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第36話 対局したい!

 モスコー市ジュニア選手権で優勝してから3か月後、僕は久しぶりに平和祈念公園のチェス対局場に来ていた。


 季節は冬になり、すっかり冷え込んで芝生には雪も積もっているけど、チェス愛好家達はコート、手袋、帽子などでフル装備しながら、零下にもなる寒空の下、今日も熱戦を繰り広げている。


「おおっ!カガミじゃないか!」


 僕の姿に気づいた海坊主おじさんが声をあげると、他の人たちも、対局者すらも対局の手を止めて一斉に僕の周りに集まって来た。


「お久しぶりです。忙しくてなかなか顔を出せなくてすみません。」


「気にすんなって!いつも新聞で活躍を追っかけてるからさ!それよりおめでとう!シニアのモスコー市選手権でも優勝したって?いや、まさか公園の賭けチェス仲間だったお前がそんなに強かったとはな~!」


「はい…。ありがとうございます。」


「まったくお前は俺たちの誇りだぜ。」


「はい。頑張ります。」


 ずっと足が遠のいていたのに、変わらず仲間として迎え入れてくれるみんなの優しさがむしろ心苦しい。


 僕はジュニアチェス選手権で優勝した直後から、公園での賭けチェスを止め、一般のチェスの大会に可能な限りエントリーし、そこで優勝を重ねていた。


 大会で優勝すれば賞金がもらえるけど、それだけが目当てじゃない。


 ジュニアチェス選手権で、絶対王者であるソチアーノから僕のチェスに品格がないと酷評されて、それがずっと引っかかっている。


 チェスには対局者の人格が顕れる?僕の指し手には品格が感じられない?


 現世でもそんなことを言う人はいた。

 ただ、それは勝てなくなった人の負け惜しみだったと思う。

 もう実力では勝てないからこそ、勝ち負けじゃなくて、品格とか棋士道とか精神面をごちゃごちゃ言って、自分より強い相手にいちゃもんをつけてプライドを守ろうとするのに必死。

 そんな奴はごまんといた。


 チェスも将棋も勝負事なのだ。だから僕は、どうやって勝つかしか考えていなかった。

 今でもそれが当たり前だと思っている。


 あの女だってきっと同じだろう。

 僕に勝てる気がしないから、僕のチェスが邪道だとか品性がないとかいちゃもんを付けて勝負を避けたに違いない。


 よしっ、じゃああいつを絶対逃げられない場所に追い込んでやろう。

 同じ大会に参加して、同じ土俵で戦って、勝敗という明らかな結果を突き付けてやる。


 そう思って片っ端から大会に参加した。


 だけど、彼女はどの大会にも参加してこなかったので、まだ対戦の夢は叶っていない。


 でも、それも来月までだ…。


「そういえば、カガミは次はどの大会に出るんだ?」


 海坊主おじさんが僕の頭をポンと叩いた拍子に、僕は我に返った。


「次は帝国チェス選手権にエントリーしてます。」


 そう言った瞬間、僕を取り巻いた仲間たちが、わっと歓声をあげた。


「すごいじゃないか!!俺たちの仲間からマスターが出るのか!」


「俺、カガミと対戦して何回か勝ったことあるよ!!すげ~っ、俺、マスターに勝ったんだ!!」


 4年に1度だけ開かれる帝国チェス選手権。

 それは僕が参加している小さな大会とはわけが違う。


 モスコー市だけではなく、広い帝国全土から各地方のチャンピオン達が集まり、真のチャンピオンを決める、現世で言えばオリンピック級の大イベント。


 出場できるだけでもマスターと呼ばれる名誉を得られるけど、優勝するとグランドマスターの称号が与えられる。


 しかもグランドマスターは皇帝のチェスの相手を務めるという栄誉に浴することができる。


 ちなみに優勝賞金は金貨500枚だ。


 ただ、僕の関心はもはやそんな名誉や金銭にはない。

 この帝国チェス選手権の前回優勝者はあのソチアーノ。しかも3連覇している。


 だからこの大会だけは絶対にエントリーしてくるはずだ。

 願わくばトーナメントのどこかで彼女と対戦し、僕が連覇を止めてやればきっと吠え面をかくに違いない!!


