第46話 帝国への亡命
洞穴を出た僕は、無意識に朝日を背にして西へ向けて歩き始めた。
西には、ソーニャの故郷であるルーシー帝国がある。ソーニャの家族を見つけて、この形見のナイフをお返して、彼女の最期をお伝えしよう。
でも、その後僕はどうしたらいい?
戦争を止めて欲しいというソーニャの遺志はどうやって成し遂げればいい?
僕にそんなことができるのだろうか?
考え事をしながら歩き、ふと気づくと樹海を抜け出て見覚えがある森の中の道に出ていた。
この道は、僕がこの世界に迷い込んで最初にアリシアと出会った場所につながっている。
あれからもう5年近くになるのか。
アリシアとの思い出が走馬灯のように頭に浮かんだ。
シルビアとの王位継承争い、王国での苦労、それから公国に戻って二人で公国の発展のために知恵を絞り汗を流したこと…。一緒に色んな仕事をしたな…。
誰よりも頼りになる上司。
厳しかったけど、僕が仕事で困ったら、それとなく助けてくれた。
もしかしたら今回もアリシアに相談したらうまく解決してくれるかもしれない。
いやダメだ!!
アリシアは魔鉱石の鉱山開発にご執心だ。ソーニャと一緒に、帝国と戦争にならないよう鉱山開発を凍結して欲しいと何度もお願いしていたのに、欲に目が眩んでまったく聞く耳を持ってくれなかった。
「鉱山が見つかればどれだけの実入りになるのかのう…。貴様にも上がりの3割を分けてやろう…。」
そうつぶやきながら、いやらしくニヤついたアリシアの顔が脳裏に浮かんだ。
あのドケチなアリシアのことだ。ソーニャの遺志を伝えても断固として鉱山開発は進めるだろう。
それに僕たちが洞穴に生き埋めになった時、アリシアはあっさり見捨てて帰ってしまった。
結局、アリシアにとって、僕はその程度の存在だったということか……。
無給でも骨を惜しまず働いてくれる便利な存在。
使えなくなればいつでも取り換えられる消耗品……。
急に現実が見えて悲しくなった。
僕のことを本当に想ってくれていたソーニャもいない…。
僕はこの世界でたった一人だ。
そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか太陽が頭の上に来ていた。
あと1時間も歩けば帝国への国境に着いてしまう。
少し戻ればガリアがいる山砦がある。
せめてガリアにお願いして、僕が無事であるとアリシアに伝えてもらった方がよいだろうか……?
でも、僕の足は止まらなかった。
もう公国にもアリシアに未練はない。
僕は僕の道を行くしかない。
現世では何度も転職を繰り返してきた。転生したこの世界で、今度こそ、信頼できる上司とずっと働ける職場を見つけたと思ってたのにやっぱり同じだったか……。
「止まれ!何者だ!旅券を見せろ!」
いつの間にか目の前に帝国の警備兵が立っていた。ぼんやりしているうちに帝国との国境に着いてしまったようだ。
「……何を黙っている!名を名乗れ!旅券を持っていないならすぐに立ち去れ!」
警備兵は僕に向かって槍を突き付けてきた。僕は息を吸い込み、それから意を決して口を開いた。
「僕は、カガミ・ワイバーン!公国の男爵であり、帝国の侯爵家、ソチアーノ・スワロフスキーの夫でもある。仔細あり、帝国へ亡命させていただきたい!!」
「はっ?えっ?グランドマスター・カガミ?気づきませんでした!どうしてここに?」
警備兵が槍を降ろし、僕に対して敬礼してきた。
そう言えばこの警備兵には見覚えがある。帝国から公国へ帰国した時に、大のチェスファンだというこの警備兵にサインをしてあげたはずだ。
「すぐに上司に報告いたしますので、しばらく詰め所でお待ちください。そのお姿、きっと公国で何か大変なご苦労をされたのでしょう。すぐにお着替えも準備させていただきます。」
警備兵に詰所に案内されながら僕の頭には、こんな言葉が浮かんでいた。
『ルビコン川を渡ってしまった』
この川を渡ってしまった以上、公国での平和だった日常には、もう決して戻ることはできないだろう。




