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残響の記憶  作者: 寝そべり魔丸
第二章 「旅路編」
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第17話 夕暮れの邂逅

正午


アストレア公爵邸の廊下。

ステンドグラスから差し込む陽光が、床に斑入りの光を落としていた。


「『夢の主』……?」

(……なんだこれ、めちゃくちゃ中二っぽい名前だな。)


「異邦人だから、この地の歴史は知らないだろう。じゃあ最初から話そう」

先を進んでいたペドロが足を止めた。


「六百年前、ニサンクスで大きな動乱が起きた」

レイの瞳がかすかに煌めく。


「そうだった……確か『大災厄』って呼ばれてたよね」

彼が話を受け継ぐ。

「ドミリーが話してくれたんだ。あの災厄はとても大きくて、ニサンクスの二つの大陸がどちらも大打撃を受けたって」


ペドロは振り返り、重い面持ちでゆっくり頷いた。


「そうだ」

一瞬間を置き、声が少し掠れる。


「その災厄の首謀者の一人が……彼女なのだ」


(ブンッ——!)


「?」

レイの表情が瞬く間に歪み、まるで蝿を丸呑みしたような嫌悪感が顔に浮かぶ。


視界が霞んでいく。

それと同時に、耳元にぬるい吐息が漂ってくる。


「あなたのこと……知りたい」

ねっとりとした、どこか不気味な声だ。


「オェッ——!」

レイは膝の力が抜け、冷たい石畳にそのままひざまずき、抑えきれずにえずきだす。

冷や汗が一気に背中を濡らした。


(くそ……また彼女かよ!)


「おい、大丈夫か?!」

ペドロは慌てて身をかがめ、レイの肩をしっかり支える。


レイは壁にもたれ、荒い息を繰り返し、ぐったりとした様子だ。


「だ、大丈夫……」

弱々しく手を振る。

「ただ……急に気分が悪くなっただけだ」


「……」

ペドロは眉を寄せ、深くレイを見つめた。

それ以上問い詰めず、後ろから黙って従っていたメイドに目を向ける。


「ドミリー、彼を客室まで送ってくれ。今日の話はここまでにしよう」


「はい、ご当主様」

ドミリーが一歩前に出て、優しくレイの腕を支える。


廊下には、二人の足音だけが静かに響いた。


「レイ、大丈夫?」

少女が少し顔を上げ、澄んだ瞳に心配の色を浮かべる。


「本当に大丈夫だよ、気にかけてくれてありがとう」

レイは無理に笑顔を作り、少女を見る。

その言葉を聞くと、少女は再びうつむき、黙ったままだ。


……


客室の扉の前。

赤髪の青年が立っていた。


「剣聖様?」

レイは少し意外そうに目を向ける。


赤髪の青年は振り返り、照れくさそうに後頭部を掻く。


「やあ、レイくん……どうしたんだ、顔色あんまり良くないぞ」


「気にしないで。ちょっとしたアクシデントだよ」

レイは体を起こす。

「それで、何か用事があるの?」


赤髪の青年の笑顔がさらに気まずくなる。


「本当に申し訳ない!アタロール図書館へ連れて行く約束だったけど、急な用事が入っちゃって……」


「ああ、気にしないで大丈夫だよ」

レイは軽く首を振る。


「ほんとにすまない。では失礼する!」

赤髪の青年は手を振り、廊下の奥へ足早に去っていった。


「……」


午後


客室内。

夕暮れの陽射しがレイの頬に降り、ほのかな暖かさを届ける。

彼は窓際へ歩み、退屈そうに外の景色を眺めていた。


窓の先、公爵邸の門前。

黒髪の少女がゆっくりと歩いてくる。


「ん?」

レイは訝しげに眉を上げる。

「こんな時間に……この邸を訪ねてくる人なんているのか」


彼女はきちんと仕立てられた黒いドレスを身にまとい、歩くたびにスカートがそっと揺れる。


夕陽に照らされ、少女はふと足を止め、少し顔を上げて二階の窓際にいるレイを見た。


レイは一瞬、見とれる。

二人の視線が重なった。


(……すごく綺麗だ)


「こんにちは」

少女がレイに声をかける。


「あ……こんにちは」


「……」

風がそよぎ、窓の外の木々が揺れる。


「公爵邸のお客さんですか?」

レイが問う。


少女の口角がそっと上がる。


「そういうことになるわね」

スカートを少しつまみ、優雅に貴族の礼を取る。

「これからも、どうぞよろしくお願いします」


「そんな堅くしないでよ。俺もここのお客さんだし」

レイは照れくさそうに後頭部を撫で、ぎこちなく笑う。


「では、先に行きますね」


「うん、さようなら」


少女は振り返り、視界から消えて邸の中へ入っていった。


翌朝


公爵邸、応接室。


黒髪の少女がソファに腰を落ち着け、主席に座る公爵を穏やかな目で見つめる。


「ペドロ様」

「遺品を取り戻す任務を、私に任せてください」


公爵は黙って少女を見つめる。

しばらくの間。


「カリスタ」

ペドロがティーカップをテーブルに置く。

「君の心意気はわかっている。だが、私は君の父と約束したのだ……」


カリスタは勢いよく立ち上がる。


「だから、行かせてください」

「恩知らずな人間には、なりたくないのです」


青い瞳には、疲れを滲ませたペドロの姿が鮮やかに映る。


「はあ……」

ペドロは長いため息をつく。


「やはりか」

首を振り、苦笑いを浮かべる。

「君は父と同じだ……この頑固な性格が」


緑の芝生が広がる場所。

穏やかな陽光が降り注ぐ。


レイは芝生の端に立ち、遠くの木陰にいる赤髪の少女を眺めていた。

少女は静かに空を見上げている。


「……」

「フィオナ」

レイがその名を低く呟く。


「こんにちは、またお会いしましたね」

突然、柔らかい女声が斜め後ろから届く。


レイが振り向くと、黒髪の少女がゆっくりと近づいてくる。


(……また彼女かよ)


「そういえば、昨日自己紹介していませんでした」

少女はレイの前で足を止め、微笑みを絶やさない。

「私はカリスタ。あなたは?」


「天宫レイだ」


その瞬間——


「シュッ——!」

木剣が突如上空から飛んできて、レイとカリスタの真ん中の地面に突き刺さる!

草くずが勢いよく飛び散った。


「わっ!」

レイは驚いて慌てて二歩ほど後ろに下がる。

だがカリスタは異様に冷静で、ただ横目で木剣を眺めるだけだ。


遠くに黒髪の青年が立っていた。


「偽善者め!」

「俺が懲らしめてやる!」


カリスタがそっとため息をつく。


「またあなたか……」


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