例えるなら、爆破時間の分からない爆弾の前。
「―――――明人様、どこに行ってらっしゃったのですか?」
信正と供に家に帰った明人を迎えたのは幹部格唯一の女性である夢叶だった。
「ちょっとそこまで。」
「あんまり出歩かれては困りますわ。事務が滞ってしまいますもの。」
はぐらかして答えた明人の言葉を軽く受け流し、夢叶は妖艶に微笑んだ。明人の二つ上の夢叶は二十代半ば。大人の女性の魅力の最盛期と言って差し支えないだろう。
黒髪は絹のようになめらかで長く、薄紅の着物を緩くあわせてきているため肩先が覗き、ずれた襟元から白くなまめかしい鎖骨と、谷間が覗いている。きっと、テレビに出ている化粧でごまかしたアイドルよりずっとエロくて、美人だ。
けれど。
「大丈夫ですよ。きちんとやっていますから。」
(夢叶は確か、一ノ原の頭首の従兄妹だったはず……)
敵かもしれない。その可能性が全てを警戒対象に変化させる。目を奪われるのが普通であろう色気は情報を引きだす罠に見え、妖艶な笑みは油断を誘う材料へと変わる。
「ならいいのですけど。」
夢叶は笑みを保持したまま無垢な言葉が何も考えず言葉を発するように、
「―――――それで、次のお仕事は何時になるんですか?」
最短ルートで、阿部家の問題を指摘した。
✝
口八丁手八丁に任務に就いて問いただす夢叶と信正から全力で逃げて、明人は頭首の部屋―――かつて明の部屋だった現在の自室で重く息を吐いた。
任務の取り決めと実行。
それは頭首が行うべき仕事の最重要項目であり、陰陽師の華と呼ばれる妖怪退治のための下準備だ。明はこれが原因で月葉ともめ命を落としたと聞くし、決めるのに慎重さを要する仕事だ。
(―――――でも、どうやって決めるべきなのでしょう?)
明人は本棚からファイルを適当に抜き、床に寝そべってそれを広げる。頬杖を突き眺めるそれは、明が生前行った任務に関する書類のまとめだ。それはその妖怪が及ぼす悪影響に始まり、それに関する情報、対応策と続き、正式な報告書で締められている。
計四枚の書類が一つの任務ごとにまとめら
「……あれ?」
ぺらぺらと捲っていたファイルの後半辺り。唐突に、紙が一枚抜け落ちている場所があった。
その意味は分からない。ただ紛失しただけかもしれない。けれどそこは自然と目に留まり、抜け落ちているのは対処法をまとめた記憶書きに近い紙で、
(これは父上が最後に行おうとして果たせなかった……)
抜け落ちた紙の数枚先。墨書きの字で書かれる表題は、
『名無谷村』
その正式書類を見てなのか、父の字を見てか……は知らない。
ただ、自然と姿勢は正座になって、背筋が伸びた。問題点や対処法を綴る文字は、見慣れた明の神経質に角ばった文字。……もう、綴る手を失った文字だ。
それを父が心残りに思っているとは思えず、それを継ぐことが父の弔いになるとは思えない。
ただ、父の失敗を残しておきたくない。そう思った。だから―――――
明人はファイルを文机の上に置きなおして、引出しから新しい紙を出す。筆に墨を含ませ、明の字で書かれた書類を参考にし、己の雑さが隠しきれない字で書く文字は、
――――――『名無谷村』。




