表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残響の記憶  作者: 寝そべり魔丸
第一章「王都編」
13/18

第13話 責任?

公爵邸


厚手のベルベットカーテンが陽光を遮り、広い応接室は薄暗く沈んでいた。


「ペドロ公爵殿」


金髪の青年の声が、静けさを切り裂いた。


「忠告しておく……もう一度、よく考えてみろ」


二皇子はソファに腰を落としたまま、少し身を乗り出す。


「今回の戦争で、ノラのような……象徴的な人物を表に立てられなければ」


一拍置いて、声のトーンが一気に鋭くなる。


「帝国にとって、極めて不利な状況になる」


ペドロはその場に立ち尽くし、複雑な眼差しを浮かべる。


「……もういい、二皇子殿下」


短い沈黙の後、ペドロが細い声で口を開いた。


「殿下のお考えは分かっている」


「だが——」


顔を上げる。瞳に、一切の譲歩の色はない。


「彼女は俺の妻だ」


「アストレア公爵夫人なんだ」


その一言が響いた瞬間、応接室の空気が氷点下に冷え切ったように感じられた。


二皇子の眉がピクリと痙攣する。常に完璧な仮面を張り付けていた端正な顔に、苛立ちが裂けて浮かぶ。


「貴様……」


歯を食いしばり、歯の隙間から言葉を絞り出す。


「帝国全体に逆らうつもりか?」


「まあまあ、二皇子殿下」


唐突に、別の声が割り込む。


茶髪の青年が音もなく一歩前に出て、ペドロと二皇子の間に上手く割り込む。


「この件については、我々でしっかり協議した上で、納得のいく結論を出します」


礼儀正しい笑みを浮かべたまま、青年は軽く腰を折り、「どうぞ」と手で退席を促す仕草を見せる。


「どうか一度邸にお戻りになり、数日お待ちください」


二皇子の顔が一気に青黒く染まる。勢いよく立ち上がり、二人を睨みつける。


「貴様ら、反逆だ——!」


ゴン。


重厚で華やかなオーク材の扉が無慈悲に閉まる。


廊下には再び静けさが降り、遠ざかる乱れた足音だけが残った。


ポタリ。


微かな音が室内に響く。


ポタリ。


鮮やかな赤い液体が、ペドロの垂らした右手、固く握り締めた拳の指隙間から、一滴、また一滴と滴り落ちていく。


「兄さん……」


隣からため息混じりの声が漏れる。茶髪の青年が振り向き、血まみれの手を見つめ、深い憂いを瞳に宿す。


「大丈夫?」


無理に拳を開かせようとはせず、ただ静かに寄り添う。


「兄さんにとって、本当に辛い状況だって分かってる」


ペドロがゆっくりと首を回し、弟の顔を見る。


「悪い……」


喉の奥から無理やり引きずり出したような、しゃがれた声。


「全部、俺のせいだ」


青年は一歩踏み寄り、震えるペドロの肩を両手で強く叩く。


「気にするな」


真っ直ぐ瞳を見据え、揺るぎない強い口調で告げる。


「何もかも一人で抱え込まないで」


「俺が何とかする……きっと、道は見つける」


翌日、朝。


淡い靄が空に漂い、初秋の冷たい風が漂っていた。


公爵邸の中庭には、家紋の描かれていない馬車が一台停まっている。


「父上……」


ペドロが声を上げ、馬車に乗り込もうとする中年の男を呼び止める。


男は足を止める。朝の冷風の中、背中が少し丸く見える。


振り返り、ペドロと視線を交わす。


言葉は何一つ出ない。風が葉を擦るシャラシャラという音だけが響く。


濁りがちな男の瞳に、複雑な思いが次々と過ぎる。


「俺はもう、年を取った」


老けた声に、すべてを手放したような諦めと安らぎが混ざる。


ペドロを見つめ、薄く口角を上げる。


「お前は……もう、頼れる夫になったじゃないか」


ペドロは口を開こうとするが、喉が何かに詰まったように、声が出ない。体が少し傾ぐ。


風が吹き、男の濃いコートの裾をなびかせる。


「申し訳ない」


男が低く呟く。


「以前は……俺の方が間違っていた」


その一言だけ告げると、男はそれ以上留まらず、足元の踏み台にゆっくり足をかけ、馬車の中へ消える。


御者が鞭を振り上げ、馬車がゆっくりと動き出す。車輪が石板道を転がす、単調なゴロゴロという音が遠ざかる。


視界の先、靄の奥へと徐々に消えていく。


ペドロは広い中庭に一人残され、馬車が小さくなっていく様を、完全に霞に飲まれるまで、長い間黙って見送った。


三ヶ月後。王都の大通り。


人で溢れ、色とりどりの旗が風に翻る。


「終わった!戦争が終わったんだ!」


「勝利万歳!」


道の両側に平民が押し寄せ、誰もが笑顔を浮かべている。花やリボンが空に舞い踊る。


凱旋する大軍が、大通りを堂々と進んでいく。兵士たちは疲労に包まれ、鎧に傷がついているが、足取りだけは揺るぎなく確かだ。雨あられのように降り注ぐ民衆の歓声を一身に受けている。


