レスター邸…接触と小競り合い
レスター邸の広々とした談話室に、縁組ビジネスに関わる女性グループの三人が集まっていた。
「クリプトン氏とララ嬢の婚約成立、礼金がご到着ッ!」
金髪の《戦女神》という異名をとる、地元の縁組サービス代表イザベラは、礼金を入れた袋を持ち上げ、得意そうな笑みを満面に浮かべた。イザベラとアンジェラを含む三人の令嬢は、礼金を山分けにし、各々の取り分を取る。
「我らがチームは、成功率が良いわッ!」
「山分けって、気分最高!」
分配作業が済み、一人が別件で早々に抜けた。
アンジェラは手際よくお茶を準備し、イザベラは衝立の位置を調整する。イザベラとアンジェラは、お茶を一服しつつ、身辺の最新状況について語り合った。
「今回の収入も、裁判資金に化けるのね?」
「そうなの」
「ロックウェル裁判、まだ決着つかないんだ」
「向こうも結構しぶとくてね」
アンジェラは溜息をつく。アンジェラは、ロックウェル公爵を相手に、親子認知の裁判を起こしているのだ。もっとも、先方がなかなか法廷に出て来ないため、ほとんど宙ぶらりんの状態だ。
イザベラは親友の苦境に同情していた。
「ロックウェル公爵って、完璧に頭のおかしい異常人物じゃ無いの! 縁切りしたって、誰も何も言わないわよ! 今、父が首都の高等法院と連絡取ってるから、そのうちロックウェルに司法処分が掛かってくると思うけど……」
金髪のイザベラ嬢は、実は、ジャスパー判事の娘なのである。
「ジャスパー判事にはホント感謝してるわ。縁切りするには、縁を認めて頂く必要がある、なんて変な法律があるせいで、此処までこじれてる訳だし」
「クレイボーンの名を受け継ぐ気持ちは全く無いって事ね」
「完全に無いわ」
アンジェラはうなづいた。アンジェラの決心は堅く、イザベラは「マズイ」とも何とも言わない。この辺りはツーカーの関係だけあって、言葉に出さなくても、意図が伝わる部分があるのだった。
――広い談話室を仕切る衝立を挟んで、彼女たちの会話に耳を傾けている中年の金髪紳士が居る。一般招待客のような顔をして茶を一服しているが、見るからに身分の高い、堂々とした雰囲気の紳士だ。
イザベラとアンジェラは、まさか自分たちのようなお喋りスズメの会話に、注意深く耳を傾けている存在があるとは、夢にも思っていなかった。
アンジェラの近況の話は続いた。
「……ルシールが近々、ローズ・パークのオーナーの一人って事になるし、そうなったら、彼女と一緒に新しい事業を始めようかと思ってるの」
「そしたら、私にも声を掛けてね、アンジェラ。新しいビジネスのアイデアがあるのよ」
将来の計画の話題だけあって、アンジェラの気分は浮き立って来た。
「楽しみ。そうそう、スミス家のオズワルドの縁組作戦の件だけど、『スミス家の大奥方』が絡むから、私の名前を出すのはマズいのよ」
「話を詰めて、スミス家の大奥方に礼金を出させるのは、私からやってみるわ。任せて頂戴」
毎度、手早くアンジェラの作戦を了解するイザベラである。
ロックオン対象の令嬢は、既にアシュコート舞踏会で『縁組サービス』の顧客として引き込んであるし、後はスミス家の大奥方の了解を取って、ロマンチックな恋愛劇を仕掛けるだけだ。
縁組作戦のシナリオが固まったところで、二人は成功を祈って、お茶をお酒に見立てて一服したのであった。
イザベラはお茶を一服すると、アンジェラを見て疑問顔になった。
「大丈夫? アンジェラ、オズワルドに恋してたんじゃ無かったっけ?」
「そうねえ……案外、平気みたい」
「それで今は?」
「……(ゴフッ)」
アンジェラは動転の余り、お茶を吹き出した。
「あら!?」
「ご、ごめん、イザベラ。ビックリしてむせただけだから」
「もう、一体どうしたのよ。まぁ、オズワルドは典型的なオットリ御曹司ちゃんで、アンジェラとは釣り合わないとは思ってたから、こうなって安心したけど」
