第六話「"Hubrisへの諌め"」(後編)
「手術を行えば、お前は治るし───」
「それから先の暮らしは、私のような大人に任せておけばいい」
またしても根拠の無い話をした
この数日だけでも、私は相当数の無根拠な言動を行って居た
最初よりは幾らか躰の傷が減ったクソガキは、ベッドから身を起こすと笑顔を返した
それまでの生活の後遺症からか、言葉はほとんど話さないが、私に対し心を開き始めて居る事は、明白なように思えた
私には子供が居ない
だが、このガキが自らの子供であるように、何となく思えた
行き場の無い保護欲が、彼に向かったのであろうか
何にせよ
私は少年に菓子を与えたり、外食に連れて行くのがいつの間にか楽しくなって居た
どの道、干される寸前である私には、他に患者など居ない
『衰弱から回復しない限りは、躰力的に全身麻酔を使った手術が出来ない』という事情もあり、私たちはここのところ毎日、日曜日の親子のような生活を二人で過ごして居た
月日が経つのは早い
別の科に盲腸で入院して居た、あの『小説家』とか云う渾名のフリーターの若者も、今日で退院らしい
クソガキの躰力は、一番最初に保護された時の衰弱が酷過ぎた為か、まだ少しも万全では無かった
せめてもの慰めに
或いは、彼を勇気付けて少しでも生かそうとでもしたのか
私はクソガキに高頻度で根拠の無い、希望を与える言葉を与え続けた
クソガキは『この世で唯一希望を与えてくれる存在』である私に仔犬の様に懐き、私もまた、心の乾きが癒やされるような想いは在った
何の意味も無い
滅びる事を前提とした依存関係だった
専門家等を訪ねて調べてもなお、彼の親権が実の親から移動する事は有り得なそうだった
かといって孤児院も劣悪な場所で、視察こそしたが、『到底、心臓の治療をした後の子供が行けるような施設では無い』と個人的には感じた
世間のアホ共は、哀れな子供を「クソガキ」と呼称する私に対して強い嫌悪感が有るらしかった
くだらない、と感じた
世間がこのガキに、何をしたと言うのだ
私に言わせれば、そんな非難は虫の声に過ぎ無かった
運命はほとんどの場合、命乞いに対して容赦をする事は無い
今回の場合もそれに該当する状況のようだった
「お前は」
「助かる」
自分か対象か、
或いはその両方を騙す嘘を、今回も吐く
「痛いかも知れないが……」
「それに耐えた場合のみ、助かる」
今なお、このクソガキはロクな言葉を話す事が出来ない
だから絶対に助けて、感謝の言葉を無理矢理にでも言わせる必要が有った
状況は、これまで生涯で実施した手術の中で最も最低だ
躰力的に『全身麻酔を使用出来ない』、
躰が完全に治るより早く、発作が起きて手術を緊急に行う必要が生じてしまった
即ち、『部分麻酔で心臓を切り刻む必要が有った』。
当然、痛みだって完全には緩和されずにガキには伝わるだろう
メスを入れるたび、或いは指で、器具で内側に触れるたびにクソガキは、躰がそういう構造のピアノになって居るかのように大声で苦悶を上げた
皮肉な事だが、このガキの声をまともに聞くのは、それが初めての事だった
手術は緩やかにだが、失敗に向かって居た
その時、私の手を掴む者が居た
クソガキだった
「続けて下さい」
「ぼくは」
「…………助かりたいです」
言って、固く眼を閉じて歯を食いしばる
手術は27分後、失敗に終わった
私は支援に当たった看護師達から胸倉を掴まれ、「人殺し野郎」と罵られた
なるほど
全身麻酔も無く躰を切り裂かれ、全身が真っ赤になりながら涙を流して死んで居たクソガキの姿は、まるで悪辣な猟奇殺人の現場のようでもあった
手術を終えたからといって、その日の仕事が終わる訳でも無い
責を問われる事を視越し、私は院長に「私を一番過酷な病院に送れ」と提案した
向こうも、最初からそのつもりの様だった
深夜のデスクで書類を整理しながら、左腕にモルヒネを打つ
あのガキが打った麻酔は、どのくらいだろうか
私は麻酔医で無い為、それを知らない
心と躰の痛みを取る薬が浸透し、夜間の作業を続けさせてくれる
救えなかった贖いに、私は誰かを救わねばならなかった