 その一心から、僕は大会で優勝を重ね、レーティングを上げて帝国チェス選手権の出場資格を獲得したのだ。


「いやはや、お前さんは天才だな。この公園からまたマスターが誕生するなんて…。ソーニャ以来だ…。」


 仲間に祝福され、いい気分になっていると、白いひげの杖をついたおじいさんが近寄って来た。


 このおじいさんは、自分では対局しないけど、雨の日も雪の日も毎日公園にやって来ては、微動だにせず賭けチェスを観戦し続けるこの公園の名物だ。


「ありがとうございます……というか、ソーニャ以来って、この公園出身で帝国チェス選手権に出場した人が過去にもいたんですか?」


「そうじゃよ…。ソーニャは父親に連れられて、よくここで対局していたもんじゃ。ほれ、ちょうどあの椅子が彼女の指定席でな。儂もまだ若かったから1回だけ指してもらったことがあるが、簡単にひねられてしまってのう。」おじいさんは機嫌良さそうにフォッフォッフォッと笑った。


「へえ~。そのソーニャさんは今どうしてるんですか?」


「うん?お前さんも知ってるじゃろ。お前さんくらいの年で帝国チェス選手権で優勝して、それからずっと勝ち続けておる……。ある日からぷっつりと来なくなってしまったが、あの偉大なグランドマスターがこの公園の出身というのは儂らの誇りじゃ…。」


 おじいさんの言葉に急に気分が悪くなった。ソーニャとは、つまりソチアーノのことに違いない。


 あの女もここでチェスを指してたのか?


 だったら、僕に邪道だとか品性がないとか言う資格なんてないじゃないか!


 しかも自分を育ててくれた場所を否定するようなこと言って!!あいつこそ品性のかけらもない!


 またソチアーノへの怒りがふつふつと湧いてきた。


「じゃあ、彼女も僕と同じですね。彼女も賭けチェス出身だったんだ~。」


 思わず皮肉っぽい口調で漏らすと、おじいさんは首を横に振った。


「いや、彼女は賭けチェスはせなんだよ。ここで対戦していただけじゃ。あの子が指し始めるとみんなこぞって見学に言ったもんじゃ。あの子の指し手は独創的で、駒が光って見えた。儂も対局した時は、まるですべてを見通す神と対局しているのかと錯覚して、恍惚としてしまったわい。」


 懐かしそうな顔をするおじいさんに、僕はしらけて「ふ~ん」としか言えなかった。

 だけど、同時にソーニャの指し手に俄然興味が湧いてきた。


 確かに対局するなら棋譜を見ておいた方がいいかもしれない。


 僕は公園の隣の図書館へ足を向けた。



 ロマーニャ皇帝杯帝国チェス選手権の初日。


 僕はトーナメント表を見て驚愕し、それから絶望した。


「パラマス形式だ…。」


 パラマス形式とは、参加者がそれぞれ平等に1回戦からトーナメントを戦う形式ではなく、参加者に序列が付けられ、まずは最も序列の低い者同士が対戦し、それに勝ち上がると次に序列が低い者と対戦する方式。


 平たく言えば序列1位のソチアーノは決勝だけ戦えばよく、序列最下位の僕は9回勝ち抜かなければ決勝には進出できないという不平等なトーナメント形式なのだ。


 普通のトーナメントだったら、クジ運次第で早い段階でソチアーノと対戦できたのに……。


 ガックリ来て一瞬だけ天を仰いだけど、すぐに気を取り直した。


 いや、何を落ち込んでいるんだ!!


 これはつまり、決勝まで行けば間違いなく彼女と対戦できるってことだ。しかも、決勝は11番勝負!思う存分彼女と対局できるじゃないか!!


 こうして僕は再び闘志を燃やした。


 帝国チェス選手権決勝の対戦相手は、みんな各地方のチャンピオン。これまでの大会にいた有象無象とは段違いに強かった。


 でも、ソチアーノと対戦したい!!


 その岩にもかじりつくような一念で僕は勝ち抜き、とうとう決勝進出に成功した。


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