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花の影を慕いて  作者: 深森
第七章 時の娘
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テンプルトン町…ギャング襲撃(前)

馬の脚は早い。御者とギネスは既に『ロイヤル・ストーン』に到着していた。


従業員や職人が出入りする脇入口に直結するスペースには会議用カウンターがあり、そこで宝飾デザインの図面の受け渡しが行なわれていた。


ギネス担当の店員が、ふと思いついたという風に、ギネスに話しかける。


「そう言えば、さきほど、リドゲート卿とマティ坊ちゃまと、アメジストの淑女の三人連れ、ギネス殿の工房に来ましたか?」


「おぅ、来た。こいつが、一緒に来た御者だ」


「ケンカにならなくて良かったです。先代『フィン&フィオナ』の顧客さんが関わっているのは確かで、深い訳がありそうな淑女さんでしたし」


「深い訳がありすぎて、ビックリ・ポンだよ。続きの話があるんで、急いで戻るぜ」


「やはりギネス殿の渾身の一品でございましたか」


必要書類を受け取り、手早く用事を済ませた御者とギネスは、中央ロータリーの駐車場へと引き返して行った。


中央ロータリーの駐車場に設置された標識ポールの傍に、年配の小太りの男が居た。人待ち顔で、あちらこちらに目をやっている。


「おや? 隣の庭園道具店のオーナーだ!」


ギネスは早速、その男に気付いた。野太い大声で呼び掛けながら、のしのしと近寄る。


「奇遇だな、パーカー氏。何してるんだ?」


「あら、ギネス氏」


年配の男パーカーは、ギネスの顔を見てホッとしたような顔になった。お洒落なヒゲを持つ、やや小太りの小柄な老人だ。


「見ての通り、乗合馬車を待っているんですよ。今、トッド夫妻や他のオーナーと解散したところなんですけどね、出張帰りだから、この通り荷物が多くてねえ……」


成る程、見てみると、パーカーの周りにはトランクや運搬ボックスが相当数、積まれている。町内の乗合馬車に積み込むには、ちょっと苦しい量だ。


折り良くクロフォードの馬車を回して来た御者が、ギネスの背中越しに、パーカーに声を掛けた。


「それじゃ、こちらの馬車を使って下さいよ。帰り道は同じですし」


「おッ、世話になりますわ」


クロフォード伯爵邸の馬車だけあって、一般の乗合馬車より少し広いスペースを持っている。パーカーは帽子を取って、感謝の気持ちを表した。可愛らしい禿げ頭が現れた。


ギネスは荷物の積み込みを手伝いながらも、つい先ほどから心にあった疑問を投げた。


「パーカー氏は、アイリスって娘、知ってたのか?」


「そりゃ、勿論ですよ! 常連のお得意様でしたし」


「偏屈アントンに、娘が居たとは初耳だったぞ」


「昔の話ですからねぇ。急に蒸発して死亡したのは、25年も前の話になりますわ。ギネス氏が独立して隣に工房を構えたのは10年前でしたかねえ、後期ギャング大抗争の後の事で……」


パーカーは暫し指を折って思案し、シミジミとした顔になる。


「15年程も、すれ違いになってしまいましたねえ。アイリスってのは目の色がアイリス、つまり紫色の花と同じ色だからで。金髪に紫色の目の、綺麗なお嬢さんでしたよ」


パーカーの言葉を暫し考えていたギネスは、やがてピンと来た顔つきになった。


「……成る程……アメジストを注文したのは……そういう事だったんだな」


――紫色の、《花の影》。


アメジストによる宝飾は、アイリスの目の色に合わせて注文したに違いない――


*****


ギネスとパーカーと御者の三人を乗せたクロフォードの馬車は、早速ストリートを走り出した。


馬車の中は、ほとんどパーカーの荷物で占められ、座るところが無くなった。そのため、男三人は御者席に、若い御者を真ん中にして並んで座った。ぎゅう詰めに近い状態だ。重量が増えたため、馬車の速度も落ちている。


