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第49話 苦悩と再会

「……これまで、ササランド公国には三度に渡り査察を要求してきましたが、公国は魔道兵器の開発はしていないと同じ回答を繰り返し、査察を断固拒否……」


 ルーシー帝国・皇帝府が置かれた宮殿にある謁見の間。


 玉座には銀髪瘦身の30歳くらいの美丈夫が座っている。当代の皇帝陛下ロマーニャフⅡ世である。


 皇帝陛下の玉座から1段下がった赤絨毯の上では、レフチェスコ宰相が直立不動の姿勢で、両手で奉書を掲げ、そこに記載された閣議の結果を読み上げている。その背後には12名の閣僚が3列に並び微動だにせず佇立していた。


「……しかし、我が帝国の調査団が公国へ潜入し密かに調べたところ、公国は魔道兵器の生産工場を建設し、また魔鉱石の鉱山へとつながる街道整備も終えていることがわかりました。公国で魔鉱石の鉱脈が見つかり、それを奇貨として大規模な破壊力を持つ魔道兵器の生産に着手していることはもはや疑いのない事実。」


 宰相は、皇帝陛下の方へちらりと視線を送った後、何かを決意するように息を吸った。


「ここに至っては、我ら臣下一同、皇帝陛下と帝国臣民の安寧のため、武力を行使してでも、大量破壊兵器の開発を止めるしかないと意見が一致しております。宸襟を悩ませ恐悦至極に存じますが陛下のご裁断を仰ぎたく、ここに上奏いたします。」


 宰相が言葉を結び、深く一礼した後、皇帝は一つ深くため息をついた。


「本当に戦争以外の方法はないのか?そうじゃ、わが弟、ジョエルを特使として送ってもよいぞ?ジョエルとその妻に説得させてはどうじゃ?」


 しかしレフチェスコ宰相は目を閉じて首を振った。


「きっと聞き入れてもらえますまい。」


「なぜじゃ?ジョエルの妻、シルビアは公国の実権を握るアリシア公の姉君じゃ。姉妹で腹を割って話せばわかってもらえるのではないか?」


「……お言葉をお返しするようですが、アリシアは肉親の情も解さない禽獣。敵味方の区別なく何にでも噛みつく狂犬のような方と聞いております。説得できないどころか、ジョエル殿下とシルビア妃の御身に危険が及ぶかもしれません……。」


「プッ…」


 狂犬のように歯を剥いてうなるアリシアの姿を思い浮かべ、思わず吹き出してしまった。


 レフチェスコ宰相は、僕を一瞬睨みつけ、それからハッと何かに気づいき、僕を憐れむような表情をした。


「……おお、そうでした…。アリシア公は、皇帝陛下が公国へ派遣されたソチアーノ卿を謀殺しました。そこにおかれるソニャロフ卿もろとも生き埋めにして……。そんな野蛮人など、もはや交渉できる相手ではありませんぬ。陛下…ご決断を…。」


