第32話 プロローグ(第3章)
月、木、土の18時更新 本日のみ3話更新
どれだけの時間、あの暗く、息苦しい洞穴の中でもがいただろう。
滑り落ちそうになるのを、斜面にしがみついて必死でこらえながら、行く手を遮る土砂を短剣でひたすら掘ってはよじ登り、また掘ってはよじ登ることを何度も繰り返し、ようやく洞穴の外まで掘り抜けた。
掘り抜いた瞬間、フワッと土と草の匂いがした。
新鮮な空気を吸えるのは何時間ぶりだろうか?思わず肺いっぱいに空気を吸い込む。
いつの間にか日が暮れていたようだ。
月明りもない暗闇のせいで周囲の様子はまったくわからない。ギャーギャーと気味悪く鳴く鳥の声が聞こえてくる。
暗闇の中にいきなり飛び出すのは危険だ。そう考えて洞穴の入口で外の様子を窺っていると、ふっと意識が遠のいた。
次に目を開けた時は、もう東の空が白み始めていた。
太陽の光で体を暖め、思い切って立ち上がると体の節々が痛い。
生き埋めになってから何時間も身を縮めていたし、手で岩や土を必死で掻いたから、指から爪が剥がれてボロボロ。洞穴を転落した時の打撲もある。
せめて思いっきり身体を伸ばしたい。
そう思った瞬間に気づいた。もしかしたらまだ周りにあいつらがいるかもしれない。
警戒して、また身を縮め、茂みの陰に隠れるように頭を低くする。
このあたりはモンスターが出ると聞いている。でも、アリシアが狩り尽くしたはずだ。だからそっちは心配していない。
問題は、僕たちを殺そうとしたあいつのことだ。
あの爆発、それから落盤…。
あいつは、きっと僕たちが洞穴に生き埋めになって死んだと思っているだろう。でも油断はならない。この後、死体を確認しに来て、念入りにとどめを刺すかもしれない。
僕は、崩壊した暗い洞穴の奥深くで、一人で絶命してしまったであろう彼女のことを思い出し胸が痛んだ。暗闇の底から響いてきた彼女の最期の言葉は今も耳に残っている。
ずっと右手で握りしめていた短剣を見つめた。彼女の形見。
彼女の瞳と同じエメラルドが埋め込まれたその短剣は、朝日に照らされキラキラと光っている。
なんで彼女をあの暗闇の底へ置いてきてしまったんだ?なんで僕は一緒に死ななかったんだ?
どうして僕だけ生き残ってしまったんだ!
なんで彼女を見捨ててのうのうと生き延びているんだ!!
僕に生きている資格はない!!
思わず、衝動的にその短剣を思いっきり僕の胸に突き立てた。
胸に鋭い痛みが走った。だけどその短剣では僕の胸は貫けなかった。
よく見ると刃の先が丸くなっている。
生き埋めになった洞穴で土砂を掘り進むのに使ったから、刃が欠けてしまったのだろう…。
その瞬間、胸の奥から言い表せない感情がこみあげて来た。
この短剣の主、ソーニャは、僕を助けるために家宝の短剣を託してくれた。
彼女の想いとともに…。僕は死ぬべきじゃない。苦しんでも彼女の遺志を継ぐべきだ。
帝国と公国の戦争を止めるという彼女の遺志を。
この命を懸けてもその彼女の遺志を成し遂げよう。 僕にすべてを託して自ら捨て駒になることを選択した彼女の遺志を…。
そのためにはどんな汚名も、苦難も甘んじて受け入れてやる。
彼女の形見である短剣をぐっと握りしめると、ゆっくりと静かに立ち上がり、朝日を背に一歩踏み出した。
このまま西へ進めばきっと辿り着けるだろう。彼女の故郷、帝国へと…。




