最終話「罪の始まり」(前編)
カーテンの隙間から、少しだけ夜が視える
椅子に掛けたまま、それを視て居る
街頭が、誰も歩かぬ道を照らして居る
遠くで乗用車が夜を滑っていく音がする
夜も更けた
まだ小説は一文字も書けて居ない
焦りから爪を噛もうとして、止めた
既にほとんど残されて居ない美しさが、更に自分の元を去ってしまう気がしたからだ
色は僕の事を「美しい」と何度も言って、本当に美しい、一人の女性で在るかのように抱いてくれる
彼は小説ばかり書いてきた、遊びを知らない莫迦だから気付いて居ない
もう僕は、24歳になってしまって居た
深夜の明かりに指を、爪を、浸す
もう若くない
僕は、もっと美しかったはずだ
化粧も綺麗な服も、その内側の腐敗を絶対に無くしてはくれ無い
だから『美しさに依ら無い、自分だけのもの』が欲しくて、仕方無かった
書けもし無いのに、眠れもし無い
結局、僕は爪を噛んでしまった
表現したい物自体は有った
しかし、書き方が解らなかった
「ねえ」
隣で寝ている色に声を掛け、躰を揺する
「眠れないんだけど」
色は莫迦だから、怒りもせずに僕を抱き締めて、寝惚けながらでも唇を吸ってくれる
歳下に甘える自分が、不意にみじめな存在に思え始めた
抱き合いながら、色の眼を視た
本人は気付いて居ないが、澄んだ優しい眼をして居る
心の内に、嫌悪感が浮かんだ
以前、平素とは反対に、色に女の姿をさせて交合をした夜が有った
僕の服を纏った色は、僕よりも綺麗で
僕はそれを視て、子供のように声を上げて泣きだしてしまった
色は、困った顔をしながらも僕を抱えて、泣き止むまで頭を撫でてくれた
泣いた理由は、話す事が出来なかった
せめて、小説は書けるようになりたかった
人から借りた力でも、いい
このままでは、僕は「何も持って居ない人間」になるから
持って居たもの総てが時と共に喪われてしまうから
美しさに依らない存在になりたかった
心に、一貫して恐慌のような焦りが在った
「ねえ───」
言うしかないかな、と思った
「───血が視てみたい」
書く為に、
生きる為に、
僕はどうしても血に触れたかった




