テンプルトン町…乾坤一擲の大勝負(中)
ルシールは、再び巨人の手によって、カウンターテーブルの前に拘束されている状態だ。
目の前には、タイター氏の手からぶら下がった、署名待ちの文書がある。
その文書タイトルは、『ローズ・パークの相続放棄に関する誓約書』。
ルシールは筆を取らず、署名拒否の態度を続けていた。
業を煮やしたタイター氏は、カウンターテーブルから降りると、文書と筆を手下の一人に預け、頑として言う事を聞かないルシールの頭を揺さぶり始める。
「何度も同じ事言わせるんじゃねえぞ、小娘! さすが偏屈アントンの孫だ、強情なヤツめ! 遅かれ早かれ、貴様は署名をするのだよ!」
なされるがままという状態のルシールである。
(こんな卑劣な奴らに絶対に負ける訳にはいかない……言うなりになって、ローズ・パークを諦めると言う誓約書になんか、署名してたまるか!)
ルシールは、タイター氏に頭をガクガクと揺さぶられ、目の回るような思いだ。
きちんと結ったアップスタイルの髪がもつれ、ほどけてゆく。一房の髪がほどけた拍子にタイター氏の手が滑り、ルシールの顔が勢いよくカウンターの天板に打ち付けられた。ルシールの口の中が切れて血がにじみ出し、鼻血が溢れた。
頭を打ち付けたショックで、ルシールがグッタリとした状態になると、タイター氏は一旦、手を止めた。
「チッ、気絶されると、法的に有効な本人署名が取れないからな」
タイター氏は観客たるマティとメイプル夫人の方に向かって身を返し、気障な仕草で腕を広げた。
「偉大なる尊大なるタイター様は、常に勝利するのだよ! ワシこそが、ローズ・パークの正当なオーナー! ワシこそが、かの極悪非道な借金魔王レオポルド一族の魔手からローズ・パークを守護する至高の大天使、正義の救世主なのだ! 金! 女! 権力! ハーハハハハッ!」
明らかに、勝利を確信した故の演説だ。
高笑いし続けるタイター氏に、遂にメイプル夫人が抗議した。
「タイター! お前は……! アントン様を殺しただけじゃ、飽き足らないと言う訳なの!」
――聞き捨てならぬ証言だ。
マティがサッとメイプル夫人の方を振り返った。ルシールもハッとして、メイプル夫人の言葉に耳をそばだてる。
「タイターがアントン様を突き飛ばして、殺したのよ! お金の無心から始まった口論の末に……」
メイプル夫人は、すっかり青ざめてワナワナと震えながらも、指先をタイター氏に向かって突き付けた。
「お医者様を呼んでいる間に、タイターは逃げたのよ! 靴跡から何から、全部消して……」
タイター氏は足を乱暴に踏み鳴らして、怒りのピョンピョン・ステップダンスだ。工房の床がガンガンと音を立てて歪み、派手なヒビが入ってゆく。
「あれは事故死で処理されてる! 実際に、打ち所が悪かっただけさ!」
実際のところ、タイター氏も本当にアントン氏を殺害するつもりは無かったのである。勢いで手が滑ってしまい、アントン氏に死ぬ程の衝撃を加えてしまっただけなのだ。
「しかし、まあ……タイミング良く死なれたもんで、ラッキーだぜ! 証拠の隠滅はするものだ! ギャハハハハ!」
タイター氏は、仕上げに『ダダン』と足を踏み鳴らして、ステップダンスを終了した。
その奇妙に歪んだオムスビ顔には、邪悪な笑みが浮かんでいたのだった。
*****
その内容は、割れた窓ガラスを通じて、プライス判事たちの方へも筒抜けであった。
「判事さま! これは重要な供述ですぞ!」
「分かっとる! 速記を続けろ」
*****
タイター氏は再びカウンターの上によじ登り、再び傲然と短身を反らした。
ルシールがポカンとしている間に、タイター氏はメイプル夫人を指差し、新たな命令を下す。
「このババアを、戸棚の中にでも閉じ込めろッ!」
「へい、親分!」
早速、赤毛のトサカ男が、メイプル夫人を戸棚の中に閉じ込め、カギを掛けた。
「窒息死するじゃねえか!」
「うっひょひょ、カギは此処じゃ、取ってみな~、うっひょひょひょお!」
プロレスラー並みの大男と10歳にもならぬ子供とでは、体格差が余りにもあり過ぎる。マティは、赤毛のトサカ男の思うままに振り回されるのみだ。
ルシールも動こうとはしたのだが、目の前に巨人の戦斧の刃を突き付けられ、恐怖に身を強張らせる羽目になっていた。
ほぼ同時に、煙幕を突いて、パピィが工房の内部に入り込んで来た。パピィは、カギを追って走り回るマティの背中が接近した瞬間を逃さず、高く飛び上がり、マティの背中に飛び付いた。
馴染みのある『モフッ』とした感覚に、一瞬マティは息を呑み、急停止する。
――パピィじゃねえか! プライス判事が取調べ中の筈の!
マティの脳みそは、超高速で回転した。
――プライス判事たちが、近くに来ている! となれば、判事たちが突入できるチャンスを作らなければ!
