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第41話 叙爵

「おはようございます。」


「おおっ、来たか!」


 いつものように執務室に入ってから一声かけると、アリシアは新聞から目を離し、珍しく僕の方に笑顔を向けてくれた。


 商人を通じて入手する帝国と王国の新聞に目を通すのは、大事なアリシアの朝の日課。


 いつもは情報収集に集中して、僕から挨拶してもろくに返事もしてくれないのに、今日は返事どころか笑顔までおまけされている。


 何かいいことでもあったんだろうか…?


 どことなく違和感を覚えながらも、アリシアの執務席の隣に設けられた自分の席に着き、しばらく書類を片付けていると、唐突にアリシアが立ち上がり、「行くぞ」といいながら顎をしゃくった。


「どちらへ行かれるんですか?午前中の予定は空いていたはずですが?」


「いいから黙って付いて来い!」


 僕は首をひねりながら、ひとり早足でどんどんと進んでしまうアリシアを追いかけると、彼女はお城の東側、公王の間の前で足を止め、ノックもせず扉を開けた。


 閣議だろうか?

 それとも公王様と何かお話があるのかな?

 僕はいつも通り外で待った方がいいだろうか?


 そう思って躊躇っていると、アリシアが「早く入れ!」とまた顎をしゃくった。


 どういうことだ?

 釈然としない思いはあったけど、アリシアが僕のためにずっと扉を押さえてくれているので、慌てて扉の中に足を踏み入れた。


 その瞬間、僕は息を飲んだ。

 いつもはガランとした部屋の奥には公王様が佇立している。左側に公王妃様が侍り、左右には臣下が並んでいる。


 衛兵長、秘書長官、商業大臣…。宰相であるソーニャもいる。


 後ろにいるアリシアも合わせると、王族と閣僚が勢ぞろいしている。

 いったい何事だ?


「カガミ、前へ出よ。そしてひざまづけ!」


 衛兵長の一声に、僕はわけもわからないままフラフラと公王様の前に歩み、そのまま片膝を付いた。

 僕がひざまづいたことを見届けると、衛兵長が歩み出て公王に剣を差し出した。公王は鞘から剣を抜き、振りかざした。


 えっ?もしかして斬られるの?

 僕、何かやっちゃった?


 恐怖に身をすくめていると、僕の肩に剣が当てられた。


「カガミ、貴殿を騎士に叙任して男爵に叙爵する。」


 咄嗟に公王の言葉の意味がつかめず、思わず周りを見回してしまった。

 臣下の列にいたソーニャと目が合うとニッコリと笑い返してくれた。


「カガミよ。騎士たちの働き口の確保、王国との通商・経済開発支援条約の締結、魔道具技術の導入、貿易振興策の献言と実行、貴殿の多年にわたる公国の発展への貢献は余も深く謝すところである。このくらいでしか報いることができぬが、これからも公国に貢献して欲しい。」


 柔らかな口調での公王様の温かい言葉に、僕の胸の中に喜びが広がった。


 つまり、僕の仕事が評価されて叙任・叙爵されたってことか!!


 アリシアにはいつも厳しいことを言われ続けてきたけど、見ている人は見ていてくれていたんだ。


 感激して、気づけば「卑賎の身に、誉の至りにございます」と答えていた。


「貴君への叙爵はアリシア公からの献言じゃ。もともとは騎士への叙任のみを考えていたが、帝国の侯爵であるソチアーノ卿と婚姻するのであれば、男爵位くらい与えなければ釣り合いが取れぬと強く言われてのう。フォッフォッフォッ…。」


 公王様が笑うと、アリシアが真っ赤な顔になってつかつかと公王の側に歩み寄った。


「ち、違う!わらわは、貴様とソチアーノ卿の婚姻など認めておらぬ!そうじゃ!叙爵されたということは、貴様が婚姻するためには国の裁可が必要ということじゃ!!わらわの目が黒いうちは、あの女狐との婚姻など裁可するつもりはないからな!覚悟しておけ!」


「えっ?ひど~い!そんなことになったら、カガミきゅんと駆け落ちしちゃうから!」


 ソーニャが歩み寄って来て僕の肩を抱き、アリシアに対し厳しい視線を返す。


「フォッフォッ……。まあ、よいではないか。婚姻するとしても、来年カガミが成人になってからであろう。その頃までにはアリシアにも縁談の話がまとまり、気も変わるではないかな。それよりもまだ余の話は途中じゃ。カガミも叙爵された以上、領地と家名が必要であろう。カガミ卿にはワイバーンの地を領地として与える。今日からはカガミ・ワイバーンと名乗るがよかろう。」


『領地を与える』その公王様の言葉は騎士への叙任、男爵位への叙爵よりもずっと嬉しかった。


 やった!領地だ!税収もあるぞ!


 これまでずっとアリシアから「飯を食わせてやるだけありがたいと思え!」と言われて、給料ももらえないままこき使われて、やりがい搾取されてきたけど、やっと収入が得られる。


 帝国のチェス大会で稼いだ賞金も残り少なくなってきたし、これは本当に助かる……。


「うんっ?あれっ?ワイバーンってもしかして…。」


 僕が顔を上げると、アリシアのニヤリと微笑む顔が目の前にあった。


「そうじゃ!おぬしの領地は、かの侵略戦争の舞台となったワイバーン樹海のど真ん中じゃ!」


「そこには農地とか領民とかは……?」


「樹海のど真ん中だぞ!そんなところに農地や領民なんかあるわけないだろう。せいぜいモンスターたちが跋扈しているくらいじゃな。」


「じゃあ、僕はどうやって税収を得たらいいんですか?」


「どこかから領民を連れて来て、樹海を切り開くなりすればよかろう!自分で工夫せよ!よかったのう。貴様の領地は可能性の塊じゃ!言っておくが、ワイバーンの地を封じたのもわらわのアイデアじゃ!頑張って働いて恩は返せよ!!」


 称号販売、原野商法…。

 思わず現世での聞きかじった詐欺手法の名前が頭に浮かんだ。実態を伴わない称号や無価値な土地を与えて金銭を騙し取る手口だ。


 僕の場合は、小国の名ばかりの騎士・男爵という名誉と、領民も税収もない価値ゼロの土地を給料の代わりにして労働力を搾取されるということか!?

 やっとアリシアの魂胆がわかった…。


 実質はこれまでと同じ無給労働ってことか…。

 ああ、喜んで損した…。


 ぬか喜びにガックリした僕に、アリシアはさらに追い打ちをかけた。


「ああそうだ。言い忘れていたが、貴族は領地の広さに応じて公国に税を納める義務があるからな。今年は初年度だから金貨1000枚でよいぞ。年末までに払えよ!」


 アリシアのニヤついた顔を見ながら自分の甘さを悔いた。


 ハメられた…。


 やりがい搾取どころか、爵位を餌にした上納金ビジネスに絡めとられてしまった。


 この世界は本当に厳しい…。


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