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第34話 帝国での出会い

 あれはサザランド公国に転生してから1年後の秋だった。

 僕は外交使節団の随員としてルーシー帝国の首府モスコーに派遣されていた。


 公国の王位継承争いに決着を付けた十一月の政変を契機として、公王女シルビアと帝国皇族の縁談は順調に進み、来春、帝国で結婚式が執り行われることも決定した。


 その結婚式の準備のために帝国へ特使が派遣されることも決まりその随員に僕が潜り込んだ形だ。


 ただ随員といえ僕にはやることがない。

 結婚式の準備は、特使である秘書長官とシルビアの侍女が取り仕切っている。見た目が子どもの僕に割り振られる仕事なんてなく、毎日ブラブラするしかない。


 そんな気楽な日々を過ごしていると、早くも特使や大使館員から白い眼で見られ始めた。猫の手も借りたいくらい忙しいのに、貴重な随員の枠の一つを僕のような子どもが埋めていることに不満があるようだ。


 針のムシロ状態の大使館に居づらくなって、「市中視察をする」といって飛び出してきた。だけど時間を潰せる場所がない。


 アリシアからは「帝国の現状をその目で見て報告しろ」と密命を受けている。だけど、先立つものがなければ、それも難しい。


 コネがないから、誰でも入れる公共施設を見て回るしかないけど、博物館とかは有料だし、あちこち移動するにも交通費は必要だ。


 だけど、僕のポケットには銅貨がたったの5枚しか入っていない。


 これぽっちじゃあ、今日のお昼ご飯のパンを買うのにも心もとない。


 どうしたもんか…。こっそりアルバイトでもしようかな…。


 仕方ないので、モスコーの中心地にある広大な平和祈念公園をゆっくり散歩することにした。


「なになに?『この平和祈念公園は、サザランド公国との十年戦争における空襲での5万人の戦災犠牲者の魂を鎮魂するため、ロマーニャフ皇帝の恩寵により、戦災により焼失した民家の焼け跡の一部を買い上げ、建設されたものである』だって、へぇ~!!」


 公園の入口にある石碑の文字を読み上げ、思わず感嘆の声を漏らしてしまった。


 てっきり、侵略戦争では、帝国からサザランド公国に一方的に攻め込まれたものとばかり思ってたけど、帝国の首府の一部が戦災で焼失するくらい攻め返してたんだ!!アリシアの武勇伝の中では、そんな話まったく出て来なかったけどな~。


 関心を引かれながら公園の中に入ると、思いのほか広く立派だった。大きな噴水を中心として四面の芝生の広場があり、それぞれが向こう側が霞むくらい広い。


 これが全部民家だったとすれば、いったい何区画が戦災で焼けたんだろう?5万人の犠牲者というのも大げさじゃないかもしれない。


 感心しながらゆっくりとあたりを見回しながら歩いていると、僕はある光景に目を奪われた。


 通路の先の少し開けた広場に、小さな正方形の木のテーブルが何十台と並べられ、それぞれ二人ずつ向かい合って座り、交互に駒を動かしている。


 あれはチェスだ!!


 ざっと目算しても100人近い人がチェスの対局をしていて、しかもその周りを見物客や次の対局を待つ人たちが取り囲んでいる。


 僕は、かつて奨励会でプロの将棋棋士を目指していた頃、チェスも趣味として嗜んでいた。


 いや、趣味として嗜むなんて生易しいものじゃない。奨励会には負けず嫌いのゲーム好きが揃っている。僕だってそうだ。趣味のチェスだって負けたくない。


 僕は本業の将棋そっちのけでチェスの研究に勤しみ、得意の記憶力を生かしてチェスの戦術を頭に入れた。


 将棋では敵わないプロ棋士や奨励会員を相手にしても、チェスなら絶対に負けなかった。アマチュアの大会で優勝したこともある。


 まあ、こんなことしてたから、プロの将棋棋士になれなかったのかもしれないけど…。


 異国、しかも異世界でチェスに出会えて、僕の血が騒いだ。

 ざっと見て回ったけど、どうやらルールは同じ。しかもこの国のチェスのレベルは高くないようだ。ここにいる相手だったら、全員、赤子の手をひねるようなもんだ…。


 その時、端の方に陣取る異質な空気の集団が目に入った。

 駒を動かす対局者の表情はひときわ険しい。

 しかもそれを取り囲んで観戦するおじさん達の顔も生活がかかっているかのように真剣だ。

 あそこだけ近づきがたい迫力がある。


 気になって、群衆の間から対局をじっと見ているとちょうど一組対局が終わったところだった。


 負けたおじさんがテーブルの下で何かを差し出し、勝ったおじさんは仏頂面のまま、さっとそれを奪い取った。


 間違いない。あれはお金だ!あそこでは『真剣』、つまり賭けチェスをしてる!!


