テンプルトン町…乾坤一擲の大勝負(前)
ギャング=タイターの一味は、早くもギネスの工房に到達した。
タイター氏は工房の前の植え込みに身を隠しながらも、手下たちに命令を下す。
「野郎どもッ! ギネスの工房を厳重に包囲! 煙幕弾を撃て」
「キャッホーイ!」
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実のところ、タイター氏には人間としての欠点が数え切れない程あるが、決断の素早さと正確さには素晴らしいものがあった。この才能ゆえに、テンプルトンの大抗争を幾度と無く切り抜けて来たと言えるのだ。
甥ナイジェルを子供の頃から引き取って、流血の続く町内で後見して来たと言う過去を見ても、単なる乱暴者と言う訳では無い。他グループとの流血を伴う対立抗争に関して、手下の生存率に配慮しているのは間違いなく、その性格は、それなりに複雑である。
手下たちが、ギャングのボスとしては小物に過ぎないタイター氏に付き従っているのも、実に、この生存率の高さを評価している故であった。
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植え込みから工房に向かって投げ込まれた煙幕弾は爆発し、猛烈な煙を辺りに撒き散らした。
カウンターの傍に居たマティ、ルシール、メイプル夫人の三人は、煙幕弾の衝撃波を受けて、揃って椅子から転げ落ち、煙に巻かれて咳き込む。
「突撃! まずは標的を確保!」
タイター氏のダミ声が、とどろき渡る。
総勢、五人の手下たちは、工房入口の扉を荒々しく殴り広げ、一斉に工房内部に侵入した。
しかし、真面目にマティとルシールとメイプル夫人を蹴り飛ばしたのは赤毛のトサカ男一人だけだ。他の三人は工房の中の物に目が眩み、戸棚や箱の中を物色し始めたのであった。
「ウッヒョーッ!」
「さすが宝石屋の工房だねえ!」
「金銀お宝が、あちこちにあるぜッ!」
最後の手下の一人が、大きな戦斧を勢いよく振り上げた。戦斧の刃が、不吉なうなりを立てる。
戦斧を高速でぶん回し、しかも刃先が触れないと言う驚くべき神技が展開した。四人の手下たちは、真面目にしていたのもいなかったのも合わせて、次々に吹っ飛ばされていく。
我が物顔で戦斧を振り回していたのは、片目の、筋骨隆々の物騒な巨人だ。
身体の頑丈さに自信タップリな筈の、ガチムチとした大柄な体格の四人の手下たちは、アッと言う間にノックアウトされる羽目となった。
「バカヤロウッ! まずは、偉大なる尊大なるワシが改めてからだ!」
無慈悲にノックアウトされた手下たちに向かって、タイター氏が怒鳴りながら太く短い腕を振り回す。
手下たちは、痛む頭を抱えながらも、渋々、整列である。
「新しい用心棒は、メチャクチャ乱暴じゃ」
「軍人をも殺すプロだとよ、『片目の巨人』。あの片目のヤバイ傷痕、軍人とやった時に付いたらしいぜ」
「無敵の巨人、どうしてタイターの手下になったんだろ」
「賭場の借金返済のためだなんて、ぜってぇ、嘘だろ」
片目の巨人は、体格のみならず人相も物騒だ。片方の目玉を失っているらしく、海賊のように黒い眼帯をしている。片目を失った時に傷付いたのか、その顔面を横切る、ゾッとするような大きな傷痕があった。
何故、こんな強大な戦斧使いが此処に居るのか。それが、古参の手下たちにとっては、大いなる謎であった。
タイター氏はカウンターの上に乗る事で、ようやく巨人よりわずかに、上から目線の状態になった。毎度ながら、いびつなまでに高い、特製の金髪カツラ付きシルクハットを頭に乗せている。
タイター氏は両手で金髪のカツラをフサッとさせ、カウンターの上で威儀を正すと、もったいぶってルシールに語り掛けた。
「さて、大事な話をしようじゃ無いか」
ルシールは、片目の巨人に黒いドレスの背中部分をつかまれ、タイター氏の前に引きずられて行った。
「放せったら、この野郎!」
早速マティが巨人の肩によじ上り、巨人の髪の毛を引っ張り始めた。
ゆうに二メートルを超える巨人にとっては、マティの攻撃は、風に吹かれた程の意味合いも無い。
巨人は軽く肩を揺すり、マティのベストをつかんで、高速でぶん回した。マティのベストは瞬時に破れ、ベストが形を失った。巨人の腕の勢いのままに、マティは工房の端まで転がされてゆく。
床に叩き付けられ、その勢いで端までクルクルと転がり、壁に衝突したショックで、一瞬、息が詰まる。飛び起きたマティは、もはや原形をとどめぬベストの布を見下ろして、青ざめるばかりであった。
「無くなってる!」
「子供にまで、何て事を!」
腰を抜かして動けない状態ながらも、メイプル夫人が抗議の悲鳴を上げた。
マティは畏怖を込めて、雲を突く如き巨人を見上げた。
……一体、何なんだ……この化け物は……!?