 鼻息荒く迫るレフチェスコ宰相に、皇帝陛下は静かに瞑目し、そしてつぶやいた。


「もう少し時間が欲しい。」



 御前会議を終えた皇帝陛下を私室の前まで送り届けた時、陛下は扉の前で僕を手招きした。


「カガミ、チェスを一局指してくれないか?」


「御前会議でお疲れではないのですか?」


「疲れているから指したいのだ。頼む。」


 僕も疲れていたけど、大恩ある陛下たってのお願いを断ることなどできない。


 部屋に入り、象牙の駒が並んだ大理石のチェス盤を挟んで、陛下と向かい合った。


 僕が椅子に座るや否や、陛下はポーンを手に取って1マス進め、そしてぼやくようにつぶやいた。


「……どうしたらよいかのう…。もう朕の力で臣下の強硬意見を抑えるのも限界じゃ…。」


「補佐官にしていただいたのに、お役に立てずすみません…。」


 僕もポーンを進める。


「よいのじゃ。こうしてカガミがチェスを指して話を聞いてくれるだけでも助かる。」


そう言ってもらえても僕は心苦しい。

1年前、着の身着のままで帝国へ亡命してきた僕が、帝国で人並みの生活を送れるのは、ひとえに皇帝陛下の恩寵のおかげである。


 3年前、帝国チェス選手権で優勝し、グランドマスターになった僕は、その副賞の一つとして皇帝陛下にチェスを指南するという栄誉に浴することができ、関係ができた。


 しかも皇帝陛下はだいぶ年上だけど、気さくな兄貴分のように僕をかわいがってくれた。


 公国へ帰国した後も親しく手紙のやり取りをしていて、帝国に亡命してきた時も快く受け入れてくれた。


 それどころかソーニャを失って失意の僕に同情して、跡継ぎがいなくなったスワロフスキー家を継ぐように勧め、しかも自身の側近として召し抱えてくれた。


 またソーニャの遺志を継ぎたいという僕の気持ちを汲んで、スワロフスキー家の承継に合わせて、ソニャロフ・スワロフスキーという新しい名前も与えてくれた。


「……カガミよ。こちらこそ申し訳ない。」


 皇帝陛下はナイトを動かしながらぽつりとつぶやいた。


 ちなみに皇帝陛下は、二人きりの時は、僕のことをソニャロフではなく、昔と同じようにカガミと呼ぶ。


「そなたから聞いた戦争を止めたいというソーニャの遺志……朕も同じ気持ちである。しかし、帝国国民による公国への恐怖感情は爆発寸前で、もう朕の意志では押さえきれないところまで来ている。無理もない。15年前の魔道兵器による空襲の恐怖はまだ幼かった朕の心にも焼き付いている。あの時、護衛隊長であるソーニャの父ガリバルが身を投げ出してくれなければ、朕はこの場にいなかった…。」


「陛下……。」


 目の前の皇帝陛下の顔は苦悶に歪んでいる。


 尊敬する皇帝陛下のそんな顔を見ていられず、視線を落とすと、チェス盤上では、あと一手で皇帝陛下のキングにチェックメイトをかけるところだった。ただ、僕はどうしてもその一手を指すことができない。


「……このキングは、朕と同じじゃな。いよいよ絶体絶命に追い込まれている。」


 陛下は自分のキングを倒して投了し、それから両手で顔を覆った。


「チェスは投了すればよい。しかし公国との戦争はどうすればよいか…。」


「僕も、何か方法がないか考えてみます……。」


 特に名案があったわけではない。煩悶する皇帝陛下に何かお声を掛けたかったが、掛けられる言葉が思いつかず、そう言ってしまっただけだ。

 しかし、僕の言葉を聞いた皇帝陛下は、驚くほどの喜色を浮かべ、僕の手を握って来た。


「本当か…。カガミはやはり頼りになるのう…。」


 僕にすら縋りついて来る様子を見て、皇帝陛下が窮地にあることが、ことさらに実感された。



 僕は、ずっと宮廷と寮を往復するだけの日々を送っている。その通勤時に平和祈念公園を歩くことが唯一の心休まる時間だ。


 今日もいつものように公園に足を踏み入れたけど、すっかり遅くなってしまったせいで暗闇と静寂に包まれている。わずかな街灯に足元を照らされながら、ゆっくり歩く。


 ここはかつて僕が賭けチェスを行っていた場所。ソーニャと初めて会ったのもここだった。

 懐かしいな…。あの頃は楽しかったな…。


 しかし、そんな僕の幸せな回想は唐突に破られた。


「おとなしく黙って壁に手を付け!!」


 突然後ろから何者かに左手をねじ上げられ、ナイフのようなものを突きつけられた。


 帝国の首府モスコーの治安は悪くない。だけど、ここは人気のない夜の公園だ。暴漢が出てもおかしくない。しまった油断した…。


「さ、財布なら右のポケットに…。それで勘弁してください。」


 僕がそう伝えると、その暴漢はさらに僕の左手を強くねじ上げた。


「なんじゃとっ!!わらわを強盗扱いするのか?貴様はどれだけ無礼者なのじゃ!!」


 その聞き覚えのある声に、もしやと思い必死で顔をよじって振り返った。


「喜べ、カガミよ。このアリシア様が自ら迎えに来てやったぞ!!」


「アリシア様…。」


 目の端に入ったのは、間違いなく、あの見覚えのある金色の髪、そして碧い瞳から発せられる鋭い眼光だった…。


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