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第45話 捨て駒に

「カガミきゅん、目を覚まして!!お願いだから死なないで!」


 ソーニャの必死な声と身体を揺さぶられる感触で意識を取り戻した。カンテラで照らされた周囲には少し土砂が降り積もっているけど、まだ空洞が広がっていた。生き埋めにはなっていない。どうやらあの紋様は不完全で爆発の規模も小さかったようだ。


「カガミきゅん、よかった!!」


 抱きついてくるソーニャに、「しっ、ちょっと静かに」と伝えた。頭上の洞穴の入口の方から声が聞こえた気がしたのだ。


「……カガミと宰相殿はどうなったのじゃ?」


 アリシアの声だ!助かるかもしれない!


 僕はあらん限りの声を振り絞り「アリシア様~!!」と叫び、反応を窺った。


 しかし、そのすぐ後に「カガミ様とソチアーノ様は落盤事故に巻き込まれて生き埋めになりました。ここは危険です。お城へ戻りましょう」というダントンの声が聞こえ、やがて誰の声も聞こえなくなった。


 僕たちが生き埋めになっているのを知りながら、アリシアはあっさり見捨てて帰ってしまったのか……?


「這い上がれるだろうか?」


 カンテラの灯りで照らすと、僕たちが洞穴の途中の岩棚にいることがわかった。

 洞穴の入口ははるか上。しかし目の前にはほとんど垂直の岩壁。これをよじ登って、土砂で塞がれた洞穴の入口を掘らないと外には出られない。


 そんなことできるだろうか……?


 気づくとソーニャが息苦しそうに喘いでいる。ここには揮発した魔鉱石のガスが充満している。魔鉱石のガスは人体に有害だ。僕は慣れているから多少は耐性があるけど、ソーニャは早くここから出してあげないと危ない!!


「ソーニャ、肩車するから僕の肩の上に立ってくれない?それでカンテラで岩壁の上の方がどうなってるか見てくれないかな?」


「わかったわ。」


 ソーニャは苦しそうな様子ではあったけど、力を振り絞って僕の肩の上に立った。


「……ちょっと…上までいけば…掴まれるかも。」


「手を伸ばしたり、ジャンプすれば届いたりしないかな?」


「……ちょっと、無理……キャッ!!」


ソーニャは肩の上でジャンプしようとしたけど、そのままバランスを崩して落ちて来た。


「……ごめんね……。」


うずくまったソーニャは息苦しそうだ。これだけ魔鉱石のガスが充満していると動くのも苦しいのだろう。もうすぐ意識も朦朧とするはずだ。外に出られないと、僕たちはすぐにガス中毒で死んでしまう。


「もう一回頑張れる?肩車するよ。」


 しかし僕の問いかけにソーニャはゆっくりと首を横に振った。


「わたしがどれだけ頑張っても登れないと思う。だけど、カガミきゅんだったらもしかしたら届くかも。今度はわたしが下から支えるからカガミきゅんが登ってみて?」


「えっ?でも……。」


 僕の体重は軽い方だけど、女の子であるソーニャに土台になってもらうのは気が引ける。しかもソーニャはもう息も絶え絶えなのだ。


「大丈夫。カガミきゅんが上に着いたら、ロープを降ろしてわたしを引き上げてくれればいいから!」


 ソーニャは僕の返事を待たず、そりゃっ!!と気合を入れて僕を肩車した。


 カンテラで照らすと斜面の少し上に手を掴めそうなところがある。


「もうちょっと……、もうちょっとなんだけど……。」


「わたしの肩の上に立って!!」


 僕を支えるソーニャはプルプル震えている。もう長くはもたないかもしれない。僕は思い切って立ち上がり、「なんとかなれっ!!」と気合を入れてジャンプすると、右手で少し飛び出た岩を掴むことができた。


 そこを起点に這い上がると、不安定だけど何とか斜面にしがみつくことができた。


「ソーニャ!ロープを垂らすからそれに掴まって!引き上げるから!」


 斜面は急で、岩にしがみついているのがやっと。踏ん張る場所もないし、正直ソーニャを引き上げられる自信はなかった。

 だけど、腰に括りつけられた命綱は途中で切れていて、これ以上先に進むとソーニャまで届かなくなってしまう。僕は意を決してロープを下に垂らした。


「……引き上げて…。」


 下から弱々し気な声が聞こえてきた。必死で踏ん張り急いでロープをたぐると、拍子抜けするくらい軽かった。


 おかしい…そう思って手繰ったロープの先を見ると短刀が括りつけてあった。

 銀のさやに埋め込まれたエメラルド。これはスワロフスキー家に代々伝わる家宝。大事なものだから先に引き上げさせたのかな?


