第43話 マイスター・ダントン
「大丈夫、疲れてない?」
「えぇ…。」
明らかに疲れた顔で後ろから付いてくるソーニャを振り返りながら、一方へ勝手に樹海の奥へどんどん分け入って先に進もうとするアリシアを見失わないようにするのは神経を使う…。
この日、僕たちは、僕の領地であるワイバーン樹海に鉱脈調査に訪れていた。
魔鉱石の鉱山開発を積極的に進めようと前のめりになるアリシアと、帝国の国民感情を考え戦争回避のために中止を求めるソーニャの意見対立は、両者とも一歩も引かず日を追って激しくなるばかり。
しかもそこに、ジャコバン商会から鉱脈調査を早く進めるようにとの矢のような催促が重なった。
こうなるとどうしようもない。苦し紛れのアイデアで、とりあえず鉱脈調査をしてみることになった。
もし有望な魔鉱石の鉱脈が見つかったら、もう開発の流れを止めることはできない。欲に目が眩んだアリシアは、僕から領地を取り上げてでも開発を進めるだろう。
でも、世界的に見ても、これまで大規模な魔鉱石の鉱山はほとんど見つかっていない。それが僕の領地から見つかるなんて宝くじが当たるに等しいだろう。
たまたま原石を見つけたけど、だからといって鉱脈があるとは限らないし、あったとしても規模が小さくてコストに見合わないかもしれない。
それがわかればアリシアもあきらめてくれるはずだ。そんな目論見で僕が調査に行くと伝えたら、アリシア、そしてソーニャも同行すると言い出した。
二人とも僕がインチキをすると疑っているのだろうか…。
「カガミ様、日が暮れないうちに帰れるよう先を急ぎましょう。」
前を歩くでっぷり太った中年男が険しい顔で僕たちをせき立てる。
彼の名前はダントン。魔道具ギルドに所属しているマイスターで、結構なお偉いさんらしい。
鉱脈調査のためにジャコバン商会に専門家の紹介を依頼したら、彼が派遣されてきたのだ。
手紙ではユーキにも来てくれるようお願いしたんだけど、その件については返事もなかった。
ビジネスを通じて関係が修復できたと勝手に思ってたけど、まだ僕が勝手に公国へ帰ったことを怒っているのかもしれない。
ダントンは樹海で野営するのかと思うくらい巨大なリュックを背負っている。
でも、そんなハンデを思わせないくらい彼の足取りは軽い。剣で草を刈りながらブルドーザーのようにどんどん先に進むアリシアの後ろを、顔色一つ変えず付き従っている。
対して、僕とソフィアは、あまりのハイペースに息も絶え絶えに付いて行くのがやっと。二人の背中も小さくなってきた。
体育会系の野生児であるアリシアと、文化人の僕達では体のつくりが違うのだろうか…。
グェッ~!!グォッ~!!
アリシアとダントンの背中を見失ってしばらくした後、前方で獣のような不気味な断末魔が聞こえた。
怖い…。もしかしてモンスター?
