第38話 決勝戦でのすれ違い
帝国チェス選手権決勝は5日間に分けて1日2局(最終日は3局)対局し、合計11局で勝敗を決する。
待ちに待ったソチアーノとの対戦。初日に行われた2局は引き分けだった。
高いレベルのチェスプレイヤー同士の対局では、引き分けになることは珍しくない。
だけど、それだけじゃない。彼女との対局は何かかみ合わない気がする。
ソチアーノの指し手は手堅い……というかガチガチに守りを固め、こちらのミスを待ってカウンターを狙う戦術のようだ。
僕がいくら仕掛けても応じてくれない。
はっきり言って期待外れだ…。
僕はこの帝国チェス選手権のずっと前から、ソチアーノとの対戦を想定して、彼女の棋譜を集めて手筋を研究してきた。
そんな中、彼女のある棋譜を見て驚いた。その対局での彼女の指し手はすごく独創的で構想力に富み、すべての駒が独自の意思を持ったかのように生き生きと躍動していた。
僕は記憶力頼みでプロの棋士を目指してたけど、中盤での構想力や判断力が弱くて夢破れた。
師匠からは、「駒が死んでるみたいや。センスがない」と言われたこともある。
彼女の駒運びの独創性や構想力は、あの頃の僕から見れば、喉から手が出るほど欲しかった天賦の才能だ。
しかもその棋譜の日付を見て二度驚いた。
これは彼女が12歳の時、初参加した帝国チェス選手権決勝、それも5勝5敗からグランドマスターを決めた天王山の対局で指したものだった。
そんな若さで!!
しかもそんな大事な対局でこんな大胆な指し手を?!
どうすればそんなことができるのか?
興味を持って、少しでも知りたいと思い彼女の記事を読み漁った。
インタビュー記事によれば、彼女は、騎士として戦場に散った父親を尊敬していて、チェスの盤上で父から教わった騎士道を表現しようとしているのだとか。
だから、相手を罠に嵌めるハメ手やクイーンを捨て駒にしてキングを逃がすような騎士道に反する指し方を軽蔑しており、絶対にそのような真似はしないと宣言していた。
僕はいつも駒の効率性だけを考え、捨て駒に躊躇しない。
だから彼女は僕の指し手を品格がないとか、邪道だとか非難してたのか…。
こうした研究を重ねるうちに、いつしか僕は自然とソチアーノ、いや12歳のソーニャのチェスに心酔するようになった。
バカにされたリベンジを果たしたいという気持ちも残っていたけど、一方で勝負師として稀代の天才の胸を借りられる機会を楽しみにしていた。
そんな楽しみにしていた対局が、まさかこんなつまらない形になるなんて…。
「これも引き分けね。」
「ええ…。」
二日目に行われた第3局も引き分けに終わった。
僕も手をこまねいていたわけではない。
色々と細かい攻撃を仕掛け、駒のぶつかり合いを誘ってきた。
だけど、ソチアーノは一切応じてくれない。
ソチアーノの手駒は躍動どころか、お役所仕事のように同じ動きを繰り返すだけだ。
こんな風に引き分け狙いで手堅く指されると、まるで僕から一方的に話しかけているのに、会話を拒否されてるみたいだ…。
あの独創性と構想力を生かし、伸び伸びと駒を躍動させていたソーニャはもはやいなくなってしまったのだろうか?
しかし勝負の流れは次の第4局で大きく変わった。
「うん…?」
中盤戦、相変わらず手堅くガチガチに守りを固めるソチアーノの布陣を見ていて、あるアイデアが浮かんだ。
ここで一気に攻め込んだらチェックメイトまで持って行けないか…?
だめか…。
最後にクイーンを盾にされてたらキングを捕らえきれない。う~ん…。
しかし思い出した。かつて彼女はキングを守るためにクイーンを捨てるような騎士道に反するチェスは指さないと宣言していた。
僕が勝負に出たら、彼女は勝つためにクイーンを捨てるのか、それとも彼女が言う騎士道に殉じるのか…。
気づけば、僕はその手筋を進めていた。途中で僕の手駒をたくさん犠牲にするから、もしクイーンを捨て駒にされたら敗戦は必至。
だけど、僕の指し手に彼女がどう対応するのか見てみたいという好奇心には勝てなかった。
彼女は、突然の猛攻に最初は冷静な駒運びで応じていたが、僕が「チェック」と言って指した手を見て表情を凍り付かせ、深い考えに沈んだ。
ここでクイーンを盾にすればキングは逃げられる。だけど、それ以外の手を選択するとチェックメイトだ。
勝利か?騎士道か?彼女はどちらを選ぶのか?
僕は息を飲んで彼女の選択を待った。
「ぐっ!」彼女はうめくような声をあげ、それから右手をブルブル震わせ始めた。
その震えた右手が掴んだ駒は…クイーンだった。
それを僕のナイトと自分のキングの間に盾にするように置いた。
勝利のためにクイーンを捨て駒にした!!
こうなると僕は投了するしかない。
彼女が駒から手を離すのを待ってから投了しようと居住まいを正すが、彼女はなかなか駒から手を離さない。
そのまま青い顔をしてガタガタと震え出し、そして小さな声で「リザイン…」とつぶやいた。
えっ?投了ってこと?ここで?
そう思った瞬間に、会場は観客による割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。
その音にビクッと驚いていると、対局相手の彼女は既に席を立ち、僕に背中を向けている。盤上では彼女のクイーンが倒れていた…。




