テンプルトン町…ギャング襲撃(後)
裏階段の上で一部始終を目撃したトマス氏は、途方に暮れて、ただ身を震わすのみであった。
「あわわ……何という事を……!」
そこへ折り良くカーター氏が戻って来た。カーター氏はトマス氏を認め、怪訝そうな顔をする。
「トマス・ランド氏ではありませんか、タイター氏の弁護士の……」
「……!!」
トマス氏は鬼気迫る表情で振り返った。
カーター氏は不思議に思いながらも、丁重に挨拶する。
「お待たせして、大変、済みませんでした。アシュコートから届いた親展の特別速達便の受け取り署名で、留守にしていて……」
「大変です、カーター氏! さっきタイター氏が、ギャング連中を全員、引き連れて出撃……!」
カーター氏は目を見張った。急いで弁護士事務所に入る。
事務所の鍵は無残に破壊されていた。タイター氏によって中が荒らされた弁護士事務所の中は、凄まじい有り様だ。
超メタボ体重を支え切れなかった床が、ボコボコにひび割れ、歪んでいる。
部屋一杯に、新旧も内容も様々な文書が乱雑に散らばっていた。
破られたばかりの封筒と最新の文書のページを手に取り、息を呑むカーター氏。
「アイリス・ライトの修正報告書が……! 娘さんが危ない……!」
*****
カーター氏とトマス氏は、各々速やかに準備を整えると、通報のため役所に駆け込んだ。
クロフォードの町のメインストリートには、各種の事務所や役所が集結している。弁護士事務所と治安判事の役所及び裁判所も同じメインストリートにあり、ほとんど隣接していると言っても良い位置にあった。
二人の弁護士による通報を受けたプライス判事は、早速、厩舎が並ぶ役所付属の中庭に手勢を集め、指令を飛ばす。
「タイターの身柄、緊急確保だ!」
大勢の武装役人たちが一斉に駆け回り、中庭は、にわかに騒然となった。馬が用意され、捕り物のための道具が集められ、専用の快速馬車に載せられていく。
同じ中庭には、目下、『証拠品たるレナードのカフスの片方を食べた容疑』により、子犬のパピィも取調べのため身柄拘束されていた。とは言え、お腹の中のカフスが出て来るのを待つという事もあって、ほとんど放し飼いと言う状態である。
パピィに件の容疑が掛かったのは、『パピィは光り物が好きである』、『パピィは大型ハサミに執着していた』という事実があったためだ。パピィは、過去に既にカフスの片割れを食べていて、それが気に入ったため、最近まで大型ハサミに残っていた『もう一方のカフス』にも、えらく執着したのだという推理が成り立ったのである。
パピィは、プライス判事とその部下の緊急出動に、賢くも気付いた。
お気に入りの毛布から、弾丸顔負けの勢いで飛び出したパピィは、素晴らしいスピードで駆け出した。
そして、忍者さながらの驚くべきジャンプ能力を発揮し、テンプルトンに向かって一斉に駆け出した武装騎馬隊の、最後の馬の上に飛び乗ったのであった。
*****
テンプルトンへと急ぐプライス判事が率いる武装騎馬隊と、クロフォードの町へと急ぐ騎馬姿のキアランとが行き逢ったのは、クロフォードの町の郊外の、丘の上の道であった。
キアランは、プライス判事が率いる武装騎馬隊の一団に気付き、馬を急停止させる。
武装騎馬隊には、捕り物の大道具を屋根に積んだ快速馬車も同行している。快速馬車の中に居るのは、カーター氏とトマス氏の二人であった(二人の弁護士は乗馬対応の服装では無いため、馬には乗れないのである)。
キアランは驚きながらも、確認の質問を投げた。
「プライス判事! カーター氏も……手勢を引き連れて一体、何処へ?」
「タイター氏が手下共を率いて、テンプルトンに走ったんです!」
「修正報告書を見て逆上したらしくて」
二人の弁護士と騎馬隊の幹部が、口々に事情を説明する。
カーター氏は窓を下げた馬車から身を乗り出し、キアランに更に声を掛けた。
「ルシール嬢を襲うようです。彼女は今、テンプルトンなんですか?」
「……しまった……!」
キアランは鋭く息を呑んだ。
――まさか、このわずかな時間に、タイターが行動を起こすとは。ルシールの護衛は、御者だけだ!
