第53話 剣闘(1)
アリシアの策略にはまり、正午までにチェスで決着を付けられなかった僕は、観念して剣闘の準備を進める。
防具代わりの革の服を羽織り、革の肩当てと籠手を着け、鉢金で頭を縛り、それから革手袋に手を通す。
海坊主おじさんに手伝ってもらいながら丁寧に身支度をした。
「まだ準備はできぬのか?そんなあからさまな時間稼ぎをしたところで焼け石に水であろう?日没までには優に5時間以上はあるからのう!」
アリシアはニヤリと笑いながら1メートル余りある長剣の素振りをしている。僕相手に防具など不要と考えているのか、衣服はチェス対局の時と同じ乗馬服のままだ。
油断している?
いや、当然の話だ。これまで、さんざんアリシアの剣の稽古の相手をさせられてきた。特に王国に駐在していた時には、他に適当な相手がいなかったから、ほぼ毎朝、竹刀で乱取り稽古の相手をさせられた。
王国に戻ってからもその習慣は続いたし、おそらくこれまでに500回以上は竹刀を交えているだろう。だけど一本取るどころか、一度たりとも竹刀でアリシアの体に触れたことすらない。
いつも一瞬で叩き伏せられ、一方的に痛めつけられるだけだった。
しかし今回は違うぞ。ちゃんと対策は考えてある。
「……お願いします。」
僕が身支度を整えて海坊主おじさんに向かって手を伸ばすと、おじさんは黙って僕の武器を渡してくれた。
その武器は特注品。長い樫の棒の先に布で覆った30㎝ほどの刃が付いている。
「ちょっと待て!それは剣ではなく槍であろう!反則じゃ!!」
アリシアが僕の方を指を差してユーキに詰め寄った。
「う~ん。確かに剣闘やからね~。さすがに槍はあかんかな~。」
ユーキは困ったような表情で首をかしげている。
審判のこの反応は予想通り。でもちゃんと対応は考えてある。
「レギュレーションを確認してください。身長よりも短くて、銃や弓矢などの飛び道具は禁止という以外に条件はないはずです!!この武器は、ちょっと刃よりも柄の方が長いですけど、ちゃんと僕の身長と同じ長さですよ!」
「あ~っ、たしかにな~。」
ユーキはレギュレーションが書かれた紙をめくりながら、僕の言い分にうなずいた。
「じゃあ長さはええわ。でも、布で覆われてるやん。一応、中身を確認させてもらうわ!」
ユーキが僕の槍の先に巻かれた布に手を伸ばそうとしたので、慌てて引っ込める。
「だめです!これは魔道具の紋様を保護するための魔布です。外すと紋様が揮発しちゃうので外さないでください!!」
「えっ?それ魔道具なん?それはさすがにあかんのとちゃうかな~?」
「魔道具がダメなんてレギュレーションに書いてありますか?これは強い衝撃を受けると爆発する爆裂式の魔道具です。飛び道具じゃないし問題ないはずです。」
「え~っ…?確かに書いてへんけど、ええんかな……?」
ユーキはレギュレーションが書かれた紙に目を落とし、また首を傾げた。
「じゃあ、事務局に使いを送って確認してみてください!僕はレギュレーションに違反してませんよ!!」
「う~ん…それしかないかな~?」
ユーキがうなずきかけた時、アリシアの鋭い声が飛んだ。
「読めたぞ!!ここから使いを出して事務局で協議していたらさすがに時間がかかる。日没ギリギリまで時間を稼ぐつもりじゃな!!そうはいかぬぞ!!わらわは構わん!そんな魔道具など使う間がないくらい瞬殺してやる!!さっさと始めぬか!!」
ユーキは首を傾げながらも、アリシアが了解しているなら…ということで、渋々、僕の魔道具の槍の使用を了解してくれた。
「ほんなら始めるで!両者、前に出て!!」
「あっ、ちょっと待って!!」
僕は海坊主さんから銀の短剣を受け取り、下げ緒でしっかりと腰に縛り付けた。
これはソーニャの形見。この短剣を武器として使うつもりはない。ただこの一世一代の大勝負、ソーニャも一緒に戦ってくれている……そんな気持ちで身に付け、それからゆっくりとアリシアと向かい合った。
「ほなら準備はええな!ルールは単純やで。相手を斬り伏せて立ち上がれなくするか、降参させたら勝ちや。殺したって反則負けにはならんから、降参する時は早めに言うんやで。よしっ、勝負はじめ!!」
アリシアは剣を正眼に構えた。その眼光は鋭い殺気を帯びている。
対する僕は、槍の石突の方を突き出して距離を取る。アリシアが一歩踏み込むと僕は一歩下がり、またアリシアが踏み込むと僕が下がる。
「なんじゃ……相変わらず逃げ腰じゃな!!たまには男らしく斬り込んで来たらどうじゃ?」
あざけるような口調の挑発に乗るつもりはない。
アリシアの剣の強みは、人間離れした膂力に任せた神速の剣筋。アリシアの間合いで剣を振るわれると、反応することすら不可能だ。だから距離を取るしかない。
「そっちから来ないのなら、こっちから行くぞ!!チェスト~!」
アリシアが鋭く踏み込み、右上からの袈裟斬り。僕がそれを交わすとすかさず左からの横薙ぎが飛んできた。僕は槍の石突で地面を叩き、その反動で後方へ飛んで、それを交わした。
「……ほう、初太刀だけでなく、二太刀目も交わすとは…腕を上げたな!」
僕は無言でニヤリと笑いながら確信していた。
作戦通りだ!!
いくら間合いの外にいたとしても、アリシアの太刀は、神境に入っていると言っていいくらい速い。
ただ、その太刀筋は基本に忠実だ。分解すると上段斬り、袈裟斬り(左右)、胴薙ぎ(左右)、突き、籠手斬り(左右)の8種類の型の組み合わせで構成されている。
しかも、僕はアリシアと500回以上も立ち合っている。いつもボコボコにされていたとはいえ、それだけアリシアの太刀筋を見て来たということだ。
そして僕の映像記憶能力。アリシアの太刀筋はすべて僕の頭に記録されている。
それを脳内で再生してアリシアの癖を徹底的に分析した。例えば袈裟斬りをする時は一瞬視線が斜めに動く。そして右の袈裟斬りの後は、左の胴薙ぎか籠手になる。
それらの癖を全部分類して、海坊主おじさんと一緒に、それを躱すための型を考え、海坊主おじさんに再現して打ち込んでもらいながら、型を体に染みこませた。
そして極め付けは、僕の武器である魔道具の槍である。この魔道具は、さっきユーキに説明したとおり槍の穂の部分に強い衝撃を与えれば爆発する。
ただ、それをわざわざアリシアにも聞こえるように説明したのにもちゃんと意味がある。
この大きさだと大した爆発力ではないはずだけど、もし爆裂したらアリシアも僕も死んでしまう。
だから最後の手段に取っておくつもりだ。ただ、アリシアからすれば僕の内心はわからない。
きっと、僕が最初から自爆して相討ちする覚悟かもしれないと疑心暗鬼になっているだろう。
躊躇いのせいか、今日のアリシアの打ち込みは心なしか弱い気がする。
こうしたアリシアの癖と打ち込みの甘さのおかげで、僕はアリシアの攻撃を躱せているのだ。
できれば、こうやって日没まで躱し切れればいいけど……。
そう思ってアリシアの様子を窺うと、野生の狼のような殺気を帯びた目で僕を睨みつけていた。
狙った獲物は決して逃がさないぞ!そう言っているように見えた。




