたい。