アリシア達が心配になり、力を振り絞って先を急ぐと、少し開けた場所にアリシアとダントンが佇んでいた。
「遅いではないか!あまり遅いからモンスターを狩っておったわ!!」
剣に付いた血糊を懐紙で拭くアリシアの脇に、巨大なイノシシのような、豚のような顔をした巨大な化け物が3体、折り重なるように倒れていた。
「これは……なんですか?」
「オークですね。モンスターです。」
ダントンが当たり前のように答えると、ソーニャが「えっ、初めて見た」と駆け寄り、興味深そうに観察し始めた。
「魔鉱石の鉱脈のあるところには、こういったモンスターが生息していることが多いです。ここは有望かもしれませんね…。」ダントンが独り言のようにつぶやいた。
「でも、こんなにモンスターが出るんだったら、安全に働けないですよね。これは鉱山開発は難しいかなー。あきらめて…」
「問題ない!モンスターなどわらわが狩り尽くしてやる!!」
僕が話している途中でアリシアが剣をブンブン振りながら遮ってきた。
確かにアリシアならやりかねない。ただ、ここは僕の領地だし、あんまり狼藉はして欲しくないんだけど…。
それから先も、アリシアはブルドーザーのように前に進み、たまに退屈しのぎに周囲で呻き声をあげるモンスターに襲い掛かることを繰り返した。
そのうちモンスターを狩り尽くしてしまったのか、それとも野生の勘で危ない奴が来たと察知されて逃げられてしまったのか……断続的に聞こえて来た獣やモンスターのうめき声がまったく聞こえなくなった。
アリシア…おそろしい子…。
そんなことを思っている時、突然、ダントンが僕の横に並んできた。
「カガミ様は、数年前にこの近くの森で、突然姿を現されたと聞きましたが?」
「ああ、はい。この樹海の入口の森で、記憶を失って彷徨っているところを、アリシア様に助けられまして…。」
本当は記憶はちゃんと残っているけど、現世の過去を詮索されると面倒なので、森で足を滑らせて頭を打って記憶を失ったということにしている。
「王国では、何年、いや何十年に1度、同じように森から突然、記憶を失った子どもが現れることがあり、我々は神の御使いと呼んでおります。」
「へ~っ!!」そんな風に言われると何か面映ゆい。
「しかも神の御使いは、必ず神の恩恵をもたらすとか…。言い伝えになりますが、我らが魔道具ギルドの始祖である、カジタニ様も神の御使いであり、神の恩恵として魔道具の技術を我々に教えてくれたと聞いています…。」
「すごいですね!!へぇ~!!」
感心しながらも、少し違和感があった。仮に神の恩使いが現世からの転生者だとしても、現世にはもちろん魔道具みたいな技術はない。恩恵っていうのはただの伝説で、話半分くらいに聞いておいた方がいいのかもしれない。
「それから王国の摂政・王妃殿下。殿下も神の御使いであり、恩恵を期待して先王が后として娶られました。今では王国の中興の祖として善政を敷かれております。ああ、ユーキ殿もそうですね。ただ、彼については、俗物で恩恵は片鱗も見られませんがね…。」
ダントンは唇の端を歪めた。言葉は丁寧だが、どことなく敵意を感じる。ユーキに含むところがあるのだろうか?
「……我々も神の御使いであるカガミ様には期待しているのです。だからこそ魔道具の複製にも目をつぶっているのですが…。」
「‥‥すみません。」
皮肉っぽい言葉に対して、気まずくなって頭を下げる。魔道具マイスターたちの門外不出の技術を、記憶力に任せて無断でコピーしまくって著作権侵害(?)している僕に対して、魔道具ギルドが好ましく思っていないことは何となく想像できる。
「……まあ、いいですがね。それより問題はあの女です。」
ダントンは親指で後ろを指した。そこにはゆっくりと僕たちの後をついて来るソーニャがいた。
「あれは帝国が派遣したスパイでしょう?カガミ様に近づいたのだって魔道具技術を盗み取るためじゃないですか?おかわいそうに。政略結婚とは言え、あんな10歳以上も年上の気の強そうな帝国の女と結婚させられるなんて…。カガミ様がよろしければ、この森でこっそり始末しましょうか?そしたら、王国のもっと若くてきれいな娘を紹介できますよ…。」
ダントンのニヤついた顔を見て一瞬で頭に血が昇り、彼を突き飛ばした。
「何をするんですか!!」
突き飛ばされ、尻餅をついたダントンが非難がましい目で見上げる。
「僕は、帝国とか公国とか関係なく、ソーニャのことを愛してるんです。!ソーニャだって同じ気持ちで、だから公国まで付いて来てくれたんです!もう一度、そんな失礼なことを言ったら、ただじゃおきませんよ!!」
僕の激しい剣幕に驚いたのか、ダントンは何も言わず、服についた土を払いながら僕に背を向け、何か小さくつぶやいた。
「えっ!えぇ~っ!カガミきゅん♡どうしたの、急にわたしへの愛を叫んだりして!もちろんわたしもカガミきゅんのこと好きだよ~♡」
僕の言葉を聞いたソーニャが抱きついてきたので、それ以上、ダントンには何も言えなかった。
ただ、彼が捨てゼリフのようにつぶやいた言葉ははっきり聞こえた。
『これはダメだな。こいつも帝国に毒されてる』
間違いなくそう言っていた。




