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第50話 命を懸けた決闘

「ようやく見つけた!わらわが貴様を探すのにどれだけ苦労したと思うのじゃ?どうしてここにおるのじゃ?なぜ公国に戻って来ないのじゃ?なぜ無事を知らせて来ないのじゃ?」


「えっ、ええっ?あっ?うぐっ~!!」


 アリシアが唐突に現れたことに動転し、矢継ぎ早に飛んでくる質問に答え切れない。

 しかもアリシアが僕の左腕を絞り上げる力もだんだんと強くなり、思わず苦痛の声が漏れる。


「なんとか言わぬか!貴様がいなくなって、わらわがどれだけ苦労したかわかっているのか?使えない奴ばかりで、しかもみんな好き勝手ばかり言いよって…。まあよい!すぐに公国に帰るぞ!!貴様にやらせる仕事は山のように積もっておるのじゃ!!」


 アリシアの言葉に仰天し、「いやだっ!」と叫びながら全力で身体をよじると、ふっと僕の腕を締め付ける力が緩んだ。


「ぼ、僕は戻れません……。公国には戻りません。」


 ようやくアリシアの関節技から脱出することができ、警戒しながら間合いを取った。


 僕の抵抗に驚いたのか、アリシアは少し戸惑っていたが、やがて険ある表情に変わった。


「どういうことじゃ……?せっかくわらわが苦心して帝国に密入国して、ここまで探しに来てやったのじゃぞ!!それなのになんでそんな子どものような駄々をこねるのじゃ?」


 アリシアの左眉が引き攣りピクピクと動き出した。あれはアリシアの頭に血が昇ってる兆候だ。


「……えっと、あの……。やっぱり戻らなきゃダメでしょうか?」


「何を言っておるのじゃ!わらわがどれだけ貴様の面倒を見てやったのか忘れたのか?森で路頭に迷っているところを拾ってやって、秘書官に取り立てて、王国にも連れてってやって、叙爵して領地もやったではないか!!何が不満なのか?すぐに戻ってこい!!」


「いえ、あの…たしかにお世話にはなったんですけど、帝国でも皇帝陛下にも他の皆様方にも大変よくしてもらっていて……、それに、今帝国は大変な状況で……。だから僕はここにいなきゃいけなくて…。」


「大変なのはこっちの方じゃ!!今にも戦争が始まりそうなことはわかっているであろう?戦争を止めるには貴様の力が必要なのじゃ!!四の五の言わずにこっちへ来い!!」


 アリシアは、僕の方につかつかと歩み寄ると右手を掴み強引に引き寄せようとした。だけど僕はその腕を振り払った。


「……なんじゃ?わらわに逆らおうというのか?」


 アリシアは信じられないといった表情で僕を睨みつけた。


「いえ、そもそも戦争を止めるんだったら簡単ですよね!魔鉱石の鉱山開発を止めればいいじゃないですか。僕とソーニャはずっとそう言い続けてきたはずです!!」


「なんだと…!貴様にわらわの苦労の何がわかるのか!!」


「わかってますよ!!アリシア様は鉱山で儲けることに目が眩んで、その危険性を見ないふりをしてましたよね!!知ってますよ!僕とソーニャがいなくなった後、王国で出資を募って鉱山会社を作って、それで鉱山を開くだけじゃなくて、魔道兵器を生産するための魔道具工場まで建設を始めたって!!そんな挑発行動をしたらどうなるか予想できなかったなんて、到底通りませんよ!!」


 僕の断固とした口調に、アリシアは絶句してたじろいだ。しかし、アリシアの眉は吊り上がってピクピク動き、内面に怒りを溜めていることは明らかだった。


「……ほう、貴様、そこまで言うようになったか。すっかり帝国に毒されたようじゃのう……。」


「帝国は、国民が魔道兵器の恐怖に怯え、もはや皇帝陛下でも戦争に向かう流れを抑えきれなくなっています。でも、アリシア様が鉱山開発を止めるか、せめて帝国の査察を受け入れて平和利用にだけ使うことを宣言すれば、戦争を避けられるはずです。だから、お願いします……。アリシア様しか戦争を止められないんです……。」


 僕は深々と頭を下げた。欲深いとはいえ、賢いアリシアのことだ。この道理をわかってくれるかもしれない。わずかな希望にかけて。


 僕が頭を下げたまま沈黙が続いた。


 アリシアは怒っているのだろうか?

 あきれているのだろうか?