パピィは賢くも再び物陰に身を隠し、マティはタイター氏に向き直った。
「やい、タイター!」
「何だ、クソガキ!」
マティは自分の手荷物を高く掲げると、いっちょまえに脅迫を始めた。
「オイラ、爆弾持ってんぞ! そいつが爆発すれば、全員がお陀仏だぜ!」
「ウソコケッ! ガキが、そんな代物持ってる筈が無い!」
タイター氏は顔色を変えながらも、怒鳴り返した。
しかし、タイター氏の手下――ガラの悪い闘犬によく似ている二人――が、揃って慌てたようにマティを指差し、口々に喚き始める。
「おかしらッ! コイツは只のガキじゃねえ!」
「トッド家の神童、マティですぜ! 花火を魔改造して、アジトのロッジを吹き飛ばした!」
「何いッ!」
カウンターテーブルの上で、タイター氏は一気に青ざめた。
マティが袋の中から謎の小箱を取り出すと、マティを取り押さえるべく後ろに回っていた二人の手下が――赤毛のトサカ男と丸刈り狼男が――、二人とも目を引き剥いて、飛び上がる。
「たッ、確かに袋の中から妙な箱が!」
「魔改造爆弾!」
しかし、そんな事で怯む片目の巨人では無かった。
片目の巨人は、戦斧を振り回した。
カウンターテーブルの半分が、大音響と共に粉砕される。
恐るべき重量を持つ戦斧が、パレード用のバトンでもあるかのように、超高速で大回転した。
高速回転する戦斧の、ただし刃では無い部分に打たれ、ガチムチとした大柄な手下二人が――トサカ男と丸刈り狼男が――もろともに、スペースの端まで吹き飛んだ。
吹っ飛ばされた手下たちの身体の下で、そこに置かれていた椅子が粉々になった。
想像を超える怪力ぶり、凄まじいお仕置きぶりだ――マティは、腰を抜かして座り込んだ。
ルシールにしても、言わずもがなである。
目の前で、一瞬にして頑丈なカウンターテーブルの半分が粉々になるのを目撃する――という経験など、一生に一度もある物では無い。
巨人の手による拘束は解けた状態だが、ルシールは恐怖に目を見開いたまま、マティの方を振り返る事しか出来なかった。
マティの後ろでは、お仕置きされて吹き飛ばされた手下の二人が、半ば失神して転がっている。
「その度胸は褒めてやる」
片目の巨人は、不気味な称賛を述べつつ、マティの前に立ちはだかった。
片手に、謎の小箱をつかんで見せる。
マティは呆然としつつ、奪われてしまったチャンスを眺めるのみだ。
片目の巨人は、容赦の無い男ながらも、大の男に劣らぬ少年マティの機転ぶりに感心している様子だ。
「トッド家の神童が、復活祭の気晴らしに爆弾を作って、空き家を丸々吹っ飛ばした……実話らしいな」
ガラの悪い闘犬に似ている二人の手下が、顔を引きつらせながらも、口々に解説を加えた。
「あのカーティスのお喋りオバハンが宣伝しまくるから、界隈の伝説ですぜ」
「トッド家の神童は、目下、大破壊の罪で、お尋ね者って話だ」
マティはムッとしながらも素早く立ち直り、反論を始めた。
「そりゃ誤解だぜ! 『ツクモガミ』に出て来る打ち上げ花火を再現しただけじゃん! 第一、あの空きコテージはトッド家の持ち物で、解体前の空き家なら誰も居ないから……」
マティは不意にギョッとし、タイター氏の方に目を向けた。
「って……てめえ! 『アジトのロッジ』って! うちのコテージに、不法侵入していたのかよッ!」
「それがどうした!」
タイター氏は、激怒の余り、顔を真っ赤にしている。
異様に高いシルクハットを乱暴に外して見せると、果たして見事な禿げ頭が出現した。タイター氏の腕の動きに合わせて、シルクハットに取り付けられた金髪が、天使の如くフサッフサッとなびき輝く。
「ワシのこの禿げ頭、どうしてくれる! あの大爆発で死に掛けたぞ! 復活祭の祝福で、不死身の復活を遂げたがな……! 美しいフッサフサ・ウェーブを無残に燃やしやがったな! 我が自慢の髪を!」
マティは実に独創的なコメントを返した。
「自業自得だぜ、クラーケン・劣化コピー・イカタコ!」
「こ……このッ、超・生意気なクソガキ!」
タイター氏は、もはや、茹でダコさながらに、頭から湯気が出ている状態である。怒りの余りか、気の利いた返しも思い浮かばぬ様子で、使い古された悪口雑言を言い返すのみであった。
*****
ストリートの植え込みの陰では、プライス判事の部下たちが、工房の中で新たに展開したらしい物事に浮き足立っていた。
「あの凄まじい破裂音は何だ?」
「一応……、人質は無事らしいが」
「マティ坊ちゃまが元気に、ギャングの気分を逆撫でしてるからな」
「やっぱり大物だ、マティ坊ちゃま……」
プライス判事と共に待機していたキアランは、ますます眼差しを険しくしていた。傍に控えていたカーター氏も、唖然として状況の推移を見守るのみだ。
部下代表のコナーは、口の端を引きつらせて、プライス判事を見やった。
「余罪も成立しましたね。トッド家のコテージへの不法侵入」
「最近、タイターが禿げ頭だったのは、そう言う訳か……」
プライス判事は、この時にも関わらず痛み始めた頭を押さえている。
判事の部下たちの後ろでは、ギネスとパーカーが、アワアワしながらも対決の行方を見守っていた。
その更に後ろでは、馬車に拘束されているナイジェルが、「叔父貴……」と呟いている。馬車脇に控えていた弁護士トマス氏も、「タイター様……」と呟いていた。
ナイジェルとトマス氏は、二人とも、この場においても相変わらず積み重なるタイター氏の余罪ぶりに、さすがに呆れ返っていたのだった。