 僕は素早く短剣を腰に挟むと、またすぐにロープを垂らした。


「ソーニャ、掴まって…。」


 しかし手応えがない。返事もない。どうしたんだろう?


「ソーニャ!!大丈夫?早くロープを掴んで!!」


「……もうダメだ…。手が痺れてロープを掴めない…。」


 下の方からか細い声が聞こえてきた。


「わかった。待ってて!すぐにそこに下りるから!一緒に上がろう!」


「だめ…。」


 ソーニャの声はか細かったけど、断固としていた。


「カガミきゅんが降りてきたら共倒れになっちゃう…。わたしはもうだめだ…カガミきゅんだけ先に行って…。」


「そんなことできないよ!!すぐに行くから!!」


「やめて!!」


 最後の力を振り絞ったのだろうか。一瞬だけ力強い声が聞こえた後、息を切らして喘ぐような息遣いが暗闇から伝わってきた。


「……前に、チェスの捨て駒の話をしたこと覚えてる?帝国チェス選手権の決勝の合間に、二人だけで対局した時に…。過去に囚われて捨て駒ができなくなったわたしに言ってくれたよね。わたしのパパは捨て駒じゃない。自分の役割を果たすために生き抜いたんだって……。」


「もちろん!!忘れるもんか!!」


 ソーニャの言葉に不穏な物を感じる。彼女は何を言おうとしているのだろう?


「わたし……自分の役割を果たす。ここで捨て駒になるよ……。」


「そんなっ!そんなことできないよ!!」


 これまで将棋でもチェスでも、必要な時はためらわず捨て駒をすることができた。

 キングを守るためにクイーンを捨てた時も、何のためらいもなかった。だけど、現実に、ここでソーニャを捨てるなんて、そんなことできるわけがない!!


「……お願い。行って…。カガミきゅんは……生きて……、それで戦争を…止めて…お願い…。」


「できないよ!!ソーニャを置いて行けない!!」


 叫んだ後、ソーニャの次の言葉を待った。でも何度呼び掛けても彼女から返事はなかった。


 僕の目から涙が溢れたけど、両手で斜面にしがみついているから涙も拭けない。


 いっそ手を離して、下まで落ちてソーニャの側で死のうか?


 そう思った瞬間、ソーニャの最期の言葉が耳の中で響いた。


「戦争を…止めて…」


 このまま僕がここで死ねば、魔鉱石の鉱山開発が進んでしまう。魔鉱石で魔道兵器が製造されてしまう。帝国を刺激して戦争になってしまう。


 僕もソーニャと一緒に死にたい。でもここで死ぬわけにはいかない。僕は託された役割を果たすんだ!



 僕は斜面を這い上がり、目の前を塞ぐ土砂に手を入れて掘った。すぐに爪がはがれて激痛が走った。


 僕はためらわず腰から短剣を引き抜いて、それを土砂に突き立て、掘った。


 ソーニャは僕に出会わなければ公国に来る必要がなかった。こんな貧乏な国で苦労して、しかも暗い洞穴の底で人生を終えることはなかった。


 それなのに彼女は、最後まで僕に恨み言一つ言わず、自分を犠牲にしてまで僕を生かそうとしてくれた。


 次から次へと涙が溢れ、土と混じって泥になって僕の顔にこびりついた。僕はそれを拭うことすらせず、ひたすら掘り進んだ。


 やがて、何か突き抜けたような感触があり、それからフワッと新鮮な空気の匂いがした。短剣を掴んだ右手の先には星空も見える。


 生き延びた…。生き延びてしまった。ソーニャの犠牲の上に…そう思った瞬間、僕は気を失っていた。


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