第四話「駆り立てるのは生命と渇望、横たわるのは犬と豚」(後編)
医療系の本を読む事が増えた
もうベッドから出る瞬間も少なくなってきて居たし、幾らでも読む事が出来た
躰力が衰えて居た筈なのに、痛む指先で何処までも頁をめくる事が出来た
周囲は、僕のこの行動をどう思って居るのだろうか
解らなかった
ただ、怪しむ者は無かった
元から僕は変人と思われて居た事もあり、意図を探ろうとする者さえ現れ無かった
とはいえ、仮に意図を探そうとしても「生きようとしての行動」と判断したに違い無いが
もちろん、これは『生きようとしての行動』だった
外出許可が出た
もちろん、これは『医師が匙を投げた』事と同義だ
僕が「最後の思い出作りに」と提案したところ、医師達も哀しく笑って許可を出した
躰は衰えてこそ居たが、歩くには支障は無さそうだった
確かに『最後の思い出作り』だ
僕はこれから、弟と思い出を作る
水溜まりみたいになった血の上に弟が、浮かぶように倒れ伏して居る
めちゃくちゃに投げ出された彼の四肢は、血の気が引いて人形のように白い
それがとても綺麗で、何時までも視て居たいなと僕は思った
しかし、思ったより出血が多くなってしまった
首ばかりをやったので心臓は傷付いて居ない筈だが、こうも血が多いと、せっかくの臓器が駄目になる事だって有り得る
一刻を争う可能性を感じ、僕は急ぎ主治医に電話をかけた
「弟を殺しました」
「僕は捕まるかも知れませんけど………」
「でも」
「その場合でも、弟の心臓は僕に移植されるんですよね?」
「………ふふふふ」
「貴方たちは『救える生命』である僕を、救うことしか出来ない」
「僕は法の裁きを受けるし、死んだら地獄に行くかも知れませんけど」
「それでも、弟の心臓は僕のものです」
「僕の躰から、永遠に逃れる事も出来ず」
「僕の為に鼓動し続けるんです」
僕は嗤い続けた
こんなに楽しいのは、生まれて初めての事だった
─────
「なあ、テレビ消さないか?」
嫌な気分になって、僕は愛撫の手を止めて■■に言った
僕には兄弟は居ない
そして倫理観も無いが、それでも家族殺しのニュースはなんとなく気分が悪かった
■■は、まだニュースを食い入るように視詰めて居る
構わず好き勝手に躰を遊んでやろうかとも思ったが、それで無視された場合の虚しさを考えると、どうしてもする気にはなれなかった
「ねえ、色」
■■が、画面を視たままの姿勢で僕の名を呼ぶ
「色なら、この事件をどういう小説にする?」
「………多分、こんなの書かないだろうね」
少しの思案の後、僕はそう答えた
「今は、君の事くらいしか書けないだろうよ」
「そうなんだ」
■■は、どういう事を考えて居るのだろう
「ボクも、色の事でなら小説が書けるかも」
彼はそう答えたが、まだ小説は何も書き出せて居ないようだった




