表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
56/58

第55話 剣闘(3)

 僕が振り下ろした槍の柄はアリシアの頭に直撃し、僕の腕には嫌な手ごたえが残った。


「やったか……。」


 アリシアは硬直してうなだれ、その額が割れて鮮血がほとばしっている。


 僕の一撃で気を失ってしまったのだろうか?がっくりと首を折った。


 やってしまった……。とうとうアリシアに一撃を入れてしまった……。


「ごめんなさい…。勘弁してください…。」


「甘いわ…。」


 地の底から響くようなつぶやきが聞こえた後、僕の槍の柄をアリシアの左手が掴む様子が見えた。


 次の瞬間、僕の目の前には青空が広がっていた。空の端の方は少し赤くなり始めている。


 ああ、もう少しで日暮れだったのか。


 そして、その次の瞬間。僕の鼻先には茶色い地面が広がっていた。懐かしい公国の土の匂いがする。そういえば魔鉱石を舐めてソーニャに怒られたことあったっけ。


 すぐに戦いの最中だと気づき体を起こすと、目の前には鋭い剣先があった。


「打ち込みが甘すぎるぞ。あんな弱い打ち込みでわらわを倒そうなど、笑止千万じゃ!」


 いつの間にか地面に這いつくばっている僕にアリシアが剣を突き付けている。アリシアの背後に、僕の槍が落ちているのが見えた。


 アリシアの怪力で、一瞬のうちに槍ごと宙に投げ飛ばされたのか…


「‥‥降参しろ。」


 アリシアが額から血を流しながら冷めた視線でぽつりとつぶやいた。


「もはや貴様が頼みとする魔道具もない。逃げようとしても、わらわの剣の方が速い。万事休すじゃ。しかし、貴様が降参するなら命は助けてやる。公国へ戻ってきたら、またわらわの下で使ってやる。賢い貴様ならどうすべきかわかるであろう?降参するならばうなずけ。ただそれだけでいい。」


 アリシアの額から流れた血は、彼女の自慢の金色の髪を赤色に汚し、頬に張り付けている。


 夕暮れが近いのか少しずつあたりが暗くなってきた。


 僕はよく頑張った。アリシアをここまで苦戦させたわけだし、精一杯頑張ったと言える。ここでうなずいて降参しても、皇帝陛下も、天国のソーニャも僕を責めないだろう。


 だけど僕は首を横に振っていた。降参するなんて選択肢は最初から持っていない。


「……わかった。では、貴様はここで死ね……。」


 アリシアがゆっくりと剣を振り上げて上段に構え、それから一気に振り下ろした。


 次の瞬間。クレハ高原に断末魔が響き渡った。


「グアッ…グッ…グァ…。」


 断末魔の声を漏らしたのアリシアの方だ。


 剣が振り下ろされる刹那、僕はアリシアの懐に飛び込み、そのみぞおちに短剣を突き立てた。僕の手に握られているのはソーニャの形見である銀の短剣。


 僕はそのまま力を緩めず必死に短剣を突き上げる。もう甘いなんて言わせない!!


 僕の背中がお湯のような熱いもので濡れた感触があった。


 不意にアリシアが僕に覆いかぶさり、それから地面に崩れ落ちた。白目を剝いたまま目を見開き、口から泡を吐き出している。


 ぼんやりとそれを眺めていると、ユーキが駆け寄って来た。


「あっ、あ~っ、これは無理やな。死んでもうたやろか~?決着やな。勝者はソニャロフ卿や~。」


 ユーキの声が、どこか別世界で響いているように聞こえた。


 すべてに現実感がない。


 僕の付添人の海坊主おじさんも、アリシアの付添人のガリアも、事態が飲み込みきれていないのか呆然と立ち尽くしている。


 見下ろすと、アリシアがまだ白目を剥いたままだった。

 額から流れた血が目に入りそうだ。せめて瞼を閉じてあげよう。そっと手を伸ばそうとした時だった。


 ドンッ!!強い力で左肩を押される感触があった。右手で肩に触れるとヌルッとした感触があった。


 これは血…?

 アリシアの血じゃない。僕の血だ!!なんで出血してるの?


「わ、儂は認めんぞ!!アリシアが絶対に負けないと言うから目をつぶったのじゃ。……それなのに惨めに負けよって!!儂はこんな結末は絶対に認めん!!」


 大声で誰か叫んでいる。そちらに目を移すと、50mくらい先に人影。あれはにっくきダントンだ!手にライフルのようなものを持ってこちらに照準を合わせている。


 ビシッ!!


 足元の土が跳ねた。あの距離からこの威力!

 空気銃じゃない!!ライフル型の魔道兵器か?


