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第37話 記者会見での求婚

 帝国チェス選手権決勝の前日、僕はフラッシュの光に照らされながら、白いクロスがかけられた長机の前に座っていた。


 決勝前日恒例の記者会見である。


 まるでタイトル戦の挑戦者になったみたいだ。 


 チェスと将棋の違いがあるとはいえ、子どもの頃からの夢が叶った!

 そんな高揚感を覚えながらチラリと左をみると、並んで座ったソチアーノは無表情のままだ。


「それではグランドマスター・ソチアーノ卿におうかがいします。11歳のマスター・カガミが決勝に進出し、グランドマスターが保持されていた決勝進出の最年少記録が破られたわけですが、その感想をお聞かせください。」


 彼女はどう答えてくれる?

 ここまで来た僕のことを少しは認めてくれるのかな?


 しかし彼女の答えは、まったく期待外れのものだった。


「私は、12歳で決勝進出するだけでなく、そこで勝ってグランドマスターになりました。マスター・カガミは幸運にも決勝進出の最年少記録を作りましたが、あの指し方ではグランドマスターの最年少記録は破れないでしょう。残念です。」


「それは、マスター・カガミがグランドマスターに勝つ可能性はないということでしょうか?」


「はい。万に一つもありません。私とこの子ではチェスの質が違いますから。」


 眉ひとつ動かさず、当然のことのようにそう言い放つ彼女の顔を見ていると、カチンと来た。


 実を言うと、今日までに僕の心境はだいぶ変化していた。


 最初はソチアーノのことをただ厭味ったらしい、憎らしいやつとしか思っていなかった。


 だけど、今では彼女の才能と功績に対して尊敬する気持ちも抱いている。


 だから、この場でも「偉大なるグランドマスターの胸を借りて全力を尽くそうと思います」と敬意を示そうと思ってたけど、今の言葉で気が変わった。そっちがケンカを売る気なら買ってやる!


「マスター・カガミ、決勝への抱負を教えてください。」


「僕の中には彼女に勝つイメージしかありません。」


 僕の一言に記者たちがざわめいた。


「なるほど、じゃあもしグランドマスターになれたらどうしますか?」


 記者の言葉に、僕は息を吸って少し黙った。それから横目でチラリとソチアーノの方に視線を送ったが、彼女は真顔のままで静かに目を閉じていた。


「先ほど、万に一つも僕が勝つ可能性はないと言ってた人がいましたけど、その言葉の責任を取って欲しいですね。もし僕が決勝で勝ったら、彼女はどう責任を取るつもりなんでしょうか?ぜひ聞かせて欲しいです。」


 僕が少し煽り気味にそう言うとまた記者達が大きくどよめき、それから僕の隣に座る彼女に視線が集まった。


 彼女は表情を動かさず、静かに目を開けた。


「わたしが長年の修練で築き上げたチェスが、この子の、勝つために手段を選ばない邪道なチェスに負けることは万に一つもありません。もしわたしが負けたら、この子の頼みを何でも聞いてあげます。」


 彼女の断固とした口調に、記者たちはざわめきを通り越し喧騒といっていいほどざわめいた。


 僕も面食らった。ちょっとした意地悪な気持ちで言ったのに、そこまで言うとは…。


「マスター・カガミ、それではもし決勝で勝ったら、グランドマスター・ソチアーノ卿に何を望みますか?」


 続いた記者の質問に僕は少し考え込んだ。


 すぐに頭に浮かんだのは、公園の賭けチェス仲間に謝って欲しいという要望だった。


 だけどそれじゃつまらない。

 もっと話題になるようなインパクトのある要求をして、ソチアーノが後に引けないようにしたい…。


「…マスター・カガミ?」


 記者に回答を促された時、僕の頭にあるアイデアが閃いた。

 これならきっと話題になって、ソチアーノを追い込める!!


「じゃあ、僕が勝ったら結婚してください、ソーニャ!」


 僕の一言に、彼女はさすがに仰天したようだ。

 ガタリと音を立てて椅子から立ち上がり、それから目を剥いて睨みつけてきた。


「わたしをソーニャと呼んでいいのは、家族だけよ!!」


「じゃあ、問題ないですね。もう僕と結婚して、家族になることは決まったようなもんですから。ソーニャ!」


 無邪気さを装いながら笑い返すと、彼女は鼻白み、記者会見会場は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。


 よしっ、これで一矢を報いることができた。

 この時はそんな程度に考えていた。


 しかし、次の日の朝、新聞を見て驚いた。


『挑戦者カガミ、ソチアーノ卿に求婚!勝利すれば結婚へ!!』


 どの新聞も一面にそんな見出しが躍っている。


 しかも徒歩で会場入りしようとすると、会う人会う人から「頑張れ!」「結婚できるといいな!」と声を掛けられ、口笛を吹かれたりした。


 会場に近づくともっと驚いた。

 会場は帝国で最も大きい恩賜帝国劇場の大ホール。 

 2万人は入れると聞いているが、その何倍もの群衆が帝国劇場に入り切れず、その周りに集まっていた。


 しかも、会場入りしようとする僕の姿に気づくと「カガミ!カガミ!」と声を合わせたコールが始まった。


 これはいける!バズッた!

 しかもみんな僕の勝ちを望んでくれてる。


 完全に場の雰囲気を僕の味方に付けることに成功した!


 拍手と歓声に後押しされ、観衆に手を振りながら高揚した気持ちで会場入りすると、タイミング悪くソチアーノも会場入りしたところで、鉢合わせしてしまった。


「相変わらず、なりふり構わず勝てばいいって邪道な策略をとるわね。その年でそんな風になっちゃうなんて、親の顔が見てみたいわ」軽蔑するような冷たい視線で言葉にも皮肉がこもっている。


「ごめんなさい。結婚するならご紹介すべきなんでしょうけど、両親はこの世界にはいません。」


 両親は現世で健在だけど、別世界だから会えないという意味でそう答えた。


 しかし、彼女は冷たい表情をさっと一変させた。


「ご、ごめんなさい…。私、ご両親が亡くなっていることを知らなくて…。」


 一気にしゅんとなって頭を下げる彼女の姿を見て拍子抜けをした。

 ずっと高慢な女だと思ってたけど、実は違うのかもしれない。


 いや、勝負事の前にそんな情けを持っちゃいけない。


 頬を平手でパンッと叩いて気合を入れ直し決勝の対戦会場に向かった。


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