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第51話 チェス勝負(1)

 帝国と公国で事務局を設けて協議した結果、アリシアとの決闘は、春の訪れを待ってから、公国の国境付近のクレハ高原を決闘場所として実施することになった。


 今日がまさに、その国運を賭けた大勝負の日である。


 勝負は不正を避けるため王国から立会人1名を派遣してもらい、また邪魔が入らぬよう、各参加者とそれぞれ1名の付添人以外は決闘場所に近づけないよう規制された。


「カガミ……、いや今やソニャロフ卿か…。緊張してるのか?顔が真っ青だぞ。」


 まだ日の出前の暗いうちに国境の関門をくぐり、決闘場所であるクレハ高原に向かう僕に、付添人である海坊主おじさんが心配そうに声を掛けて来た。


 ちなみに海坊主おじさんは、僕と会った時は公園で賭けチェスなんかしてたけど、実は帝国に仕えるれっきとした騎士である。


「大丈夫……。チェスで勝負を決着すれば、アリシアと斬り合う必要はない。また生きて帝国へ帰れる…。」


 僕はさっきからうわごとのようにその言葉を繰り返している。もしアリシアと斬り合うことになったら、十のうち、八から九は生きて帝国に戻れることはないだろう。


 実は、皇帝陛下からは「剣闘になったらすぐに降参してもいいから、必ず生きて帰ってこい」と伝えられている。


 だけど、僕は負ける時は死を覚悟している。もし僕が負けても死を賭して訴えれば、帝国及び公国の意見が変わるかもしれない。その望みは低いけど、そのくらいしなければ、あの世でソーニャに顔向けできない。戦争を止めるという志を僕に託して捨て駒になると言ってくれたソーニャに……。


 決闘の場所に近づくと人影が3つ見えた。


 腕組みして待ち構えるアリシア。

 今日は初めて会った時と同じ身軽そうな乗馬服を着ている。

 その後ろには付添人の騎士団長ガリア。


 それから立会人は……ユーキだった。

 立会人が王国から出されるとは聞いていたが、まさか彼だったとは…。


 思わず僕がユーキの顔をまじまじと見つめると、いつかと同じ細目で笑い返してくれた。


「自分、生きてたんやな~。しかも帝国でえらい出世しはって~。よかったな~。」


「いや、うん。ユーキがどうして……?」


「王妃様に訴え出たんや。ツレの大勝負なんやから、俺に立ち会わせて欲しいってな。結構苦労したんやで~。あっ、言っとくけど審判は公平にやるで。そこは友達でも期待せんといてな。」


 そうか……ユーキは僕のことを友達と思ってくれてたんだ。

 僕は心のつかえが一つとれた気がした。


「そしたら両国の代表が揃ったんで、ルールを説明するで~。まず1回戦はチェス対決。そこで勝負がつかなかったら剣闘や。チェスは日の出から正午まで、時間が残っている限り対局を続けて、3勝差つけた方が勝ちや。要は3連勝又は4勝1敗になった時点で決着や。あと、一手当たり5分の時間制限があるからな。そんで剣闘は正午から日暮れまで。相手を斬り伏せて戦闘不能にするか、降参させたら勝ち。決着が着かなかったら、明日の夜明けから正午までチェス勝負。午後から剣闘。それを繰り返す。ええな?」


 ユーキが説明したルールは事前に帝国と王国の代表で合意した内容と同じ。


 だから、僕もアリシアも黙ってうなずく。


 ユーキは「よっしゃ」といいながら、せわしなく折り畳みテーブルを取り出してセットし、その上にチェス盤を置いた。


「あと、対局の途中で正午になったら時間切れ、その対局は引き分けや。おっ、日の出まであと3分や。自分ら、ちゃっちゃっと準備しいや~。のろのろしてると対局の時間がなくなるで~。」


 懐中時計を見たユーキの言葉に僕は慌てて席に着く。対照的にアリシアはゆっくりと席に着いた。


「そんなら第1局はアリシア公が先番や。よしっ、日の出の時間や!はじめっ!」


 ユーキの声でチェス対局が始まった。


 しかしアリシアはなかなか駒に手を伸ばさず、ようやくポーンを進めたのは開始から5分近く経ってからだった。


 その後も、アリシアは考え込みながら慎重に駒を進め、なかなか手数が進まない。


 そういえば、アリシアがチェスを指している姿を見たことがない。


 執務室にもチェス盤はなかった気がする。


 この世界では、チェスは上流階級の嗜みらしいけど、アリシアは山育ちの野生児だからチェスを学ぶ機会がなかったのだろうか?


 しかし油断はならないぞ。

 正午までは5時間半。4局指せればいい方だろう。3局先勝するためには、確実に勝ち切らないと…。


 そんな中、アリシアが指した一手に僕は驚愕した!


「ちょっと…ビショップは他の駒の上を飛び越えることはできませんよ。」


「なに?貴様はさっき馬みたいな駒で、他の駒を飛び越えていたではないか?」


「ナイトはいいけど、ビショップはダメなんです。元に戻してください。」


「そうか…。だめなのか…。」


 アリシアは無表情のまま素直に駒を元の場所に戻す。チェスではルールに反する手を指しても、反則負けにはならず、元に戻してやり直すだけでいい。


 しかし、こんな基本的なルールを間違えるなんて、なんで?


 アリシアの顔を見ると真剣そのもの。ふざけてそんな手を指したとは思えない。まさかの初心者?


 その後、第1局は僕があっさりとチェックメイトを宣言して勝利した。


 幸先良い勝利に一息つくと、向かいに座るアリシアは、なぜか口角だけ上げる不気味な笑みを浮かべていた。


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