第十四話「動揺」
「……え?」
一瞬、九条さんの反応が遅れた。
「え?」
私も、自分の言葉の意味が一拍置いて染み込んでいく。その瞬間、声が漏れた。
──ワタシ、イマ、ナンテイイマシタカ?
「あ……すみません。その、さっきのは無しで!」
慌てて言い直す。言った瞬間、自分でも何を取り繕ったのかが分からなくなる。
動揺したまま、フローリングに視線を落とした。
九条さんの顔が見られない。
さっき、自分が何を言ったのか……その意味だけが遅れて追いかけてくる。
少し前まで意識にかする程度の距離に立っていた、不動産屋の営業さんの気配が薄くなっていた。
──気を遣われた!
それが分かると、余計に恥ずかしい……。
「……え~っと。そこは適宜対応ということで」
九条さんが身動ぎしてから、言葉を絞り出している。
声が……ほんの少しだけ上ずっていた。
いつもみたいな落ち着きが薄い。
……ああ、穴があったら入りたい。
「んんッ。とにかく、防犯の関係上……翠さんは一番奥の部屋を使ってください」
「はい……わかりました」
「……他の部屋も、見て回りましょうか。水回りも確認しておきたいですし」
動揺して頷くのが一拍遅れた。少し間を置いて九条さんに内見を続けようと促される。
私は軽く頷いて、歩き出した九条さんについていく。
***
それぞれの部屋を見てみて思ったのは、キッチンにカップボードはあるけれど、もう一つしっかりした食器棚は必要そうだということになった。
それから、リフォームについても少し。
キッチン周辺は特に必要なさそうだけれど、和室の正面にあるサンルームはルーバーカーテンの取り換えを検討することに。
私の部屋は七畳の洋室で、九条さんは主寝室以外に在宅勤務用の部屋として五・五畳の部屋を使用するという話になった。
残る一部屋は六畳程度で、和室と合わせて臨機応変に客室に使ったり、応接室みたいな使い方をする方向で決まる。
「そのうえで、翠さんの部屋の壁を一面だけ色変更するということで良いですか?」
「はい。ちょっと色が暗すぎて……重く感じてしまったので、アクセントカラーを入れて欲しいなと」
二人で図面を覗き込みながら、私の好みを相談する。
ちょっとだけで良いから、『抜け』が欲しかったから……。
あ……そう言えば。
「客室用・応接室用の六畳はどうしますか? あそこもちょっと色が重たいなって感じたんですけど」
「翠さんの好みに合わせますよ。僕はあまりインテリアにはこだわりがないので……」
一度だけ言葉を切って、九条さんは淡々と続けた。
「過ごしやすい居住空間さえあれば、それで十分です」
彼の言葉は、どこか生活の手触りが感じられなかった……。
***
最終的に内見した部屋の契約が決まった。
リフォームは私の部屋と六畳の壁紙のアクセントカラーへの変更と、サンルームのルーバーカーテンの取替えが決定した。
もろもろの作業が完了するのが、おおよそ二ヶ月後になるとのことで、引っ越しは二ヶ月後に決まる。
不動産屋の営業さんと別れて車へ向かいながら、私と九条さんは今後について詳細を相談していた。
「それまでに今の部屋の引き払いの段取りと、引っ越しの手配も済ませましょうか」
「はい。使える家具はそのまま持ってきて、その上で家電ですけど新しく買いますか?」
家具は今持っているもので、使えるものはそのまま使う方向で話を進めていく。
「冷蔵庫は二人になるので、容量大きめのものを購入しましょうか。掃除機は……それぞれ自宅にあるものが使えるなら、家具と同じくそのまま持ってきましょう。エアコンは新しく購入して、あとは……調理家電か」
「そうですね。炊飯器と電気ケトルは私のものはまだ使えるんですけど……」
「僕もまだ買い替えて間がないので、ほとんど新品なんですよね」
九条さんが足を止めて、視線を落とす。
「自炊……されるんですね?」
「はい。一人暮らしをするに当たって、母から徹底的に仕込まれました」
調理家電の話を聞いて、ちょっと意外な一面を知った。
九条さんは少し気恥ずかしそうに苦笑している。
「最終的にどうするかは、今後要相談ということにしましょう? 今ここで悩んでいても仕方ないですし」
「そうですね」
相談して決めていく方針を提案したら、九条さんも納得していた。
見えてきた駐車場を見ていたらふと視線を感じて、九条さんを見ると彼も私を見ている。
手は……当たり前のように繋がれていた。
「翠さん、今日はこのあと時間はありますか?」
「はい。今日は一日フリーです」
「……なら、前に行けなかった例のお店にランチに行きませんか?」