 少し頭を上げてちらりと様子をうかがうと、意外にもアリシアは冷静な表情に戻り、腕を組んで考え込む様子を見せていた。


「……貴様の言う通りじゃ。このまま鉱山開発を続ければ戦争になることも、戦争を止めるためにどうすればいいのかもわかっている。」


「じゃあ……!!」


 僕が期待して顔を上げると、しかしアリシアは首を横に振った。


「しかし、公国でも、もはやわらわの意志のみで鉱山開発を止めることはできない状況じゃ。ダントンはもちろん、多額の資本を投下した魔道具ギルドも、他の資本家たちも、そのようなことは許さないであろう。あやつらは、わらわを失脚させてでも、いや暗殺してでも鉱山開発を進めるはずじゃ…。」


 アリシアは眉間に皺を寄せ、苦悩の表情を浮かべている。


 僕は自分の浅慮を恥じた。あの聡明なアリシアが、いくら欲に目が眩んだとしても戦争に至る危険を気づかないはずがない。

 そして、その危険に気づきながら放置するはずがない。彼女も公国内の強硬意見を抑えるのに苦労していたのか……。


「……結局、戦争で決着をつけるしか道はないかもしれぬのう…。そうであれば、貴様は帝国にいた方がまだ生き残れるかもしれん。もう会うことはないであろう……。」


 アリシアはそうつぶやき僕に背を向けた。久しぶりに見る背中はずっと小さく見えた。初めて公国の山道で出会い、後を追いかけた時はあんなに大きく見えたのに……。これがアリシアの姿を見る最後になってしまうのだろうか?


「待ってください!あの、戦争以外の方法で決着を付けることはできませんか?」


 僕が声を上げると、アリシアはピタリと足を止めた。ただ、振り返らず僕に背を向けたままだ。


「なに?戦争以外でどうやって決着を付けるというのだ?」


「えっ、え~っと……。」


 思わず声を上げてしまったけど、特に案があるわけではない。

 僕が言葉に詰まっていると、アリシアが「フッ!!」と鼻で笑った。


「そんな綺麗ごとなど誰にでも言えるわ。帝国に来て貴様の知恵もだいぶ鈍ったようじゃのう。」


 またアリシアが歩き出した。

 何か言わないとアリシアが行ってしまう!!

 何か言わないと!!


 その瞬間、公園の広場にあるチェス台が目に入った。


「チェス、そうだっ!戦争の代わりに僕とチェスで対局してください!それで僕が勝ったら、鉱山開発を止めるか、帝国の査察を受け入れてください!どうでしょうか?」


 アリシアは足を止めて振り返った。

 その顔色には、いかにもあきれたと言った軽蔑の色が浮かんでいる。


「このうつけめ!!一国の興廃がかかった大事をチェスなどで決められるものか!!それこそ収まりがつかぬわ!!」


 それは納得だ。思い付きで言ってしまったけど、チェスで負けました、鉱山開発止めますなんて言ったら出資者は怒り心頭で、それこそアリシアが失脚させられてしまう。


「せめて、一国の為政者が命を懸けるような勝負であれば別じゃがのう……。」


 そのアリシアの言葉に僕の頭に閃くものを感じた。昨日夢で見たあれだ!!


「じゃあ!チェスボクシングはどうでしょうか?チェスとボクシングで交互に闘い!チェスでチェックメイトをされるか、ボクシングでKOされたら勝敗が付くと言うルールで……。」


「はっ?ボクシン?ケーオー?なんじゃそれは?」


 ああ、そうか。この世界にはボクシングはないんだった。えっと、どう説明したらいいだろ?


「ボクシングは、二人で闘う競技で、えっといわゆる拳闘で、KOってのは地面に倒れて立ち上がれなくなることです。」


 ボクシングを知らない人にその中身を説明するのって意外と難しいな。

 これで合ってるんだろうか?しかし意外にも、アリシアは納得したようで深くうなずいた。


「ふむ、ケントウじゃな。それで命を懸けて勝負するわけか……。しかし貴様、わらわに勝てると思っているのか?」


「アリシア様こそ、僕にチェスで勝てるとお思いで?僕は帝国のチェスのグランドチャンピオンですよ!!」


 僕がそう言うと、アリシア様はまた「ふむ……」とつぶやいた。


「よしっ!!それでは貴様とわらわで、そのチェスボクシン…とやらで決着を付けよう!!貴様が勝てば帝国の査察を受け入れてやる。わらわが勝てば貴様の身柄を公国に引き渡してもらうぞ!!よいなっ!!」



 このアリシアとのやり取りを、翌日すぐに皇帝陛下に報告した。


 皇帝陛下は「そんなことを本当に言っていたのか?」と半信半疑だったけど、シルビアの侍女を使者にして公国に確認すると、すぐに公王太子アリシアの名前で返事が届いた。


 そこには、あの夜、平和祈念公園で話した内容と同じように、僕とアリシアで勝負し、僕が勝てば帝国の査察を受け入れ、アリシアが勝てば僕の身柄を公国へ引き渡すという条件が書かれていた。


 ただ、一つだけ誤算があった。アリシアの親書にはこう書かれていたのだ。


「チェスと『剣闘』を交互に繰り返し、チェスでチェックメイトをかけるか、真剣で斬り伏せた場合を勝ちとする」


 つまり、僕は、チェスで勝ちきれなければ、あの巨大なモンスターですら一太刀で斬り伏せる、剣の達人アリシアと真剣で斬り合いをしなければならないということだ。


 それは僕にとって高い確率で死に至ることを意味する…‥。


 僕はブルっと身震いがした。


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