「貴様ら、出てこい!!」


 ダントンの号令で森から10名ほどの男達が姿を現した。全員、手にはダントンと同じライフルのような魔道兵器を持っている。


「アリシアが殺されたのだ。このままでは豊富な魔鉱石で魔道兵器を量産するという儂の夢が潰えてしまう!!証拠を消せ!勝負が無かったことにしろ!敵味方構わず殺せ!全員生きて返すな!!」


 ダントンとその配下たちが魔道具のライフルを構えながらこちらに近づいて来る。


 すぐに逃げないと…。


 思わず後ずさると何かを踏みつけてしまい、足をとられて尻餅をついた。なんだ?


「うわっ!!アリシアの死体か!」


 地面に転がっていたアリシアの頭を踏んでしまっていたようだ。なんと罰当たりなことをしてしまったんだろう。


 ピクッ!


 その瞬間、アリシアの体が痙攣し、それからゆっくり起き上がった。


「だ~れ~の頭を踏んだ~?」


 血に染まり、幽鬼のような形相のアリシアに腰を抜かし、ガタガタ震えてしまい歯の根が合わない。


 たしかに僕が突き立てた短剣はアリシアにはほとんど刺さらなかった。以前、洞穴から這い出す際にスコップがわりに使ったせいで刃先が欠けて丸くなり、その後研ぎ直しをしなかったからだ。


 だけど、みぞおちに短剣を思いっきり突き立てたのだ。

 常人なら死んでもおかしくない。こんなすぐに立ち上がれるはずない……。


 化け物か?


「なんじゃ!生きていたのか?まあいい。どうせアリシアも儂たちの計画を邪魔するだけじゃ!一緒に殺してしまえ。」ダントンの叫び声が聞こえる。


 配下たちは、いっせいにライフルを構えた。


「ダントン!!貴様、わらわの大事な家臣を殺そうとしたな!!」


 アリシアは足元に落ちていた僕の槍を手に取り、怒りに任せてダントンの方へぶん投げた。


「このくそったれが~!!」


 槍は空中で綺麗な放物線を描き、ダントンの方へ一直線に飛んでいく……が、勢いが強すぎてそのままダントンら一団の頭を超えたはるか向こうの地面に刺さった。


「ハハッ!!馬鹿め。さあ、撃て、殺せ……」


 ダントンの最期の言葉は、そこで背後からの突然の爆音と爆風にかき消されてしまった。


 ダントン一団の背後に刺さった僕の槍の穂先、魔道具になっている部分から発生した猛烈な爆発と爆風はあたりの砂を巻き上げ、一瞬で僕たちの視界がゼロになった。


 僕は目を閉じ、腕で顔を覆い、何とか爆風による砂嵐をやり過ごした。


 それからおそるおそる目を開けると、ダントンも、その配下の一団も跡形もなく消し飛び、彼らがいたところには大きなクレーターができていた。


 横を見ると、砂塵にまみれたアリシアが目を見開いて呆然と立ち尽くしている。


「おい……貴様、あんな危険なものを、おもちゃみたいに振り回していたのか…?下手したら貴様だけでなく、わらわ達も消し飛んでいたぞ!!」


 アリシアがギロリと僕を睨んできた。


「いや、まあ、さすがにあそこまでは予想外というか…。」


 魔道具の威力はその大きさに比例すると聞いていた。だから狭い槍の穂先に、爆裂式の魔道兵器の紋様を描いてもそんな大した威力にならないと思っていた。


 だけど魔道具の紋様は大きさだけじゃなく、魔鉱石の塗料を塗った先の素材との相性とか、塗り方の厚さとか、色々な条件があるのかもしれない…。


 いや~勉強になるな~。


 睨みつけるアリシアと、頭をかいてごまかそうとする僕の間に、やはり砂塵にまみれて泥だらけのユーキが割って入った。


「なんや、色々あったけど、何とか解決したっちゅうことでええかな?ほんなら改めて、ソニャロフ卿ことカガミの勝利や!決着がついたからノーサイドやで。ほれ、お互いに握手や!」


「えっ、あっ、はい…。」


 僕がおずおずと右手を差し出すと、アリシアも右手を差し出した。


 ノーサイドか。これでアリシアとも仲直りできるかな。


 そんな風に思った僕は甘かった。アリシアは僕の右手をパンッとはねのけると、僕の耳に口を寄せて来た。さっきダントンに狙撃されて、まだ血が出ている僕の左肩を掴みながら。


「言っておくが、こんなんでわらわに勝ったつもりになるなよ!!今回は油断したが、まだ生涯成績ではわらわの方がずっと勝ち越しているのじゃ!!明日から毎日勝負じゃ!貴様には二度と負けぬぞ!」


 僕は、その囁きを聞きながらアリシアの怪力で肩の傷口をえぐられ、痛みで気が遠くなった。


 後にクレハ高原の決闘と呼ばれる死闘は、こうして幕を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