「……どういうイミよ」
イザベラは意味深な含み笑いをし、ウインクを返した。テキパキとお茶を片付け始める。
「言葉通りのイミよ、フフン。じゃ、一刻の後に、会場の例の場所で」
「了解」
お茶が片付くと、二人は今夜の会場で再び落ち合うタイミングを確認し、各々、別行動に移ったのだった。
*****
イザベラと別れた後も、アンジェラの心臓は落ち着かないままだ。
エドワードが不意に見せた、激情のような何か。金色をした鋭い眼差しは、それ程にアンジェラの心に食い込んでいた。オズワルドに寄せ続けていた思慕の念が、断ち切られる程に。
――射抜くような金色の目。あれが、エドワードの奥にある、もう一つの面なのだろう。
最初はテキパキとした足取りだったが、次第にゆっくりになる。無人の曲がり角に到達し、アンジェラは、窓の外を見ながら溜息をついた。
頬が熱い。
「それで今は? って……あんなタイミングで、同じ首都方面のイントネーション……」
慣れぬ方面で、あれこれと思案を巡らせているうちに、アンジェラはすっかり注意散漫になっていた。
いつの間にか、人気のない廊下に躍り出て来た、一人の伊達男と向き合っている。
「おや! これはまた見事な金髪美少女だねえ!」
伊達男は笑い、アンジェラのほっそりとした白い手首をつかんだ。伊達男は、既に相当量のお酒をきこしめしていた。その口からは、濃厚なアルコール臭がしている。
「酔っ払い、お断り!」
アンジェラはピシリと言って抵抗した。
だが、過分に入ったアルコールのせいもあるのか、伊達男は何やら、不穏な下心を膨張させていたのだった。伊達男は不気味なニヤニヤ笑いを浮かべたまま、アンジェラの手首をいっそう強くつかみ、何処かへ連れ去ろうとし始める。
レスター邸は広く、重要会議室など、機密性に配慮した小部屋も各所に存在するのだ。その小部屋は、時には別の意味を持った小部屋に変身する。壮麗ではあるが人気の無い廊下を引きずられて行くアンジェラは、本気で身の危険を覚えた。
せめてもと、ヒールの付いた靴で伊達男の足をゲシゲシと蹴ってみるが、絶妙に過剰になったアルコールが、人間の感覚を如何に鈍くするかという事実に、逆に驚かされてしまう。
アンジェラは、伊達男の手を何とかして外そうと必死になっているうちに、伊達男が見知った人相をしている事に気付いた。全く知らない人物では無いが、それはそれで、また別の疑惑が浮かんで来てしまう。
「何か見覚えがあると思えば、あの時の……マダム・リリスに何か薬盛られてるんじゃ無い」
何としてでも、この男を倒さなければ。アンジェラは一層、力を込めて、伊達男のふくらはぎにヒールを食い込ませた。
さすがに男も痛みに気付き、ムッとした顔になった。
「甘く見てりゃ、この子猫は……」
「だから放しなさいよ!」
伊達男は一気に狂暴な人相になった。片手をコブシにして振り上げ、アンジェラに殴りかかろうとする。
瞬間。ガシッというような衝撃と共に、伊達男のコブシが止まった。
「オッホン!」
「……!?」
伊達男が、ギョッとした様子で振り返る。
この場には不自然な程の、威厳のある中年の金髪紳士が、そこに居た。伊達男の手首をつかみ、その動きを封じている。
足音一つ立てずに現れたのは明らかだ。その手の気配など、全く無かった。アンジェラは目を白黒するばかりだ。
呆然とするアンジェラの目の前で、伊達男の身体が回転した。
あっという間に、伊達男は中年の金髪紳士に手首を逆さにひねられ、拘束されていたのだった。
「アシュコートの判事の仕事量は、並大抵では無いと言う訳だな」
「いきなり何だ! いて、いてて……! この腕力ジジイ……!」
