第54話 剣闘(2)
「まぶしいな……。」
アリシアの背後の太陽に目を細めて気づいた。
さっきまで太陽は頭上にあったはず。いつの間にかだいぶ時間が経ったのだろう。
「いい加減、打ち込んで来ぬか!!逃げてばかりじゃ勝てないぞ!!フウッ~。」
息を吐きだしながらの声には焦りの色が見える。少し呼吸も荒くなっているようだ。
無理もない。ずっと重い剣を振り回し、しかも僕に躱されるから空振りし続けているのだ。
意図はしてなかったけど、地味に体力を削ることに成功していたのだろう。
ただアリシアには無尽蔵の体力がある。人間よりもむしろ小型の熊に近い。もう少しダメ押ししておくか。
「気づかなかったんですか?僕は剣闘で勝つ必要はないんですよ?日没までに勝負がつかないで、もう一度チェス対決になったら僕が勝ったも同様ですから!」
さらに体力を削る目的が半分、意趣返しの気持ちが半分で、さっきのアリシアの顔真似をしながら煽ってみたら思いのほか刺さったようで、アリシアはギリッと歯を食いしばって眉を吊り上げた。
「……この恩知らずが…。飼い犬に手を噛まれるとはこのことだな。」
アリシアが小さくつぶやいた一言は僕にとって聞き捨てならなかった。
「誰が飼い犬なんですかっ!!あなたに飼われた覚えなんかありませんよ!」
「そうではないか!?6年前、森で仲間に捨てられて困っているところを、親切にもわらわが拾ってやって城へ連れて帰ってやって飯を食わせてやったではないか!!捨て犬を拾うのと何も変わらぬわ!!」
アリシアはニヤリと笑いながら踏み込み、右から胴薙ぎをしてきた。
アリシアの癖からそれを読んでいた僕が躱すと、空振りしたアリシアは少しふらついた。
「その分、たくさん働いて助けてきたじゃないですか!!暗殺者から命を救ったこともあったし…。それに僕がいなければ、アリシア様は公王太子になんかなれなくて、今ごろ帝国か王国に嫁入りさせられていたはずですよ!!」
「今の苦労を思えば、そっちの方が幸せだったのかものう……。」
「ハハッ…。帝国にも王国にも被害者が出なくてよかったですね。」
「なにっ!!」
アリシアは眉をピクピクさせながら突きを連続で繰り出してきた。僕は槍の石突を地面に突き立て、そこを支点にして円を描くようにして躱す。
「いっっつも、無理難題を言って、しかも僕が成功させてもお褒めの言葉一つなく文句ばっかり!!ご褒美どころか、給料すら払ってもらったことないですよ!覚えてますか?公国のお城でもドケチッて言われて味方が全然いなかったことを!!そんなんだからみんなに嫌われてるんですよっ!!」
「何じゃとっ!!もう一回言って見ろ!!」
僕の煽りにアリシアが顔を真っ赤にして剣を振り上げた。僕はまた槍の石突を地面に突き立て、後ろに飛びずさって間合いを取る。
「アリシア様は間違いなくドケチです!!覚えていますよ!お城で働き始めたころ、僕がシルビア様からいただいたチョコレートを取り上げたでしょっ!!しかも二粒も!!」
「貴様の方こそせこいではないか!!たかがチョコレートくらいのことをいつまでもネチネチと!!」
「あの頃のまだ貧しい公国で、甘いものがどれだけ貴重だったか忘れちゃったんですか!!いまや公国も豊かになりましたもんね。僕のおかげでっ!!」
アリシアは口を引き結び、黙って剣を突き出してきた。
突き、胴薙ぎ、袈裟斬り…。
相変わらずすごい速さだけど、僕の記憶よりも少し剣筋が乱れている。また槍を地面に突き立て距離を取る。
「……おぬしの功績を評価したからこそ、叙爵して、領地も与えたのではないか。その恩を忘れたのかっっ!!」
「領地って!!あの樹海ですよねっ!農地もなければ領民もいない!!もちろん税収なんかない!!なのに、上納金だけはちゃっかり取り立てようとして!!どんだけがめついんですか!?」
「うるさい、貴様だったら何とかできると思ったからこそ任せたのじゃ!!それにあの樹海には魔鉱石の鉱山があったであろうが!!」
「ああ、ありましたね。だけど鉱山を見つけた時、何て言いました?『あがりの3割はお前にやろう』って言いましたよね。なんで僕の領地なのに、ちゃっかり7割を召し上げようとしてるんですか!!」
「うるさいっ!!うるさいっ!!」