パーカーは暫し瞬きした後、不思議そうにギネスを眺め始めた。


「……しかし何で、そう言う話題になったんです?」


「今、私の工房にアイリスの娘が来ているんだ」


「はあ……!? アイリスさん、25年前に死亡しているんですよ!?」


「ところがどっこい、遺体の確認ミスだった。5年前まで健在だったそうだ」


訳知りな御者が、口を挟む。


「目下、娘さんの方で……ルシール嬢と云うんですけど、父親不明とか名誉の問題が紛糾してまして。それで、形見のブローチを手掛かりに、こちらに来られたという訳で」


「生き写しだとか言って、メイばあさん、二回、失神した」


「あらま。メイプル夫人が二回も失神するなんて、そんなに似てるんですか。これは是非、お会いしてみませんと」


やがて、パーカーは、ふと視線を泳がせた。


「ウォード夫妻は、もうルシール嬢と会っておられるのかな……」


*****


――クロフォード伯爵邸の最寄りの町、クロフォード・タウン。


タイター氏は、まさに、その敵地に出張っていた。


役人の目を避けて、裏通りや中小のストリートを経由しての事であるが――役所や事務所が並ぶクロフォードの町のメインストリートの一角に、タイター氏は、その太く短い足を踏み入れていたのだった。


偶然の成り行きとは言え、タイター氏は、ローズ・パーク案件に関して、クロフォード伯爵の弁護士と対立する羽目になっている。


タイター氏は、カーター氏の弁護士事務所の扉の鍵を破り始めた。


手こずりながらも、長いギャング経験ならではの素晴らしい腕前を披露し、見事、事務所の中へ押し入って行く。


「鍵をこじ開け、不法侵入だが構うもんか! フンッ!」


タイター氏は盛大に鼻を鳴らした。


「あのカーターの裏をかくには! まず情報だッ!」


実際は空き巣なのであった。タイター氏は有望な情報を求めて、ゴミ箱をあさり、書庫をあさった。


カーター氏の弁護士事務所は、良く整理整頓されている。


即座に、タイター氏は、いわくありげな封筒を発見した。


「定期便だな……なになに? ……修正報告書……在中……」


タイター氏は勝手に封筒を開封し、中身を改める。


役所の書類だけあって、文書タイトルは実に直接的なものであった。


『アイリス・ライト/25年前の馬車事故/死亡報告書の修正』


タイター氏は修正報告書を読み込み始めた。


やがて、そのつぶらな目が、カッと見開かれた。顔色が一気に変わる。


分厚い唇と、でっぷりとした両手が、激情のままに、ブルブル震え始めた。


遂に、タイター氏は怒髪天を突く有り様となった。


苛立ちの余り顔を真っ赤にして、修正報告書をメチャクチャに床に叩き付ける。紙束がバラバラになり、部屋中の床に、乱雑に撒き散らされた。


「本人確認の矛盾が解決されている! あの娘、一片の疑いも無くアイリスの子孫と立証されてる! クソ! アントンの遺言書に、『子孫』などという余計な一筆が無ければ……!」


まさしくアントン氏は、ルシールが女性である事を考慮して、その一筆を付け加えていたのであった。


法律上、普通は女性が相続人になる事は想定されておらず、『娘』という言葉は使えなかったのである。しかし、『子孫』であれば、女性も対象に含まれた。つまり、娘が将来、『子孫』たる男子を出産ないし係累の男子の養子を持つと言う確実な見込みがあれば、『子孫たる相続人の母親』という事で、時間をさかのぼって認められるのである。


ついでながら、キアランとアラシアの婚約案件の裏にも、類似の法的事情がある訳だ。


タイター氏の怒りは止まらない。怒りのままに事務所を荒らしつつ駆け回る。


「あの娘っ子、この間のローズ・パーク舞踏会で、地元の男どもに注目されてんだ! たとえば、カニング家のボンボンとかな、既に何人かはプロポーズを考え出したとか、いよいよとなったら、こっちは終わりじゃねぇか! チクショウ!」


タイター氏は、怒りのステップダンスを始めた。超メタボ体重で、事務所の床にヒビが入る。


「この調子で父親不明の問題も解決されちまうと、裁判を起こしても負けてしまうぞ! 秘密の父と確定するところのローリン=レオポルドのヤツ、王族親戚だ! 今も伯爵に次ぐ権力者! リドゲートの野郎だって、ダレットのアバズレと結婚すれば、爵位継承権を完備して、クロフォード伯爵!」


