2話 なんで嘘ついたの
三年生にもなると、同じ学年の子のことはほとんど覚えていて、名前や顔を見たらどういう人かわかるくらいになっていた。
加奈子にとって山城君は苦手な子に分類される子だった。外で遊ぶのが好きだということは加奈子と同じなのだが、山城君は少し乱暴な子なのだ。
ドッチボールの時、至近距離でも思いっきりボールを投げるし、椅子取りゲームをすれば力づくで椅子に座るし、気弱な男の子を殴って泣かせていたこともある。
そんな山城君が、お昼休みにケイドロをしていた時に、捕まっていた加奈子と仁志君にニヤニヤしながら近づいてきて、言ったのだった。
「お前ら付き合ってんの?」
その時、他に捕まっていた子はいなかったので加奈子と仁志君は二人で逃げる相談をしていた。
「え、なんで?」
答えたのは仁志君だった。
仁志君は少し焦った顔をしていた。
加奈子と仁志君は幼稚園のころから仲が良かった。それは今でも変わらない。二人きりの時は「ひーくん」、「なーちゃん」と呼び合っている。
加奈子が「ひーくん」と呼ぶ時も、仁志君に「なーちゃん」と呼ばれる時も加奈子は嬉しい気持ちになった。
しかし、仁志君はどうだったのだろうか。いや、考える必要なんてない。ないはずだ。昨日、公園で遊んでいた時も楽しそうにしていたし、こうして作戦会議をしてる時だって、どうやって逃げるか二人で想像を膨らませてわくわくしていたのだ。
だから、考える必要なんてないのだ。
「えーいや。だって怪しいぜ。前、加藤と三浦が言ってたんだ。あの二人仲いいよね、付き合ってんじゃない? ってさ」
三人の様子がおかしいことに気がついた、ケイドロをしていた他の子たちがパラパラと集まってきた。
集まるにつれて仁志君の表情が強張ってきた。笑っているつもりなのだろうけど、口の角度が変になっている。
ひそひそ声が聞こえる。「どうなんだろうね」、「いや、高山と?」、「三雲君、いがーい」。男の子も女の子もいた。他にも色々言っていたけど、あんまり加奈子の耳には入らなかった。
何を言うべきか、また、仁志君が何を言うのか、そればかりを考えていたのだ。
加奈子は決意した。
「そ――」
「そんなわけないじゃん!」
そうだよ、と言おうとした加奈子の言葉は、仁志君の言葉に遮られた。
「なーんだ。つまんね」
山城くんの一声で、みんな興味を失ったようだ。
ちょうど予鈴が鳴ったこともあり、ケイドロは終了となった。
教室に戻る時、加奈子は仁志くんにゆっくり近寄った。
「ねえ、なんで嘘ついたの?」
責めているわけではなかった。ただ加奈子は純粋に疑問に思ったのだ。
私はひーくんが好きで、ひーくんも私を好きだ。幼ながら、加奈子は恋愛感情を理解していた。
難しいことではない。ただ一緒にいたい。そう思うことを好きと呼ぶのだ。
「なーちゃん。後で話そう?」
仁志くんがちらりと周りを伺った。
加奈子はその仕草を見たが、仁志くんが何を気にしているのかわからなかった。
だが不満はなかった。仁志くんが加奈子のことを「なーちゃん」と呼んだからだ。この呼び方は二人だけの特別な呼び方だ。その呼び方をしてくれるということは、仁志くんが自分のことを特別に思っているからに決まっているからだ。
放課後。
仁志くんから指定された、学校から少し離れた公園に加奈子は向かった。
仁志くんはブランコに座っていた。ランドセルを背負ったまま、ただ座っていた。
「ひーくん」
加奈子が声をかけると、仁志くんは顔を上げた。
「なーちゃん」
仁志くんはほっとしたような表情をしていた。
加奈子が怒って来てくれないかもしれない。もしかしたらそう考えていたのだろう。
加奈子はこの時、仁志くんから嘘をついたわけを話してもらえると信じていた。
「あれ? 仁志じゃん」
その声に二人は振り向いた。
視線の先にいたのは山城くんだった。彼の周りには何人か男児がいた。そのほとんどがケイドロをしていた時と同じメンバーだった。
彼らがどうしてここにいるのか。遊ぶなら学校の近くの公園にいるはずだ。
加奈子には想像もつかなかったが、学校近くの公園は上級生の子供たちが占領していて、山城君たちは代案としてこの公園で遊ぶことを選んだのだ。
つまり、彼らがここにいるのは全くの偶然だった。
「あ、高山もいる」
「なんでここにいんの?」
「やっぱり付き合ってんじゃね?」
「まじ!? うっわーやべー。チューとかしてんのかな」
山城君たちは「ちゅー、ちゅー」と口を尖らせて笑い始めた。加奈子たちをからかうためだ。
小学三年生にもなると、性差というものができてくる。わずかながらではあるが、男子の身体は筋肉質に、女子の身体は丸みを帯びるようになってくる。
それに加えて、現代の子供たちの性知識の取入れはかなり早い。当たり前のようにネットを使える現代では、キーワードを一つ検索にかけるだけで無数の性知識が得られるのだ。
もちろん、彼らがその知識を公にひけらかすことは無い。思春期も訪れていない小さな彼らには、学校で教えてももらっていない知識を得ていることが何かよくないことのように感じられるからだ。
彼らが得ている知識には個人差がある。家庭環境や、興味の程度による影響が大きい。
加奈子はそういう知識をまったく知らなかった。
親にはもちろん、友達ともそういう話はしたことがない。性知識以前の、誰々君がかっこいいとかそういう段階の話くらいだ。
そんな加奈子に対して、仁志君は山城君と仲がいいこともあって、かなり進んだ知識も持っている。手を繋いだり、キスをしたり、その先のことまでも。
その行為を彼らは大人と同じように受け入れられるかといえば、それは不可能だった。わけのわからない、奇妙で、不気味な行為として、笑いのネタとして受け止めるのが彼らの限界だった。
「付き合ってなんかない!」
仁志君がそう言うのは、おかしなことではない。
彼らの間では性知識が共有されているものの、実践したことのある子などいるはずもなかった。
そんな最中に、もし仁志君が加奈子と付き合っていると知られたらどうだろうか。
他の子はどうだかわからないが、仁志君はあの行為を悍ましい、忌避されるべき行為だと感じているのだろう。そんな行為を仲間たちに「しているかもしれない」と思われるのは耐えがたいことなのだ。
ありていに言えば、恥ずかしかったのだ。
だが、そんな少年の心を加奈子が推し量ることなど不可能に等しい。
今、ここにある現実は一つしかない。
好きだったひーくんは、私のことなど好きではなかったのだ。
「……帰る」
加奈子はそう言い残して、公園を離れた。
引き留める声は聞こえない。当然だ。だってひーくんは加奈子のことが好きではないのだ。加奈子がショックを受けたとしても、ひーくんが気にすることもない。
ランドセルがやけに重かった。今日は宿題もほとんどなかったから、中身はあんまり入ってないはずなのに。




