14話 問い詰めるのはよくないよ
『五千円ありがとう。あは、長文だね。えーっとなになに、カナトくん! 配信お疲れ様です! 初スパチャです――』
カナトくんが加奈子の思いを一文字ずつ口にしていく。その声が加奈子の耳に入る度にどんどん加奈子の耳が赤くなる。呼吸が荒くなっていく。心臓がバクバクと音を立てている。
彼は加奈子の送ったコメントを読み終えると最後にこう締めくくった。
『たくさん想ってくれてありがとねカナコちゃん。俺も大好きだよ』
「うなあああー!」
永久保存版だ。
加奈子はものすごい速さで指を動かして、この配信のこの数十秒を保存して、これから何度でも聞けるようにした。
「ちょ、ちょっと休憩」
加奈子はイヤホンを外して、手足を広げて大の字になった。ふう、とため息を吐いて、心を落ち着かせる。
それでも彼の声が耳から離れない。何度も何度も頭の中で声が反芻している。心臓が喜んでいる。加奈子はこの時のために生きていたのだろう。それは言い過ぎにしても、少なくともバイトのあの時間がこの時のためにあったことは間違いない。
母から「加奈子―! ご飯!」とお呼びがかかり、一階に降りる。イヤホンから流れ出るカナトくんの声が加奈子の後ろ髪を引いたが、遅くなれば母が部屋に乗り込んでくるかもしれない。
今日の晩御飯はハンバーグだった。
食事中、母からこんなことを言われた。
「加奈子、なんかさっき叫んでなかった? こう。うななーみたいな」
ビクと加奈子の肩が揺れる。手に持っていたお椀が揺れて、味噌汁が少し指に付いた。
「あーうん。ちょっとホラー映画見てて……」
「ホラー映画にしては変な叫び声だったけど」
「まあまあ母さん、問い詰めるのは良くないよ」
「聞いただけじゃん。まあいいけど」
「加奈子、後で父さんにはこっそり教えてくれよ?」
「いや、もっと嫌だから」
頼むからこれ以上追及しないでくれと、加奈子は願いながらご飯を口に運んだ。
食事が終わり、加奈子はそのまま風呂に入った。全身を綺麗に洗ったら、ようやく気持ちが落ち着いてきた。
髪を乾かして、スキンケアを施して、加奈子は部屋に戻る。
スマホを手に取り、画面を見て、加奈子の身体が硬直した。
通知欄にはこうあった。
『カナトにフォローされました』
たった一文。加奈子はその文を読んで、身体を震わせた。冷めかけていた体が再び熱を帯び始める。
加奈子は急いでSNSアプリを立ち上げた。アプリ内の通知欄を確認した。間違いなく通知は来ている。
では、フォロー欄は?
加奈子はマイページに移動して、フォロー欄を確認した。
一番上に、『カナト』の名前と見慣れたアイコンが表示されていた。
間違いない。カナトくんだ。彼が自分のことをフォローしている。加奈子はその事実を認識して、小躍りしたい気分になった。
配信サイトのアカウントと、SNSのアカウントは紐づけられていて、配信者はリスナーのアカウントをいつでも見られるようになっている。
おそらくスーパーチャットを送ったから、彼はフォローしてくれたのだ。これだけで、五千円の価値はあった。
加奈子は再びベッドに飛び込み、カナトくんにダイレクトメッセージを送った。
『カナトくん!? フォローありがとうございます! 嬉しすぎて死んじゃいそうです! これからもいっぱい応援させていただきます( *´艸`)』
送ってから数秒後、加奈子は我に返った。
え、これ大丈夫? 私だけこんな幸せで他のファンの子たち怒ったりしないかな。でもDMだからバレないし。大丈夫だよね……。
加奈子は不安になったが、それもすぐに吹き飛んだ。
『カナコちゃん。いつも応援ありがとね。俺もめっちゃ嬉しいよ!』
返信は一分もしないうちに返ってきた。加奈子はもうどうすればいいかわからなかった。今まで画面越しに彼が話しているところを見ているだけだったのに、今は一対一で彼とメッセージのやり取りをしている。
こんなことがあっていいのだろうか。
良し悪しはともかく、起こっていることは紛れもない事実だ。
それを受け止めた上で加奈子は返信をどうするか考えた。いや、考えるまでもなかった。
大好きな彼から直接連絡が来たのだ。これに返さないという発想は加奈子にはなかった。
『初めて送ったスパチャ、読んでくれて嬉しかったです! ありがとうございました!』
五分間悩んだ末に、加奈子はできるだけ簡素なメッセージを送った。長文を送っていいのはスパチャを送った時だけなのだ。
返信はまたも一分以内に来た。
『お礼を言うのはこっちだからw ところで、カナコちゃんって高校生なの?』
『そうです! 高校一年生です! なので、あんまりスパチャはできないんですけど、バイト頑張ってるので、また送ります!』
『そうなんだw ていうかさ、カナコちゃん東京住みだよね? 俺、東京にいてリスナーの子にインタビューしてて。それに協力してくれたらめっちゃ嬉しいんだけど、どうかな?』
『もちろんです! え、もしかして通話してくれるんですか!?』
『ありがと。それでもいいけど、色々聞きたいからさ、カラオケとか行きたいんだ。歌ってみた出したくて。俺の歌どうかなって、率直な意見が欲しいんだ。無理にとは言わないけど』
『行きます行きます! 直接カナトくんの歌聴けるなんて、夢見たいです!』
『大袈裟だなあw それじゃあ今度の土曜日でいい? 午後四時に渋谷駅、来れる?』
『大丈夫です! その日はバイトもないので。めっちゃ楽しみです(/ω\)』
『おけ。じゃあそれでよろしく!』
『はい!』
メッセージのやり取りはそこで終了した。
既読がついたのを確認し、加奈子はスマホを閉じる。
加奈子は自分でも意外なくらい落ち着いていた。
心臓はやや駆け足だが、呼吸は落ち着いている。体温も上がっていない。頭が澄んでいるのは現実を理解していないからだろうか。
加奈子はもう一度スマホを開いて、メッセージの履歴を確認した。
最初から、最後まで、三度は読み返した。
どうやら自分は彼と会うらしい。
「うそうそうそうそ」
やばい。どうしよう。え、どうする? とりま美容院? あとダイエット? それは無理か。後三日しかない。
コスメ、は揃ってるから大丈夫。服? 新しいの買った方がいい? 今でも可愛いのは何着かある。でも失敗できない。
ああ、でもお金がない。残りのバイト代は他のアニメグッズに使う予定なので、使いたくない。母と買い物に行ってねだれば買ってくれるかもしれないが、それだと勝負服を母に見られることになる。できればそれは避けたい。
結論。
今回は今持っている中で一番かわいい服で行こう。
ああ。土曜日が楽しみだ。