ルシールの手にローズ・パークが渡ってしまえば、レオポルドがルシールの血統上の父親として、再びローズ・パークの地主に返り咲くであろう事は、火を見るよりも明らかだ。


そうなれば、ローズ・パークは再び借金地獄に突き落とされ、その資産価値は、岩のように沈下するに違いない。


タイター氏は、怒りのステップダンスの最後の仕上げに、ダンと床を踏み付ける。


弁護士事務所の床の表面に、ひときわ大きなヒビが入り……めくれ上がった。


「顔だけのパシリ貴族に! 我が財産ローズ・パークを、奪われてなるものかよ! 有利のうちに! 決定的に決着を付けてくれる!」


タイター氏は逆上するままに、弁護士事務所の扉をぶち破らんばかりの勢いで、猛然と駆け出した。


*****


まさにその時、扉から中をのぞき込む赤毛の男の姿があった。


カーター氏を訪ねて来た若手弁護士トマス氏だ。カーター氏の弁護士事務所の扉が不用心に開いている事に気付き、不思議に思いながらも顔を突き出す。


「カーター氏? 居るんですか?」


弁護士事務所の扉が、勢いよく、ブチ破られた。


そして哀れなトマス氏は、猛然と飛び出して来たタイター氏の丸々とした身体と衝突した。


トマス氏の痩身は華麗なまでに弾き飛ばされ、反対側の廊下の壁に叩き付けられる。


叩き付けられた格好のまま、トマス氏の身体は、ズルズルと壁をズリ落ちた。


続いて、床に尻餅をついたトマス氏は、目を回しながらも、余りにも有り得ない――しかし、タイター氏の無法ぶりを考えると有り得る気もする――事態に、驚愕するのみであった。


「な……何で、タイターが出て来た……」


超メタボ体型が、建物の裏階段を、まるで転げ落ちるかのように駆け下りて行く。


トマス氏はその姿を確認し、何があるのかと首を傾げながら、手すりから身を乗り出した。


裏階段の先に広がる裏の広場で、早速、タイター氏が怒鳴りながら、太く短い腕を振り回している。


「野郎どもッ、整列ッ!」


裏の広場や、そこに直結する裏街道の方で待機していたらしきギャングの手下どもが、三々五々と言った感じで集まって来た。


激怒エネルギーのお蔭か、タイター氏は超・肥満体には有り得ない程の身軽さで高く飛び上がり、裏の広場を仕切る飾り台の上に、一ッ跳びで着地してのけた。こうすると、背丈の低すぎるタイター氏でも、手下の全員を上から目線で見下ろせるのだ。


タイター氏は、飾り台の上で傲然と短身を反らし、更なる大声で怒鳴った。


「標的ルシールは、確かクロス・タウン通っているんだな!」


「帰りの馬車は通ってないから、テンプルトンに居る筈ですぜ」


報告したのは、タイター氏の前で整列していた手下の一人だ。タイター氏の決断は早かった。


「よし! 標的をとっ捕まえる! このチャンスを逃すものか!」


裏階段の上の方で、その物騒な打ち合わせを耳にする羽目になったトマス氏は、ただ青ざめるばかりである。


タイター氏は早速、手下が引いて来た馬に乗る――


しかし、馬は、タイター氏の何らかの要素を察知するなり、タイター氏を振り落とした。


タイター氏は再び、乗馬にトライする。馬は再びタイター氏を振り落とした。そればかりか、他の馬も一緒になって、タイター氏を踏み潰そうとするか、タイター氏から逃げ回ろうとするかであった。


タイター氏の手下たちは、驚き戸惑うばかりである。


「魔女の呪いは本物らしいですぜ」


「何度試しても、馬がおかしらを振り落とすし……」


「乗馬不可になる呪いって……」


「ホントにあったんだな……」


初顔合わせとなった直談判の時に、ルシールが、馬が嫌がるハーブの粉を、タイター氏の頭にまぶしたのが原因だ。風呂で良く洗えば取れるのだが、真面目に風呂に入る習慣を持っていなかったギャングたちは、真剣に恐れ入るのみであった。


最後の手下の一人、巨大な戦斧を抱えた巨人のような大男は、無言のままだ。


馬の脚の下で無様に転げ回っていたタイター氏は、しかし、それでもめげなかった。飾り台の上に再度よじ登ると、尚更に傲然と短身を反らしたのだった。


「馬車を用意!」


早速、手下の手によって、タイター氏のための一人乗り軽装馬車が引かれて来た。


タイター氏は即座に軽装馬車に乗り込んだ。乗馬を済ませた手下たちと共に、ほとんど暴走と言って良い、交通違反そのもののスピードで、裏の広場を飛び出す。


「野郎ども、出撃ッ! 偉大なる尊大なる、このワシに続け!」


タイター氏の怒鳴り声が、建物の壁で反響しながら響いて来る。

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