*****
プライス判事の一団はクロス・タウンに迫って行った。
既にクロス・タウンの運河や倉庫街が視界に入って来ている。クロス・タウンとテンプルトンは隣り合った町であり、クロス・タウン即ちテンプルトンと言っても良い距離にある。
そして次の瞬間――クロス・タウンから今まさに出て来たという風の、一頭立ての怪しげな小型馬車が、軽快なスピードでやって来るのが見えて来た。
早速、先頭の騎馬隊が不審な小型馬車の正体に気付き、声を上げる。
「前方注意! ナイジェルの馬車、接近中!」
「タイターの甥じゃ無いか……妨害か!?」
プライス判事も、灰緑の目を険しく細めた。
今は、全てが怪しい。全方位警戒だ。
先頭の騎馬隊は素早く臨戦態勢を取り、御者席のナイジェルに呼ばわった。
「止まれ! 検問だ!」
ナイジェルは騎馬隊の一団にプライス判事の姿を認めるなり、得意そうな様子で声を掛けた。
「おおーい! 良いところで会いましたな……プライス判事さまに、一報入れるところだったんですよ! 叔父貴の手下の連中が、ライト嬢の居場所を捜索しているところを見たもんでね……!」
次にナイジェルは、先頭の騎馬隊の制止に従って、素直に小型馬車のスピードを緩めた。そして騎馬隊の前で停車しながらも、ナイジェルは下心タップリの笑みを浮かべた。
御者席にはナイジェルだけ、馬車の中には誰も居ない――しかし、騎馬隊は警戒を緩めなかった。
ナイジェルは、武装役人の面々から放たれる警戒の眼差しに、気付かない様子である。骨折して包帯をぐるぐる巻きにされた片脚を得意そうに見せびらかしながらも、ナイジェルは言葉を続けた。
「私は骨折中にも関わらず、努力して通報した功労者! ローズ・パーク問題で、タイター叔父貴と私との裁判になってしまった場合に、相続権の優先順位に関して、判事さまの口添えを頂きたいんですよ……良いでしょ? へへッ」
プライス判事は厳しい表情を浮かべ、素っ気無く返した。
「貴殿も信用ならんのだぞ、ナイジェル氏」
そしてプライス判事は、サッと手を振り上げるが早いか、次の命令を下したのだった。
「コナー! そのまま、ナイジェルを馬車に拘束、かつ護送だ! 参考人を一歩も外に出すなよ!」
ナイジェルが驚き慌てる間も無く、コナーを代表とする部下たちの一団は、一斉に御者席のナイジェルに飛び掛かった。その身柄を、本人が乗って来た小型馬車の中に押し込める。
部下たちは捕り物用の大道具の中から鎖を選ぶと、ナイジェルを閉じ込めた馬車を手際よく封印していった。間に合わせの移動型牢屋だ。重く頑丈な鎖だけに、逃げる事も困難だ。
我が身に起きた事態をようやく理解したのか、ナイジェルは驚き慌てた様子で、牢屋のように馬車の窓を塞いだ鎖の列を揺さぶり始めた。
「どういう事です、プライス判事ッ!」
「参考人は! 当分、我々の監視下だ!」
「そんなバカな!」
哀れっぽく喚くナイジェルに構わず、再びテンプルトンに急行する騎馬隊であった。
*****
テンプルトンの中小ストリートに差し掛かる交差点。
ギネスとパーカー、御者――男三人が乗ったクロフォードの馬車が、中小ストリートに分岐する角に到達した。
まさにその時、不意に、斜め後ろの方から、騒音が近づいて来た。蹄鉄の音と車輪の音だ。
ギネスが振り返った。
暴走族と見える人馬一体の一味が、猛スピードで追突せんばかりに迫って来る。一味の中に、速度違反そのものの一人乗り軽装馬車が混ざっていた。
「ぶつかる!」
クロフォードの御者は、車両同士の衝突を避けるため、慌てて馬車のスピードを緩めた。
四人から五人程と思われる馬賊の一味は、何の合図も返礼も寄越さぬままクロフォードの馬車をジグザグに追い抜き、その後、更に公園を突っ切りつつ爆走すると言う、重大な交通違反行為をやらかした。
暴走馬車の車輪に引っ掛かった屋台は、商品もろともに、次々に台無しになって行く。
悲鳴を上げながら逃げ惑う客も、売り子たちも、次々に弾き飛ばされて行った。幸いに重傷者こそ出なかったが、公園にたむろしていた人々にとっては、まさしく災難である。
目撃者となった全ての人々が、開いた口が塞がらぬと言った様子で、盛大な土埃を巻き上げて駆け去って行く馬賊を眺めるのみだ。
暫し呆然と見物する男三人――パーカーと御者とギネス――である。やがて、若い御者が呆然としたまま口を開いた。
「ありゃ何です?」
「馬賊だな。場末の何処かで、ギャング同士の果たし合いでもあるんだろうよ」
ギネスは首を振り振り、嫌そうに説明しつつ予想した。
テンプルトンの住民にとっては、町を荒らしまわる暴力団は、全て忌避の対象である。
パーカーもギネスの予想に同意し、溜息をついた。
「全く嫌ですねえ、ギャングってのは。三ヶ月前に老アントン氏が急に死んだのも、ギャングによる殺人ですわな」
――聞き捨てならない言及である。
御者は目を丸くして、人の良い平凡な好々爺そのもののパーカーを振り返った。ギネスも息を呑んでいる。
「今、何と言った!?」
パーカーは、いつもと変わらぬ様子で、だがしかし、更に聞き捨てならぬ重大な内容を口にした。
「メイプル夫人が、そう言ったんです。判事に話さないといけないだろうって言ってみたんですが、アントン氏もアイリス嬢も居ないでしょ。意味無いってボヤいてて……」
ギネスは、すっかり顔色を変えていた。
「あの馬賊って、行き先……まさか、我々の街区……」
ギネスは、動転と混乱の余り、口がどもっていた。御者も慌て出した。
「確かに彼ら、向こうの角に消えましたよ……そんな馬鹿な……ギャング=タイター!? 大変だ!」
果たして、御者が直感した通り、馬賊のリーダーは、ギャングたるタイター・ビリントン氏であった。




