第十二話「梅雨の晴れ間」
仕事の電話でデートが中断した日から、数日が経過。
その日の夜から、毎晩のように九条さんからメッセージが届くようになった。
短い、一言だけのものがほとんどだ。
『今日はすみませんでした。ランチ、次回は必ず行きましょう』
『今日は無事に帰れましたか?』
『仕事は問題なく終わりましたか?』
『また一段と暑くなりましたね。体調に気をつけてください』
返信するほどでもないメッセージにはスタンプだけを返して、問いかけには短く返事をする。
会話とも呼べないやり取りが、毎日静かに積み重なっていった。
そうこうしているうちに梅雨に入り、通勤時には足元が濡れる日が続いた。
そんな日々の中でも、九条さんからは相変わらず、私への気遣いやランチへ行くお店のウェブサイトのアドレスと、一言メッセージが届いていた。
そしてある日、次の休みにルームシェア用の部屋の内見をしないかと誘われる。
……たまに、話が飛ぶのはどうしてだろう?
過去のメッセージを見返しても、一度もそんなメッセージは届いていなかった……。
「……悩んでても仕方ないか。どっちにしろ契約の上で必要になるんだし、なんとかなるよね?」
内見の誘いには『ぜひ』と、短く返事をする。
そのまま、当日に向けて少しずつ準備を始めた。
とはいえ、ルームシェアで何を確認すればいいのかが、私には見当がつかない。
まあ、そこもなんとかなるかな?
***
内見当日。
今日は梅雨の晴れ間だったこともあって、久しぶりに天気がいい。
……一種の現実逃避をするにも、ちょうどいい。
「たっか……」
たしかに、職業柄お互いの安全面を考えれば、このグレードの部屋になるのはわかる。
理解はできる。
間抜けな顔のまま、私はしばらくその場に立ち尽くしていた。
──こんなマンションに住むの?
いや、まだ確定はしていないんだけれど。
それでも……それでも!
「翠さん、お待たせ……」
マンションを見上げて固まる私を見つけた九条さんの声が、一瞬途切れる。
しまった……。とんでもなく呆けてしまっていた。
「あ、すみません。ちょっと……驚いてしまって」
「ああ、そうですね。安全面を考慮すると、どうしてもこのグレードの物件しか考えられなくて。驚かせてしまいましたね」
安全面を考慮して……。
そう、理解はしてるんだけど。
「いえ、別に……ただ、まだ少し現実感が薄いと言うか、実感が追いついていないと言うか」
「……すみません。性急に事を進めている自覚はあります。ただ、周囲も僕らの様子を逐一うかがってくるので、納得させるには体裁を整えてしまう方が早いんです。もし、苦しいとか辛いとか思われるようでしたら、話してください」
「……契約を受け入れたのは事実ですから、こうなることは予想できて然るべきですね。すみません。ただ、ちょっとだけ、ペースダウンしてもらえると嬉しいです」
契約を受け入れたのは自分なのに、追いつかないでは済まされないか。
ついていけるように頑張ろうとは思うけれど、気持ちスピードを落としてほしいなとも思ったので、そう伝えておいた。
しかし……九条さんの表情がなんというか、『叱られた犬』のようだ。
まだ二度目だというのに、なんだか人間臭い部分がどんどんにじみ出てきている。
今日の彼は、淡いグレーの七分袖のジャケットに白シャツという、落ち着いた装いだ。
見た目の印象と実態に、すこしだけ『ズレ』を感てしまう。
「えっと……九条さん、とりあえず、不動産屋さんと合流しましょう」
「そうですね」
心なしかしょんぼりしている九条さんを促して、不動産屋の営業さんと合流するために、私たちは歩き出した。




