表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それでも、関わる  作者: あめとおと
逃げる理由

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/22

第十八話 本当の名前

 名前は、音だった。


 忘れられても、書けなくなっても、完全には消えない。


 胸の奥で、小さく、鳴り続ける。


 それに気づいたのは、何も起きない夜だった。


 怪異もいない。

 助ける相手もいない。


 逃げる必要も、

 立ち向かう理由もない。


 ただ、

 自分だけが、いる。


「……」


 鏡を見る。


 顔は、ある。

 でも、輪郭が曖昧だ。


 名前を捨ててから、自分を“指す言葉”を使っていなかった。


 ――だからだ。


 逃げるために、削った。


 立ち向かうために、残した。


 その結果、

 自分自身が、空白になった。


「ここか」


 声がした。


 例外の彼女じゃない。

 あの観測者でもない。


 ――自分だ。


 鏡の中の口が、遅れて動く。


「呼ばれないままでも、やっていけると思ってた」

「思ってたな」


 自分と会話するなんて、正気じゃない。


 でも、

 逃げない。


「立ち向かうには」

 鏡の中の“僕”が言う。

「名乗らないといけない場面が、必ず来る」


 胸が、鳴る。


 あの音だ。


「一回だけでいい」

「一回?」

「戻すんじゃない」

 一拍。

「思い出すだけ」


 鏡に、手を伸ばす。


 触れない距離。

 でも、境界は越える。


 胸の奥の音が、形になる。


 ――名前。


 誰かに呼ばれた記憶。

 怒られたときの音。

 笑われたときの抑揚。


「……ああ」


 口が、動く。


 声が、出る。


 本当の名前。


 その瞬間、

 世界が、少しだけ重くなった。


 戻ったんじゃない。

 結び直しただけ。


 鏡の中の“僕”が、満足そうに頷く。


「これで」

「何が」

「逃げても、戻ってこれる」


 次の瞬間、その姿は消えた。


 部屋に、一人。


 でも、空白じゃない。


 名前は、背負うものじゃない。


 帰ってくるための印だ。


 携帯が、震える。


 知らない番号。


 でも、出る。


「……助けて」


 声が、震えている。


 逃げ道は、ある。

 今夜じゃなくてもいい。


 でも。


「場所、教えて」


 名乗らない。

 呼ばれもしない。


 それでも、自分が自分だと、分かっている。


 逃げて、それから、立ち向かう。


 名前は、胸の奥で、静かに鳴っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