ペドロはその喧騒の人混みの中に立ち、進む部隊を眺めていた。だけど——待ち望んだあの姿は、どこにも見えなかった。


夜。王都の喧騒から離れた城外の荒野。


夜風が冷たく肌に触れ、焚き火が静かに燃えている。薪がパチパチと弾け、火の粉が熱気に乗って昇り、夜空で瞬く間に消える。


揺れるオレンジ色の火が、憔悴したペドロの顔を照らす。彼は火の前にひざまずき、踊る炎をじっと見つめたまま動かない。


「大丈夫、ロ?」


柔らかい女声が耳に届く。


振り向くと、いつの間にかノラが隣に座っていた。焚き火に照らされた赤い髪が、夕焼けのように鮮やかに輝く。


「ずっと、一緒にいるわ」


囁くように告げる。


ペドロは何も答えず、ただ手を伸ばし、少女の少し冷たい手を強く握り締める。


「ノラ……」


ため息にも似た囁きが漏れた。


翌朝。靄を突き抜ける最初の朝日が差し込む刹那、すべての静けさが打ち砕かれる。


ドゴーン——!!


予兆もなく、公爵邸内に地鳴りのような大きな音が響き渡り、粉塵が舞い上がる。


「まあまあ、なかなか骨があるじゃないか」


埃が晴れない廃墟の向こう側から、少しふざけたような澄んだ声が届く。


風が舞う塵をさっと払うと、一人の青年がそこに立っていた。朝日に刺すように輝く鮮やかな金髪。底知れぬ湖水のような緑碧の瞳。


廃墟の瓦礫の上に佇み、袖口についた埃を適当に払う。一面の壊れた庭を越え、遠くに立つペドロを真っ直ぐ睨む。


ペドロは剣の柄を握り締め、指関節が白くなる。青年の挑発には何も返さず、ただ睨み返すだけ。


無言の敵意をぶつけられ、金髪青年は唇を尖らせ、少しつまらなそうな表情になる。軽くため息をつき、髪を掻きむしる。


「だから言っただろう……」


語尾を引き伸ばし、明らかに無力感が漂う口調。


「俺についてきて、一箇所に同行するだけでいいのに」


「どうして、そんなに頑固なんだ?」


ペドロは青年から滲み出す、圧倒的で恐ろしい魔力を感じた。周囲の空気さえ、膨大な魔力のせいで歪んで揺らいでいる。


「……なぜ俺なの?」


ペドロが青年に問う。


その言葉を聞いた瞬間、金髪青年のふざけた雰囲気が消える。真剣な面持ちでペドロを見つめ、緑碧の瞳に真剣な光が宿る。


「理由は単純だ——」


「お前に聖級の力があるから。だから、俺と来い」


長い沈黙。息が詰まりそうな重たい空気が漂う。


ペドロは深く息を吸い、瓦礫になった門、大半が廃墟と化した前庭を順に眺める。


「だから……」


ペドロの声が少し震える。


「最初っから俺の屋敷を壊しに来た、そういうことなのか?!」


さっきまで圧倒的なオーラを放っていた金髪青年が、一瞬きょとんとする。緑の瞳を瞬き、視線を泳がせ、照れたように頬を掻く。


「だって……」


小さくぶつぶつと呟き、少し拗ねたような口調になる。


「最初に剣を抜いて斬りかかってきたのは、そっちだろ?」


風が吹き、枯れ葉が何枚か舞い上がり、二人の間をくるくる回って地面に落ちる。


微妙な空気が広がる。


その時、柔らかいのに揺るぎない声が、膠着した状況を断ち切る。


ずっとペドロの後ろに静かに立っていたノラが、ゆっくり前に出る。朝風に赤い髪がなびき、ひときわ鮮やかに見える。優しい眼差しをペドロに向ける。


「公爵邸のことは、私が守るわ」


その言葉を聞いた瞬間、ペドロの瞳に張り詰めた冷たさが溶け、切っても切れない優しさと未練が溢れる。一歩前に進み、少し身を屈め、ノラの滑らかな額に、そっと唇を落とす。


「待っててくれ……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