第五話「憤怒の別名(ほのおのよびな)」(前編)
囚われた者たちの死躰以外に、食料は無い
死んだものは木箱に投げ入れられる
誰も最初は『食べよう』とは思わないが、死を感じるくらい飢えれば、多くのものは理性など捨てて生を選ぼうとする
これが教会の日常だ
ぼくはほとんどの時間、それを直視する事は無い
神父さまは、部屋の総てを一望出来る場所から惨劇を余すところなく観察し続けて居て
ぼくは跪いて、その背中で自分より躰の大きな神父さまの椅子の役割を務めて居る
視えるのは一日中部屋の床か壁か、いずれにしても無機質な白色ばかりだった
服も与えれ無いし、座られて居るだけで苦しくて躰がバラバラになりそうな筈なのに、この暮らしを『悪くない』と考える自分も何処かに存在して居た
もう、学校にも家にも永遠に戻りたく無い
それに他の囚われの人々と違って、ぼくへの『手出し』は神父さまだけが行う権限を持って居た
神父さまは、ぼくの顔が、躰が、何よりも好きみたいだった
神父さまは部屋の『供物』達を視て居るうち、興が乗る時が有る
まさに今などがその時であり、背を通して神父さまの血流、鼓動、呼吸すらが聞こえてくる気すらする
ぼくが予感に躰をこわばらせて覚悟して居ると、やはり神父さまは鞭を手に立ち上がった
鞭に付いた革製の尖端は幾つも別れて居て、その一つ一つが痛みに満ちて居る
神父さまは、鞭をぼくの前にかざすのが好きだ
ぼくは何時まで経っても鞭に慣れるという事が無く、視せられる度に涙ぐみ、鞭から僅かでも遠ざかろうとする
当然、逃げようとする行為には罰則が制定されて居て
ぼくは躰を虫のように丸めながら、自分の生年月日すら解らなくなるまで叩かれ続ける
ぼくが力尽き、泣きながら意味の通らない言葉を吐き出し続けるだけになると、神父さまは、ようやくこの部屋を後にする
ところが、今日は事情が違うみたいだった
「神父さま………」
「嘘………」
「嘘ですよね……………?」
ひ、ひひっ、と嗤い声がした
まるで覚えが無いが、それは明らかに恐怖からなのか搾り出された、自分の声だった
神父さまは何も言わず、表情すら無く
片手でぼくの瞼を押さえながら、棒状の器具をぼくの右眼へと近付けてくる
ぼくが狂って暴れ出しそうな雰囲気を感じ取ったのか、数人の拷問官が集まって来て、ぼくの全身を上から押さえ付けた
もう、ぼくは叫び出して居たようだった
『ようだった』と云うのは、最早完全にそれらが他人事のように過ぎ去ったからだ
ぼくみたいな子供の甲高い、恥も何も捨てた、根源的な生命の危機により発される悲鳴が部屋にこだまして居て
視界の右側が真っ赤になった
───どうして
───どうして!?
───ぼくは神父さまの『お気に入り』で、必要以上の手荒なことは絶対にされない筈で………
混乱するぼくの事などはお構いなしに、神父さまはベルトをかちゃかちゃと外すと、一刻を急ぐようにズボンを降ろし、ぼくに近付いてきた