 その瞬間、僕の頭に閃くものを感じ、左のポケットに入れた硬貨を叩いて一歩踏み出した。


「次は僕と指してよ。」


 対局で負けたおじさんが席を立つや否や、素早くその席に滑り込んだ。チェス盤を挟んだ先では、さっき勝った方のおじさんが顔をしかめている。


「そこをどきな!俺たちは遊びで指してるわけじゃねえんだ!!」


 手をシッシッとフリながら凄むおじさんにひるまず、僕は「わかってるって」と言ってチェス盤の横に銅貨5枚を積んだ。


「そんなはした金で指せるか!10年後に出直して来な!!」


「いや、5分で終わるから。お願いします。」


 僕が粘って手を合わせていると、後ろから「指してやれよ!」という声が響いてきた。

 振り返ると筋肉質でスキンヘッドの海坊主みたいなおじさんが腕組みをして立っていた。ぱっと見、工事現場の親方のような風格がある。


「さっさと指して大人の世界の厳しさを見せつけてやれよ!坊主も覚悟の上だろ。なあっ!」


 海坊主おじさんの一喝に、僕と向かいに座るおじさんはしぶしぶうなずき、静かに対局が始まった。


 早く終わらせたいのか、対局相手は慌ただしく駒を進めてくる。僕もそのスピードに合わせて素早く駒を進めた。


「チェックメイト!!」


 僕の言葉に対戦相手のおじさんは顔を引き攣らせた。

 一瞬遅れて周囲から、おぉ~っというどよめきが聞こえる。気づけば海坊主のおじさんだけじゃなく、たくさんの強面たちが僕たちを取り巻いている。


「つ、強いな~。おじさん、勉強になったよ。じゃあ、おじさんは用事を思い出したから…。」


「ちょっと待って!賭け金は?」


 相手がお金を払わないまま、そそくさと立ち上がったので呼び止めると、その相手は「いや、賭け事は違法だから。だめだよ~」とごまかして逃げようとした。


 僕が「待てよ!」と口を開こうとした瞬間だった。


「おいっ、お前は負けたんだ!ちゃんと払えよ!」


 怒声に驚き僕が目を閉じて首をすくめ、それからおそるおそる目を開けると、海坊主おじさんが対戦相手の肩を掴んでいた。すっかり怯えた対戦相手は震える手で財布から銅貨を取り出して手渡し、そのまま一目散に駆け去った。


「ほれ。お前のだ。手を出せ。」


 僕が差し出した手のひらの上に、5枚の銅貨が落ちて来た。


 やった!うまくいった!これなら僕でも稼げるぞ。


 成功に味をしめた僕は、それから毎日、公園に通い賭けチェスをした。


 僕が子どもの姿をしているから、勝ってもごまかされたり、凄んで踏み倒そうとされることはしょっちゅうだったけど、海坊主おじさんが僕を気に入って後ろ盾になってくれたおかげで、次第にそんなトラブルもなくなり順調にお金を増やすことができた。


 そんな感じで調子に乗ってたある日のことだった。


「チェックメイト!」


「あ~っ、やっちゃった~。」


 対戦相手の喜色満面な様子を見ながら、僕は頭を抱える…フリをした。


 この対局で負けたのは計算通り。


 賭けチェスで大事なことは勝ち過ぎないこと。

 この公園にたむろっているおじさんたちだったら、無双して連勝するのは簡単だけど、そうすると僕が強いと噂が広まって対戦相手がいなくなる。


 だから、3戦したら必ず2勝1敗にする。しかも勝つ時は必ず一手差でギリギリ勝ち、負ける時は大敗することにしている。

 力の差があるから、こんな調整も楽勝だ。


 そうすることで、相手はあと一歩で勝てるかもしれないと思い、再戦を受けてくれる。

 それで、勝ったり負けたりしながらどんどん賭け金を吊り上げて、最後に総取りするのが僕の勝ちパターン。


「しょうがない、これ約束の…。」


 僕は銀貨1枚を握った右手を差し出した。この銀貨は必要な投資。

 すぐに次の対局で倍にして取り返してやろう。そう思いながら、握った拳を開こうとした時だった。


 唐突に頭の上から「待ちなさい!!」という声が降ってきて僕の右手首が掴まれた。


 驚いて顔を上げると、怒りをたたえたエメラルドの瞳とぶつかった。


 これが僕とソチアーノー・スワロフスキーこと、ソーニャとの初めて出会いだった。


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