叫びながらの左からの袈裟斬り、右からの胴薙ぎ。
僕は地面に突き立てた槍を支点にひらりと避ける。気づけば傾きかけた太陽が森の向こうに見えなくなった。日暮れが近いかもしれない。
「そもそも、僕とソーニャで何度も進言しましたよね。魔鉱石の鉱山開発は危ないって。帝国と戦争になるかもしれないって。それなのに欲に目が眩んで大規模な魔道兵器工場まで作るなんて、どれだけ欲深いんですか?」
「うるさいっ!!貴様がいなくなったからじゃ!!貴様がいてくれれば、もっとうまくやれたはずなのじゃ!なぜ黙っていなくなったっ!!」
アリシアはまた眉を吊り上げた。
剣を止め、正眼に構えながら鋭く僕を睨みつけながら呼吸を整えている。
「黙っていなくなった?僕とソーニャがダントンに洞穴に生き埋めにされた時、あっさり僕たちを見捨てて帰ったのはそっちじゃないですか!!あの時、アリシア様がすぐに助けてくれてれば、ソーニャは死なずに済んだのに…。」
暗い洞穴の奥で、揮発した魔鉱石のガスに喘ぎながら苦しんで死んでいったソーニャの顔が脳裏をよぎり、その無念を思って奥歯をギリッと噛みしめる。
「ち、違う…。見捨ててなどいない。そもそもダントンが生き埋めにしたなどとは知らなかった。それに洞穴の入口が土砂で埋まっていたし、わらわとダントンだけではとても助けられそうになかったから、すぐに城に助けを呼びに戻ったのじゃ……。翌朝、救助隊とともに駆け付けたらソチアーノ殿は手遅れで、貴様の姿は見えなかった…。それに生きていたならどうして連絡して来なかったのじゃ!!わらわがどれだけ心配したと思っている?」
意外な言葉に思わず動きをピタリと止めてしまった。
そうだったのか……。
いや、そんな話信じられない。あのアリシアが、僕のことをそんなに心配してくれるはずがない。
いつだったか、宰相ピットに嵌められた時も、僕をあっさり見捨てようとしたじゃないか。
僕は邪念を振り払うように首を横に振った。
「あの時のアリシア様は、鉱山から得られる富にしか興味がなかったじゃないですか!ソーニャが亡くなっても鉱山開発を進めたでしょ!だから僕は……ソーニャの遺志を継いで戦争を止めるためには……アリシア様の所では無理だと分かったから…帝国に行ったんだ!!」
僕が叫ぶとアリシアは一瞬だけハッとして、それから眉を吊り上げた。
「貴様……わらわのことが信じられぬと申すのか!!だからわらわを裏切って帝国に仕えたと言うのか!!」
アリシアの眉がぴくぴくと引き攣り、顔面がみるみる紅潮してきた。見るからに頭に血が昇っている。
「わらわは、ずっと貴様を信じていたぞ!それなのに貴様はわらわのことなど信じられぬと言うのか。ずっと信頼し合っていると、かけがえのない絆だと思ったのはわらわだけだったのか!!」
「えっ、いや……なんて…?」
僕が聞き返す間もなく、アリシアは剣を上段に構えて一気に踏み込んで来た。
速いっ!!反応が遅れてしまった…。これは避けきれない!!
「グッ……。」
「……?」
瞬きをした一瞬でアリシアの姿が見えなくなっていた。
あれっ?どこだ?まさか見えないくらい速いとか?
ふと視線を下ろすと、そこには地面に手を着き、四つん這いになったアリシアがいた。左足が地面にできた窪みに引っかかっている。
そうかっ!さっきから僕が槍の石突で地面を突き刺して掘り返しながら飛び回っていたから、地面が荒れてそれに足を取られたんだ。
助かった……。
いや……助かっただけじゃない。これは大チャンスだ!
今のアリシアにだったら一撃を喰らわせることができる!!
僕は槍を振り上げる。アリシアはまだ地面に這いつくばったまま。
この瞬間、アリシアとの思い出が走馬灯のように頭を流れた。
森で助けてもらったあの日、アリシアの執務室で一緒に悪だくみをした夜、追い込まれた僕に一緒に公国へ帰ろうと言ってくれた王国でのあの日、一緒に公国の発展に知恵を絞った充実した日々…。
違う!!今はそんなこと考えちゃだめだ。
情けにほだされちゃだめだ。
この槍を振り下ろせば、ソーニャの遺志を果たせる。心を鬼にするんだ。
「チェスト~!!」
気合一閃、僕はアリシアの頭に向かって、樫でできた硬い槍の柄を振り下ろした。




