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マリッジ・コントラクト  作者: 星つむぎ
第一章:未定義な関係

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第十三話「未定義なままの距離」

 外観はハイグレードな高層マンションだった。

 でも案内されたのは五階の角部屋らしい。

 玄関を開けてまず目に入ったのは、やけに広いシューズクロークだった。


 ──これ、季節物の入れ替えとか全部ここで済むやつだ。


 玄関からそのまま上がる導線とは別に、シューズクローク側からも廊下に抜けられるらしい。

 水回りはそのすぐ横にまとまっていて、

 トイレ、洗面、洗濯機置き場、浴室と一直線に並んでいる。


 ──ちゃんと『生活』がここで完結する配置だ。


 廊下の突き当たりがリビング。

 LDKは二十三畳。

 アイランドキッチンが中央にあって、余計な仕切りはない。


 ──『釣られた』。そう感じた。私の好みドンピシャなのだ。


「……ここ」


 思わず声が漏れる。

 料理をする人間の導線を邪魔しない配置。

 火元とシンク、作業スペースの距離がちょうどいい。

 何より、空間に閉塞感がない。


 ──これ、普通に……いや、かなりやりやすい。


 キッチンの背面にはカップボード、その奥にパントリー。

 収納には困らなさそうなのに、それでもまだ「余る」空間がある。

 息がしやすい、と感じたのはそのせいかもしれない。

 見ているうちに、頭の中で手順を組み立てていた。

 お菓子作りでも、普段の料理でも、無駄が出ない。

 キッチンのトップに触れてみる。ひんやりとした大理石風なトップは使いやすそうだ。

 LDKからはインナーテラスに通じていて、その先にバルコニーが広がっている。

 インナーテラスへの出入り口の隣には、五畳程度の和室があり、客室にも使えそうだ。


 ──生活する家、というより。


 誰かが最初から『こう使う』と決めて作った空間だ、と感じた。

 LDKの広さも、キッチンの配置も、全部に理由がある。


 ──私はここに『住む』のではなく、『合わせる側』なんじゃないか。


 ふと、そんな考えが頭をよぎる。

 視線が自然と窓際に向かう。

 インナーテラスの先に、柔らかい光が差し込んでいた。

 その隣の和室だけが、少しだけ別の時間の気配を持っているように見える。


 ──ここが、一番落ち着くかもしれない。


 窓の配置がやけにいいことに気づく。

 光の入り方が柔らかい。

 それと同時に、違和感がひとつ消えた。


 ──音が、ほとんど響かない。


「防音もかなりしっかりしているんですね」

「はい。上下階への配慮も含めて設計されていると聞いています」


 ……ちょっと静かすぎるくらいだ。


 気づけば内見というより、『確認作業』に近くなっていた。

 生活を置いたときの自分は、いまだ想像できないけれど……。

 それを嫌だと思わない。そこが一番……厄介だった。


「この物件は、リフォームも自由度が高いそうです」


 九条さんの声が、少しだけ続く。


「入居前の調整も可能です。必要であれば」


 その言い方があまりにも自然で。

 私は一瞬だけ、言葉に詰まる。


「居室は全部、リビングからアクセス出来るんですね」

「ええ。安全面を考慮して、和室の隣の部屋は翠さんが使ってください。ここが一番、玄関から遠いので」


 間取り図を確認しながら、九条さんが続ける。


「玄関から一番近い部屋は、防犯の関係上、僕の部屋にします」

「え?」


 思わず間抜けな声が出た。

 間取り図には『主寝室』の文字。普通に、そこを使うのだと思っていた。

 違うの?


「一緒の部屋にはしないんですか?」


 ──無意識に、口をついて出た言葉は自分の理解を超えていた。

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