人でも、妖怪でもないもの。
「吸血鬼……?」
その言葉を聞いて、セアと月葉以外のすべてが凍りつく。
★
「吸血、鬼……?」
音が不安そうに、その単語を復唱する。山神楽の記憶内は、理解できない単語でぐちゃぐちゃになってしまっていた。
分からないという事は分かっている。
けれど、戸惑いを消すために、考える。
(「吸血鬼って、何?」)
(「妖怪じゃないって言ってた……よね?」)
(「でも人でも、ないよ……?」)
(「だったら吸血鬼って何なの?」)
(「人でも、妖怪でもない、もの……?」)
(「そんなのいるの?」)
(「でも、そううじゃない、と……。」)
(「説明、出来ないよね……。」)
答えは出ない。ぐるぐると同じ問いが巡るだけで……
だから、
「月さん……。」
答えを求めるように、山神楽は月葉の足元に近づいて、その着物の裾を握りしめる。月葉は女性に代わっていた姿を青年に戻し、
★
「月さん……」
セアのカミングアウトを何気なく聞き流した言葉に、山神楽が怯えたように自分の着物の裾を握るのを見る。
(そうか……)
月葉は納得し、女性になっていた姿を青年に戻して、しゃがみ込む。……流石に締まらないし。
(知らないから、怖いんだ。)
山神楽は妖狐すら知らなかった。吸血鬼だと言えば、尚知らないことだろう。
「大丈夫ですよ。」
月葉は三人の頭に手を置き、言う。足りない一本は尾を一本だけ出して代用した。
不安げに見上げる山神楽を見上げ、落ち着かせるようにやさしく言う。
「違っていたとして、どうかなってしまうわけではありませんから。」
★
(吸血鬼……というと。)
夜歌は目を細め、思考する。
その名が示すものは妖怪ではないが……話なら、聞いたことがある。
西洋に伝わる魔物だ。夜を拠点とする点では妖怪に近い存在だと言えるが、問題は。
(なんで……日本に?)
理由が分からなかった。妖怪もそうだが、基本的に人外は自分の住む場所から動きたがらない。それぞれの土地で色々風習やら階級やらがあったりすることが原因なのと、人間ほど他の場所に興味を示さないことがある。そもそも違う景色を楽しむというのなら、時代の流れで変化するたびに同じ場所に何度も行かねばならない、という事になる。
要するに、面倒臭いのだ。観光しようと思ったら人間の紙幣が必要になるし。
目的が分からない。だから、尋ねた。
「日本には、何の目的で?」
★
(吸血鬼……?)
周りの緊迫した雰囲気に交じれないまま、黒夜はその言葉の意味を考え込む。
正直言って黒夜は賢くない。記憶力もあまりよくなく、どこかで聞いたことのあるようなその生物の名を思い出せずにいた。妖怪でない事は分かるが、
(そこまでヤバい奴……なのか?)
夜歌が緊張した面持ちでセアを見るのを見て、黒夜は無い知恵を捻って考える。
問題のあるやつだとすれば、やることは一つだ。
(もしなんかあったら……俺が、こいつらを守る。)
黒夜はひそかに拳を握りしめ、夜歌の声を聴き、セアの答えを聞いた。
★
「日本には何の目的で?」
月葉は妖狐の姿に戻り、背に山神楽を座らせたまま無駄に緊迫した方向を見る。妙にこっちだけほのぼのしていてこれでいいのかとも思ったが、一番大事なのは
(セアさん、確か日本に来た理由って観光……でしたよね?)
月葉は無駄に尾を引っ張りたがる山神楽から自分の尾を護ろうと内心慌てふためきながら、けれど見た目は冷静に思う。
(それは受け入れられる……のでしょうか?)
人外が人のように旅行するだけでも珍しい。その上別の種族である妖狐と一緒にいたとなると怪しさは倍増だろう。
月葉は不安に駆られながらも、目を細め見守るだけに行動を抑える。
そんな月葉の視線の先、セアが日常会話をしているかのように気楽に
「観光だが?」
言った。その言葉に夜歌は一瞬固まり、
「いやいやいや!ないでしょう、その理由は!観光に来たまではいいですよ!でもそれが何で名無谷村に来るなんて天下になってるんです!?」
勢いよく突っ込む。セアは少し悩んだ様子で頭を掻き、
「……成り行き?」
「いやいや!成り行きで解決するもんでもないでしょう!何があったんですか!」
それに納得しきれなかった夜歌が再び突っ込む。
「夜姉ぇ楽しそうー。」
「あんな夜姉ぇは久々だねー。」
「でも相手の人、困ってる……。」
背中の山神楽が月葉の頭に重なるようにして乗り、セアと夜歌の会話を見て楽しそうに笑う。月葉も首にかかる重みに耐え、
(何というか……平和ですねぇ……)
ぼんやりと思う。それは今までの緊迫した雰囲気を忘れさせるような光景で、
「何なんだよてめぇら……。全然悪役っぽくねぇしさ……。」
毒気を抜かれたらしい黒夜がため息交じりに呟いた。
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