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残響の記憶  作者: 寝そべり魔丸
第一章「王都編」
14/18

第14話 真実

青空の下、

二人が肩を並べて立っていた。

目の前に突き立つ真っ白な巨大塔の影が、二人の身を覆っている。


「これが……伝説の賢者の塔、なのか?」

ペドロが少し顔を上げ、

真っ白な外壁を目で辿って上へと視線を滑らせる。

高さは八十メートルほど。

雄大な山々と比べれば大したことない高さだけど、この平野に突っ立つその姿は、圧倒的な浮き具合で、思わず息が詰まるような感覚を与えてくる。


「そうだよ」

隣の金髪の青年が、淡々とした響きで口を開く。

「ここはヴァレリウス帝国領内に建つ、最大の賢者の塔だ」


風が吹き抜け、枯れ葉が何枚か舞い上がる。

ペドロは視線を戻し、隣の金髪青年の方へ顔を向けた。

隠そうともしない疑いの色が、瞳に浮かんでいる。


「噂によると、賢者の塔は外部の人間の立ち入りを厳しく禁じているんじゃなかった?」

金髪青年は肩を竦めるだけ。


「外部の『他人』に対してはな。けどお前は——今この塔の管理者自ら、招き入れた人間だから」


「賢者の末裔……か」

ペドロが小さくつぶやき、

それ以上何も言わなかった。


二人は足を前に進め、重厚な巨大石扉に両手を押し当てる。

力を込める。

鈍い軋む音と共に扉の隙間から淡い光が漏れ出す。

中へ踏み込んだ瞬間——


「っ!」

ペドロの瞳が一気に収縮した。

心臓が何の前触れもなく激しく鼓動する。

まるで階段から足を踏み外したみたいな、強い失重感が全身を飲み込む。


「魔力が……」

無意識に拳を握り締め、指関節が白くなる。

「半分、使えなくなってる?」


金髪青年は歩みを止めず、

平然な口調で続ける。

「賢者の塔に入った者は、みんなこうなる。

ゆっくり慣れろ」


ペドロが深く息を吸い、目に入った光景に呆気に取られた。

極めて洗練された休憩スペース、だった?

