第十七話「彼の背景」
食事を終え店を出る頃には、昼の明るさがゆるやかに傾いていた。
当たり前のように、食事代が九条さんの支払いになっているのが、なんだか申し訳ない。
自分の食事分だけでもと財布を出そうとしたら……。
「ここは僕の顔をたててください」
やんわりと断られてしまった。
九条さんの担当している、クライアントさんの店でもあるということも踏まえて、ここは大人しく引き下がるのが道理かな。
九条さんの車に乗り込んで、次の目的地へ向かう。
助手席の車窓から見える景色が、ゆっくりと駐車場から車道の景色へ変わっていく。
しばらく道なりに進んでいく景色を眺めながら、静かにウインカーの音がなって、九条さんが車線を変更した。
緩やかに走っているはずなのに、景色の流れが少しだけ早くなった気がする。
──状況の進み方と気持ちの状態がちぐはぐなことと、景色の流れがリンクした気がした。
「翠さん、ご自宅の家具は何色をメインにされてますか?」
「家具の色ですか?」
言われて少し考え込む。
自宅は一般的な1Kだが、居室自体は比較的広めだった。
キッチン周辺はそこそこ狭いので、小さめであまり背の高くないカラーボックスや、オープンシェルフのラックを使っている。
色には、あまりこだわりを持っていないから、ステンレス・白などの平均的なものが多い。
居室だけは、落ち着いた空間にしたいと思って、ダークカラー系でまとめて、でもあまり重たく感じない物を選んでいた。
色? と言われると悩んでしまうくらいには、今の家にはこだわっていない気がする。
「えっと……居室は、落ち着いた空間にしたいから、ダークブラウンとかダークブルーとかをメインに、カーテンはシルバーグレーを使って、重くなりすぎないようにしています」
「ああ、いい色の選択ですね。センスが良い。なら、今から行く店は、翠さんの好みと相性が良いかもしれません」
褒められると、どうしていいか分からなくなる。
でも、悪い気はしない。
「ありがとうございます」
「キッチンはどうですか? 水回りは新居の感じから、白で統一しても良いかなと思っているんですが……」
キッチンの様子を思い出す。
確かに、あのアイランドキッチン周辺は白で統一しても良いかもしれないが、ちょっとアクセントが欲しい。
「白でまとめてしまっても良いんですが、空間がぼやけるのが嫌だなと思ってるので、アクセントでブラック・ブルーだったかな? ちょっと色味がほしいなと……」
「……確かに。空間がぼやけるところまでは考えていませんでした。さすが、翠さんですね」
「あ、間違えたかも。ブルーブラックだったかもしれません」
色名が記憶と違っていたかもしれない可能性が浮かんで、慌てて訂正する。
「同じ色のものでなくてもいいなら、アクセントカラーは家電で探してみましょうか」
「そうですね。家電にアクセントを置いて、家具は白っぽいもので統一しましょうか」
顎に手を当てて、視線を足元に落としながら九条さんの提案に同意する。
「それなら、あのキッチンはシャビーシック系でまとめると、生活感はないのに温かみのある印象にまとまりそうですね」
私の頭の中でイメージしていたのと、ほぼ同じイメージで九条さんが返してくる。
視線を上げると、いつの間にか高速道路の入口に差し掛かっていた。
「高速道路でだいたい二十分くらいなんでしたっけ?」
「はい。二つ先の出口から降りて、少し行ったところにあるんです」
「そこも、九条さんのクライアントさんの?」
「いえ、そこは両親の関係先でして。母が司法書士として関わったお店なんですよ」
司法書士。
そうか。私の目指す司法書士としての先輩に当たる人なんだ……。
少し気になってしまう。
──どんな人なんだろう? 詳しくお話聞けたりしないかな?
「お母様、司法書士なんですね」
「ええ。普段はかなりのんびり屋で、ちょっと抜けている人ではあるんですが……仕事になるとかなり『辣腕』という言葉が当てはまる、ちょっと不思議な人です」
その言い方はどこか誇らしげで、ご家族を大切にしているのが伝わってきた。
どんな人達なんだろうか? 今回行くお店は、ご両親の関係先と言っていたけれど、お父様も関わっている?
──興味はわくけれど、気持ちはまだ追いついた気がしないまま車は動き続けていた。