明らかに上流貴族と思しき身なりの中年の金髪紳士は、若い頃に相当鍛えたのであろう、年齢にも関わらずしゃんとした姿勢と体格をしており、訓練された身のこなしの様は、軍人のようにも見える。
想像以上の物凄い力で拘束された伊達男の方は、完全に酔いが醒めたらしい。本当に腕をへし折られる危険を直感したのか、すっかり顔色が変わっている。
伊達男の力がゆるみ、アンジェラの手首が自由になる。
アンジェラは、この隙にと、スタコラサッサと逃げ出した。
*****
哀れな伊達男の喚き声が、人気の無い廊下に響き渡る。
そこへ、ヒューゴとエドワードと縮れ毛の従者の三人が、ちょうど通りかかった。三人は揃ってビックリした様子で、中年の金髪紳士が伊達男を取り押さえている光景を眺めた。
「ハクルート公爵様!」
仰天するばかりのヒューゴ。エドワードも、訳が分からないと言った様子で唖然としている。
「父上? 何かトラブルでもありましたか?」
「この男がな」
エドワードの父親・ハクルート公爵は、涼しい顔で応じた。
次の瞬間、いきなり解放され、伊達男は目を回して転倒せんばかりになった。縮れ毛の従者が早速、その身体を支えつつ拘束する。伊達男の人相を確認したヒューゴは、再び仰天した。
「マダム・リリスの、最近の愛人……!」
半分失神した伊達男を、縮れ毛の従者が手際よく控え室に引きずって行った。その様子を眺めながら、ハクルート公爵は、近辺で聞き込んだ噂を披露した。
「しかし、ここ最近、捨てられたと言う噂を聞いているぞ。その恨み故か、アンジェラ嬢にちょっかいを……」
相変わらずの地獄耳だ。その情報に、エドワードもヒューゴも唖然とするばかりであった。
ハクルート公爵は改めて息子エドワードを見やり、その『頭の軽すぎるチャラ男』にしか見えない扮装をしげしげと眺め、困惑の表情を浮かべた。
「マダム・リリスの新しい愛人は、金髪……つまり、お前だと言う噂があるが」
「あのマダムが流言飛語の女王だと言う事を、すっかり失念していた……」
いつの間にか父親は、息子の最新のゴシップも仕入れていたのである。
エドワードは、バツが悪くなって顔をしかめ、父親譲りの金髪をかき回すのみだ。ヒューゴも冷や汗をかいている。
「こッ、これには、色々と複雑な訳がありまして……」
チャラチャラした遊び人風のエドワードと比べると、父親ハクルート公爵は、年季の入った威厳が明らかに感じられる佇まいだ。一般招待客のような顔をして潜り込んで来てはいるのだが、さすがに大国の大臣を務めている者ならではの風格がにじみ出ている。
ハクルート公爵は、アンジェラの走り去った方向をチラリと見やった。
「どの娘が、あの脅迫状を書いた彼女かは、すぐ分かったよ」
公爵は胸ポケットから封書を取り出し、ヒューゴに手渡した。
早速ヒューゴが文面を開く。エドワードも興味津々で身を乗り出した。
『この件から手を引け。さもなければ、今度は貴殿が、誰も知らない冷たい場所で、バラバラ死体となって転がっているであろう』
ヒューゴは冷や汗ダラダラである。
「これが、『忠告も、ちょっと入れた』だって……!?」
「珍しい物を見たような気がする」
ハクルート公爵は、フッと息をつき、くつろいだ顔になった。
「ロックウェル公爵令嬢、アンジェラ・スミス・クレイボーンか。ユージーンの面影が、確かに存在する。……それ以上に、レディ・シルヴィアに良く似ている……」
エドワードが意外そうな顔になる。
「シルヴィア? アンジェラの祖母の事をご存知でしたか?」
「エスター侯爵令嬢レディ・シルヴィア。少年の頃にな、首都の社交界で拝見した事がある」
勿論、そう説明したハクルート公爵にしても、当時はまだ少年と言って良い年齢であり、一回りほども年上だった令嬢には、さほど関心が無かった。しかしそれでも、エスター侯爵令嬢の息を呑むような美しさは、記憶にハッキリと残っていたのである。




