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第48話 アリシアの憂鬱

 コンコンッ‥‥。


 早朝、わらわが私室を出て執務机の前に座るのを待つかのように、執務室の扉がノックされた。静かな朝の始まりを邪魔されたようで思わずイラっとする。


「さっさと入れっ!!」


「ア、アリシア様、し、失礼しま~す。」


 少し怯えた様子を見せながら、部屋に入って来たのはリアム。まだ10歳くらいのあどけない顔立ちをした少年だ。


 ジャコバン商会のトップで、わらわのパトロンでもあるブランシェに、カガミが急にいなくなってしまい人手不足で困っていると嘆いたら、少し前に秘書官として使ってやって欲しいと派遣されてきたのだ。


 しかし、こんな年端もゆかぬ少年を送ってくると

は……。わらわはショタコンか何かと勘違いされているのかのう……。


「新聞をお持ちしました。」


「わかった。じゃあ、執務机に置いておけ。そしたら行ってよいぞ。」


 リアムは、わらわの指示どおり、帝国、そして王国から送られてくる新聞の束を机に置いた。

 しかし部屋からは出て行かなかった。わらわの前に立って、何か言いたそうにもじもじしている。


「どうしたのじゃ?言いたいことがあるならはっきり申せ!!」


 普通に話したつもりだったが、リアムはそう感じなかったのかもしれない。明らかに怯えた様子を見せながら、おそるおそる口を開いた。


「……あっ、あの……、ダントン様から、鉱山開発の許可はいついただけるのか催促を受けていまして……。」


「チッ!!」


 わらわの舌打ちに、リアムの奴は恐縮し、小さくなった。


 1年前、ワイバーン樹海に調査に行き、魔鉱石の大鉱脈があることがわかってから、ダントンの奴は強硬に鉱山開発を進めようとしている。


 あやつは、さっそく王国にある魔道具ギルドを中心に出資を募って鉱山会社を興した。その会社の資本を使って樹海を切り開き、あっという間に街道から鉱山まで続く道を整備した。街道沿いには、気づけばいつの間にか大規模な魔道具工場も建設されている。


 ここまで大規模な投資をしているのだ。わらわが今さら「鉱山開発を止めよ」などと言っても、ダントンも出資者たちも収まりがつかないだろう。


 ……正直言えば、最初はわらわもダントンの計画には乗り気だった。


 鉱山が開かれて魔鉱石が産出されれば、今の中継貿易とは比べ物にならないくらいの莫大な税収が得られる。人口も増えて国も栄えるであろう。しかも、国内で魔道兵器が生産されれば、公国の軍備増強にもつながる。

 

 これこそ、カガミが言っていた富国強兵であろう……あの頃は無邪気にそう思っていた。


 執務机に置かれた帝国の新聞を手に取り、見出しを斜め読みする。


『サザランド公国での大量破壊兵器開発疑惑、皇帝陛下も重大な懸念』


『査察受入拒否!!もはや武力行使しかない!!閣議で強硬意見も!!』


『帝国民へ公国への渡航禁止令。いよいよ宣戦布告か!!』


 ダントンの奴は、戦争を恐れる必要などない、帝国を返り討ちにするために、早く鉱山を開いて魔道兵器の大量生産を始めるべきだと息巻いておるが、そんな単純な話でないことは、かつて帝国との戦争を指揮したわらわの方がよくわかっている。


 きっと帝国軍が電光石火のごとく我が国へ攻め入り、生産設備を無力化してしまうだろう。


 思えば、ソチアーノ宰相とカガミは、このような事態になることを見通して、しつこくわらわに意見しておったのじゃな……。


 こんなことに気づかないほど、当時のわらわは欲に目がくらんでおったか……。


「どうしたら……、どうしたらよいかのう?」


 わらわが誰に言うともなくつぶやくと、まだ目の前に立っていたリオルが「ひぃっ…」と言いながら首をすくめた。


「い、いえ…、僕のような子どもが、アリシア様に何か意見を申し上げるなど…。」


 どうやら自分に対して質問されていると勘違いしたらしい。しかし枯れ木も山の賑わい。ダメもとで意見を聞いてみるか。


「よい。遠慮せず何でもよいから申してみよ。」


「……いえ、申し訳ありません。すみません……。」


 しかし、目の前の少年は泣きそうな表情で謝り続けるだけだった。


「わかった。もう下がってよいぞ……。」


 そう伝えると、リアムは、「失礼します」とだけ言い残して逃げるように執務室から飛び出して行った。


「あいつのようにはいかんか…‥。」


 視線の先には、わらわの机の横に置かれたカガミの執務席がある。


 カガミが事故で帰らぬ人になってから1年になる。しかし、まだこの机を片付ける気にはなれない。


 そういえば、あやつは、いつも聞かれてないことまで生意気に意見してきたのう…。


 子どものくせに、さも何でも知ってるかのような賢しらな顔をして。


 あやつがいれば、この苦境を解決するために、どんな助言をしてくれたかのう…。


 カガミのことを考えると、今でも胸に穴が開いたような喪失感に苛まれる。


 洞穴での落盤事故にソチアーノ宰相とカガミが巻き込まれたと知り、わらわは急いで城に戻り救出隊を組織した。


 すぐにでも洞穴に戻って助けたかったが、夜になってから樹海に入るのは危険だと諫められ、歯噛みをする思いで夜明けを待った。


 翌日になって、ようやく洞穴に戻り、土砂を掘り起こして中に入るとそこにはソチアーノ宰相の遺体しかなかった。


 カガミは、もっと奥深くまで落ちてしまったのか、それとも……。


 このことを考え始めると、鼻の奥がツンッとなって仕事に手が付かなくなる。


 わらわは自分で自分の頬を叩き、強引に考えるのを止め、新聞を手に取った。


 最近では、戦争の匂いを嗅ぎ取ったのか帝国からの商人がめっきり入国して来なくなり、新聞も遅れ気味。わらわの手にある新聞も1か月以上前のものだ。


 1か月前の段階でここまで世論が盛り上がっているのだ。


 今まさに宣戦布告の準備がなされていても不思議ではない。


 そう思いながらも、わずかな情報でも逃すまいと端から端まで読み進めていると、ある小さな記事が目に留まった。


『ソニャロフ・スワロフスキー侯爵 皇帝補佐官に任命さる』


 何と言うことはない人事を報じるベタ記事である。

 しかし、わらわには、なぜかその記事が気になった。


『ソニャロフ卿は、亡きソチアーノ侯爵の婚約者であったが、ソチアーノ侯爵の死に伴いスワロフスキー家の養子となり侯爵位を襲爵。この度、国防問題への対応強化のため、新たに設けられた皇帝補佐官に任じられた』


 そう記されただけの短い記事を何度も読み返し、ついに確信した。


「こんなところにおったのか…。」


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