第四話「駆り立てるのは生命と渇望、横たわるのは犬と豚」(前編)
「えっ、じゃあ……」
見舞いに来た同級生は続きを言う事が出来ず、「しまった」という顔で口を噤んだ
まあ、確かに「じゃあ弟が死なないと助からないんだ?」とは言いづらいだろう
僕はそれをベッドから視上げながら、安定しない血圧に朦朧としながらも「口に出さなかった分、こいつは前に来たやつよりも倫理観があるな」と思考して居た
結論から言うと、僕は半年以内くらいに心臓を移植されないと相当な確率で死ぬらしい
一般的な余命宣告というのは案外ざっくりとしたもので、その為外れる事も多々あると言われて居る
しかし僕に下された宣告は、少なからず根拠を持ったもののようだった
と云うのも、僕の場合、心臓の内側に肉腫が発生してしまって居るらしく、生きているだけで動いた心臓が自らを傷付け、不可逆的に損傷し続けていくらしいのだ
中学生の医療知識でも解る
余命は今後減りこそしても、増える事は絶対に無いようだった
とにかく移植元が問題だった
様々な事情から、臓器提供者として適合したのはこの世でただ一人、僕の最愛の人間である弟だけだったのだから
残された時間で他の提供者を探すのは、どうも間に合わないらしい
人口心臓も体質的に不可能だと聞いた時、目眩がした
当然のことだが、弟は僕などとは違い、まったくの健康そのものだった
僕は弟を愛して居る
これは、一般的感覚としての家族愛を語って居る訳では無い
僕は実際に、弟に対して強い愛欲を感じて居る
まだ家で暮らせて居た時などは、たまに僕は弟のシャツを口に含む時が人知れず有った
彼の匂いが鼻孔に満ち満ちていくにつれ、僕の脳や意識、思考はびりびりと痺れ、狂気のような状態になった
一度だけ父にそれを視られてしまったせいか、僕は両親から疎まれるようになった
どういうつもりなのか知らないが、その後も弟だけはぼくに優しかった
そのせいでいつも、僕はたまらなく惨めな気持ちを味わい続けて居た
元から少なかった見舞いの者達も、ついには途絶え始めて居る
窓の無い集中治療室は、既に死後の世界のように思えた
ところが、同級生が去ったあと更に来客が有った
弟だった
「近くに用事が有ったからさ」と、僕と同じ、しかし僕と違って颯爽とした少年が言う
妙だ
違和感を感じた
何か、弟の躰から平素と違う雰囲気が感じられた
それが『匂い』だった事は、続いて面会に来た人間で直ぐに解った
「あっ、こっちは僕の彼女」
彼女から、弟の躰からするのと同じ匂いがした