外壁の石造りとは思えない、温かみのある木目の壁が広がり、

真ん中には柔らかい光を放つ巨大な光球が浮かび、周囲をくっきりと照らし出している。

光球の周りにはソファまで置かれ、

空気には淡いお香の薫りが漂っている。


「これが……賢者の塔の内部?」

ペドロがその場に立ち尽くす。

張り詰めていた神経が、綿に殴りかかったように力が抜け、あまりのギャップにどんな顔をすればいいか分からなくなる。


「ついてこい」

金髪青年はこんな空間に一切興味がない様子で、壁沿いの階段へ真っ直ぐ進む。

二階へ。


階段は塔の内壁に沿って、目が回るようなカーブで螺旋を描いて上へ伸びている。

中央には数十メートルの高さを貫く大きな空洞が開いており、深く暗い。

時折、蛍のような無数の微光が底知れぬ空洞の中を飛んで、何処かへ消えていく。


ペドロが上を見上げても、視線の先には延々と続く螺旋階段だけが広がっていた。


「こんなに長いのか?」

眉を顰める。

金髪青年は返事をせず、

横目で意味深な笑みを浮かべるだけ。


空っぽの塔の中に足音だけが反響する。

数分が過ぎた時、

ペドロが眉を寄せ、足を緩めた。

右側の壁面に目をやると細い亀裂が走っている。

縁は不規則な鋸歯状で、どこか見覚えがある。


さらに十分後、ペドロは完全に足を止めた。

眼前の壁に、さっきと全く同じ位置に同じ鋸歯の亀裂が現れている。隣の石の欠けた箇所まで寸分違わず。


「また元の場所に戻ってきた?」

先を行く金髪青年の方を見る。

迷宮?幻術?それとも空間魔法なのか。


金髪青年が足を止め、振り返る。

「この階段はずっと上へ続いているように見えるが、実際は大半が平らな道をぐるぐる回ってるだけだ」

足元を指して説明する。

「塔全体の高さは八十メートルだけど、本当に上へ昇れる区間は三十メートルしかない。

目に映る光景に惑わされ、ただひたすら前へ進み続ければ、ここで延々と同じ場所を回り続けることになる」


ペドロは階段を眺めて一瞬黙る。

目を閉じ、視覚から届く偽りの情報を遮断。全神経を足裏の感触だけに集中させる。

しばらくして目を開け、一段一段の微妙な高低差を丁寧に見分け始める。

左側へ迂回し、本当に上り坂になっている段だけを選んで進む。


やがて石段が途切れ、

刺すようではない、鮮やかな光が二人の目の前に広がった。三階だ。


見渡す限り、数十メートルの高さを持つ巨大な本棚が森のように林立し、

古く厚みのある本が一列一列整頓されて並んでいる。羊皮紙の縁は年月で黄ばんでいた。

空気には紙と埃、インクが混ざり合った独特なにおいが漂い、静かすぎて埃が落ちる音まで聞こえそうだ。

広大な空間に響くのは、二人の微かな足音だけ。


その時——

サラ、と。

本棚の奥から何か別の足音が聞こえてきた。

白髪の青年が棚の陰からゆっくりと現れる。


「はじめまして、ペドロ・アストレア殿」

白髪青年が穏やかな笑みを浮かべて話しかける。


「?」

ペドロは警戒の本能を宿し、目の前の男を訝しげに見つめる。

「どこかでお会いしましたか?」


「あ、そうだった」

白髪青年が額を軽く叩き、申し訳なさそうな笑みをこぼす。

「失礼した。自己紹介を忘れていた」

少し腰を折って礼を取る。

「俺はこの賢者の塔、第十二代管理者だ」


「賢者の末裔……」

「アスタール・スズキと名乗る」


空気が一瞬止まる。

ペドロは困惑した様子で白髪青年を見、眉を少し寄せる。


「スズキ……?」

聞き慣れない名字だ。

ヴァレリウス帝国はもちろん、周辺大陸のどこを探しても、こんな奇妙な響きの名字など聞いたことがない。


白髪青年は彼の表情を見て柔らかく笑う。

「無理もない。

この名字は、この世界においては確かに浮いてしまうからな」


「……この世界、だと?」

ペドロの視線が冷たく鋭くなり、警戒心を露わにする。

右手が自然と垂れ、指先が剣の柄に触れる。


白髪青年は彼の動作を気にも留めず、ただ静かに彼を見つめ続ける。

「優れた剣士であるお前なら、聞いたことがあるだろう。

賢者は元々別の世界から来た、という巷の噂を」


「それは真実だ」

声が本棚の間に反響する。


ペドロは冷ややかに男を睨み、剣を握る手の力を緩めない。

「別の世界が、俺に何の関係がある?」


白髪青年は身を翻し、隣の本棚へゆっくりと歩いていく。

細長い指が本の背表紙をなぞり、最後に地味な黒い表紙の一冊で指を止め、本を抜き取る。


「知っているか?」

本を開かず、指腹で表紙をそっと撫でながら話す。

「十一年前、奇妙な大規模生物大量死事件が起きたんだ」


ペドロの瞳が微かに揺れる。


「規模は凄まじいのに、裏に隠された真相も重大なはずなのに、なぜその事件の影響はこれほど小さく、歴史からほとんど消し去られてしまったのか?」


ペドロが背を向ける。

「何の話か分からない」

声が渇いている。

「それが俺とどう関係する?」


背後から細いため息が漏れる。

白髪青年は手元の本を見下ろし、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「もし、その現場にノーラ・ウスゲアがいたとしたら?」


ブン——

ペドロの瞳が針の先まで収縮し、

半歩踏み出していた足が地面に釘付けになる。


「そんな話、冗談にもならない」

ゆっくりと振り返り、冷たい声を放つ。

「止めろ」


カキン——

鋭い剣の鳴り響き。

長剣が抜かれ、冷たい剣先が白髪青年の喉元寸前に静止する。

鼓動する頸動脈から、半寸も離れていない。


致命的な刃を前にしても、白髪青年は一歩も退かない。

瞳を上げ、怒りに狂いそうなペドロを見つめ、唇に冷たい笑みを浮かべる。


「ペドロ殿、まだ理解できていないのか?

お前の伴侶こそ、今抱えているすべての苦しみの根源なのだ」


「黙れ」

ペドロの声が震える。

「黙れ!黙れ!!」


銀色の剣閃が暴雨のように降り注ぐ。

空気を裂く甲高い音を伴う乱れた斬撃が、次々と白髪青年へ叩きつけられる。


だが——

ドン、ドン、と鈍い衝突音だけが響く。

剣の刃は肉を切り裂くことなく、

いつの間にか前に立ち塞がった金髪青年が、片手で持つ鞘だけで嵐のような攻撃をすべて受け止めていた。


大きな反動が柄を伝って腕へ伝わり、

虎口が裂けて血が溢れる。

だがペドロは痛みを感じていないかのように、機械的に剣を振り回し続ける。


やがて最後の力が抜け落ちた時——


カラン。

長剣が手から滑り落ち、硬い石板に転がる。


ポタ、ポタ。

汗か、それとも別の滴が頬を伝って地面に落ちる。

ペドロの膝が崩れ、地面に崩れ落ちる。

両手を地面に突っ張り、爪が石の隙間に食い込むほど握り締め、背中が激しく上下する。


「なぜ……」


白髪青年はその場に立ち、地に跪いて泣き崩れる青年を静かに見守る。

長い沈黙の後、軽く首を振る。


「はあ——」

長いため息が静かな書庫に響く。

「真相を聞かされた時、お前が受け入れられないだろうとは最初から予想していた。

だが俺は、お前を傷つけたり打ちのめしたりするつもりは一切ない」


ペドロは顔を上げない。

乱れた前髪が目を隠し、荒い息遣いだけが空気に揺れる。


「なぜ……こんな話を俺に?」


アスタールが彼を見下ろす。

「単に、人が真実を知らずに苦しむのが見ていられないだけかもしれない。

あるいは、これほど強い覚悟を持つ男が、無知のまま死ぬのが忍びないだけだ」


ペドロがゆっくりと顔を上げ、充血した目でアスタールを睨みつける。


「だから何だ。

わざわざ俺をここへ呼び、残酷な真実を突きつけて……一体何を望んでいる?」


白髪青年が穏やかに笑う。

悪意のない、純粋な笑みだ。


「もちろん——お前の力が必要だからだ」

一歩前へ踏み出し、二人の距離を詰める。


「逃げても何も解決しない、ペドロ。

本当に……妻を守りたいのなら」


アスタールがゆっくりと右手を差し出し、ペドロの目の前で掌を上に向けて停める。


「俺が力を貸そう」


「……」

宙に差し出されたその手は、静かに待ち続けている。


ペドロはその手を見つめ、しばらく黙った後、重たい腕を上げる。

指先が触れ、そのまま強く握り締める。

その力を借り、ゆっくりと立ち上がる。


アスタールは手に伝わる強い握りを感じ、奥深い笑みを唇に宿す。


「正しい選択をしたな……」

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