巨人は、ルシールのドレスの背を片手で捉え、軽々と吊り下げていた。ルシールはその手を外そうとジタバタしているが、無駄な抵抗である事は傍目にも明らかだ。
タイター氏は『大事な話し合い』の前に、ギネスの工房の封鎖と、工房内部のお宝の没収を命じた。
「隠蔽工作じゃ! カーテンを全部引け! お宝を全部袋に詰めろ! グズグズするな!」
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ギネスの工房の中で進行していた物事と平行して、工房が入っている小さな雑居ビルは、俄然騒がしくなっていった。煙幕弾による濃い煙が、辺り一帯に、もうもうと立ち込めている。
「爆発だ!」
「火事だ!」
雑居ビルに入っている他の店舗や工房の人々が口々に叫びながら、ビルから飛び出して来る。
ビルから飛び出してみると、ギネスの工房の隣にある庭園道具店も、店番の不在を良い事に、手当たり次第に荒らされていたのが判明した。ギャングの馬車や馬の置き場所として借用されているのだ。
「ギャングの襲撃だぞ! 避難しろッ!」
通りに出た誰かが大声で叫び、雑居ビルに続いて、周辺の民家やストリートでも、パニックが広がっていった。
その時、ちょうどギネスやパーカー、若い御者が工房前に到着した。
「私の工房が!」
「私の店が!」
ギネスもパーカーも、各々、開いた口が塞がらぬと言った様子である。
一足ずれて、プライス判事とその部下たちも、連なる丘を越えて工房前のストリートに到着した。
「クソッ! 一足遅かったか!」
「至急、速やかに状況確認ッ!」
歯ぎしりして呻くプライス判事の横で、部下代表のコナーは早速、部下に指示を飛ばしている。
パーカーがアワアワしながらも駆け付け、現状を訴えた。
「お役人様! 私の理解に間違い無ければ、今、中に居るのは、店番のメイプル夫人と、マティ坊ちゃまと、ライト嬢の筈で!」
「要するに、女子供だけしか居ないって事だ」
ギネスが続く。
プライス判事はギネスの工房の状況を見て取り、切歯扼腕の思いだ。
ギネスの工房の窓や扉は閉じられていた。隠蔽工作のためであろう、窓には分厚いカーテンが引かれている。カーテンの隙間からは濃い煙が漏れ出していた。
「最悪の状況ですぞ、判事さま! ですが、やる事をやらねば」
コナーは、キビキビと、部下たちに指示を飛ばす。
「皆の者、物音を立てずに速やかに包囲ッ! 逃げ足を絶つ! ギャングたちの馬を探し出して、没収しろッ!」
その指示に応え、部下たちが早速、隣の庭園道具店に押し込み、ギャングの馬車や馬を次々に押収した。
プライス判事の部下たちがひっきりなしに行き交う中、プライス判事の部下の最後の馬が、到着した。
そこには、子犬のパピィが相乗りしていた。
賢いパピィは、人間たちに気付かれるより前に素早く馬から飛び降りると、忍者さながらに、こっそりとギネスの工房の中に忍び込んで行くのであった。
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宝石強盗に一区切り付いたのであろう、ギネスの工房の中から、タイター氏の大声が響き渡り始めた。
「此処に新たに作成した誓約書が用意されてある! ルシール・ライト、テーブルの上の筆を取りたまえ! ローズ・パークの! 相続権を捨てると言う誓約書じゃ!」
壁を隔てているのに、まるで同じ部屋に居るかのような大音響だ。
プライス判事たちもギョッとして、通りの植え込みの陰に更に身を潜めた。やがて部下の一人が目をパチクリさせ、呆然としながらも口を開く。
「窓ガラスが割れているから、中の会話が筒抜けだ……」
「速記しろ、会話を全て記録だ!」
どうやら、カーテンで見えなくなった事もあって、ギャングたちは失念していたらしいのである。
入口の扉を乱暴に殴って開いた時の衝撃によって、安普請に見合うクオリティだった窓ガラスが、散々に割れていたと言う事実を。
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タイター氏は、カウンターテーブルの上で、なおも居丈高にふんぞり返っていた。
ルシールの方は、カウンターテーブルの天板に突っ伏している形だ。巨人の手によって上半身を押さえつけられており、身動きもままならない状態である。
タイター氏はルシールをビシッと指し示し、マティとメイプル夫人に向かって、更に怒鳴り続けた。
「やい、クソガキ! ジタバタするな! 偉大なる尊大なるタイター様が、指をパチンと鳴らせば! 片目の巨人が! ルシールの首を引っこ抜くぞ!」
片目の巨人がタイター氏の声に応えるかのように、改めてルシールのドレスの背中部分をむんずとつかんだ。
片や筋骨隆々の怪物の如き巨人であり、片や小柄で華奢な娘であり、ルシールは、一息でひねり潰されても不思議では無いと納得させられる光景だ。
マティとメイプル夫人が真っ青になり、口々に抗議する中――片目の巨人は、ルシールの左腕をチョンとつまむと、事も無げにドレスの袖を引き裂いて見せた。
「ギャハハァ! この片袖のようにッ!」
タイター氏は、その片袖を、硬直したマティとメイプル夫人の前で振り回したのだった。
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ストリートの植え込みの陰で、一斉突入のタイミングを窺いつつスタンバイしていたプライス判事、及び、その部下も、窓ガラスの割れ目から洩れて来る一連の会話の内容に青ざめていた。
「片目の巨人?」
「全国指名手配の連続殺人犯です……怪物ですよ!」




