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第31話 カガミの後始末

 僕は、徒歩と駅馬車を乗り継ぎ、10日以上かけて首府パリスまでたどり着くと、その足で宮廷に向かった。


 女官詰め所に足を踏み入れると、部屋の空気がサッと変わった。

 周囲からの差すような視線が痛い。


 それはそうだろう。先日までは王子の婚約者として我が世の春だったのに、公衆の面前で婚約破棄され姿をくらましてしまった女の秘書官。


 腫物を触るような扱い、いや明確に疎まれている。


 近くの女官に声を掛け、王妃様にお手紙を持ってきたと伝えると、目も合わせてもらえず、冷たく廊下で待つように言われた。


 そういえばジャンヌの机が無くなっていた。


 あの後、王子とうまくいって女官から婚約者に格上げになったのか、それとも婚約破棄騒動の責任を取らされて職場を追われたのか…。できれば前者であって欲しい。


 そんなことを考えながら廊下でぼんやりと佇んでいると、急に後ろから声を掛けられた。


「カガミ秘書官殿、お待たせいたしました。ティールームへお移りください。」


 懐かしい声に振り返ると、そこには、あのジャンヌが立っていた。

 よかった。少なくとも職場から追い出されたわけではないらしい。


 あのダンスパーティーの後、どうなったのか聞きたかったけど、ジャンヌは僕と目も合わせないまま、すぐに顔を背け、先導するように廊下を早足で歩き始めた。


 取りつく島がないというのはこういうことを言うのだろうか。


 演技だったとはいえ、ジャンヌはアリシアにさんざん嫉妬の感情を向けられ、罵られたのだ。僕に対しても悪感情を持っていても不思議じゃない。


 ドレスの隙間から見えるジャンヌの真っ白な背中を見ながら、あんなに仲良くしていたジャンヌに嫌われてしまったことに寂しさを覚えていると、彼女は見覚えのある部屋の前で足を止め、扉を開けた。


 ここはジャンヌと初めて会ったティールームの控えの間。魔道具との出会いもここだったな。


 懐かしく思いながら控えの間の方へ足を向けかけると、「秘書官殿、今日はこちらへお越しください」と声を掛けられた。ジャンヌはティールームの方へ手を差し出している。


 王族や貴族しか立ち入ることが許されていないティールーム。もちろん僕は、いつも控えの間にいて、その中を覗いたことすらない。


 躊躇っていると、「もう既にお待ちですので」と言われ、急かされるように未知の部屋へと足を踏み入れた。


 初めて入ったティールームは思ったほど豪華ではなかった。


 巨大な一枚板で作られたローテーブルや革張りのソファは高級そうであるけど、壁に描かれた絵も床の絨毯も控えの間と大きな違いはない。ちょっと高級なホテルのスイートルームといった感じだろうか。


 それよりも部屋の正面に座っている女性の姿に目を奪われた。彼女は黒髪に黒い瞳、肌は白いけど、アリシアやジャンヌのようなミルクのような白さとは違う。むしろ僕の肌の色に近い…。


「お初にお目にかかります。カオリと申します。」


 その女性は立ち上がり、腰をお腹の前に組んで腰を曲げた。


 僕は慌てて最敬礼する。この声は聞き覚えがある。

 間違いないこのお方は王妃様だ。


 王国で最も高貴なこのお方と対面できるのは、高位の貴族に限られている。

 無位無官の僕に王妃様が自ら会ってくださるなんて、いったいどうして…。


「カガミ様はこちらにお座りください。」


 ジャンヌの声に考えを中断され、僕は案内されて王妃様の向かいの椅子に座った。


 すぐにローテーブルに茶器とクッキーやスコーンが乗ったお皿が運ばれてきた。スコーンにはホイップクリームも添えられている。


 これはいかにもおいしそうだ。だけど恐縮して手を付ける気になれない…。


「カガミ殿には、アンリとそこのジャンヌが大変お世話になったそうで。」


ハッとして顔を上げると、王妃様は口元こそ笑っていたが、その切れ長の目の眼光は鋭かった。


「こ、この度は、わが主君のアリシアがとんだ無礼を働いてしまい、王妃様並びに王子殿下には何と申し上げてよいか…。アリシアが王妃様に謝罪すべく親書をしたためましたので、それをお納めいただきたく…。」


 慌てて懐からアリシアの親書を差し出した。

 口上は考えていたけど、まさか王妃様が直接謁見してくれるなんて思っていなかったから、たどたどしくしか言えないのがもどかしい。


「これは後で読ませていただきます。でも、私にはわかっていますよ。あなたが条約交渉を有利に進めるためにアンリに気を持たせて、アリシアと仲睦まじい姿を官吏や議員に見せつけたことも、いざ条約に署名したら、帰国するのに邪魔になったからと、そこのジャンヌとの醜聞を仕組んでアンリから婚約破棄を破棄させるよう仕向けたことも。すべてカガミ殿の謀り事だったのですね。」


「えっ、あっ、いや……僕、子どもだからよくわからないな~。えへっ。」


 王妃様の鋭い眼光に動揺し、パニックになって思わずわけのわからないことを言ってしまった。

 おそるおそる王妃様の顔を盗み見ると、意外にも王妃様は穏やかに微笑んでいた。


「いいのです。あの件はアンリも悪かったのですから。ああ、それに婚約の件は、カガミ殿ではなくユーキ殿の謀り事でしたね。そうだとしても周囲の無責任な言葉に唆され、英雄への憧れからあんなことをしたアンリが愚かであることは変わりありません…。すぐそばにこんなにもアンリのことを想ってくれている素敵な方がいるのに。ねえ、ジャンヌ。」


 突然話を振られたジャンヌは、頬を赤らめてうつむく。


「ただ、アンリは私のかわいい息子。その気持ちを利用するのはいただけなかったわね。だから私もつい意地悪半分で、すぐに婚約を裁可するなんて言ってしまった。だからアリシアが、正直に結婚したくない公国へ帰りたいと言ってくれれば、すぐにそれを許したのにね…。」


「申し訳ありません、子どもの浅知恵で恥ずかしい限りです…。」


 僕も頬を赤らめてうつむく。そんな様子がおかしかったのか、王妃様は手を口に当ててコロコロと笑い出した。


「いいのよ。私も楽しかったわ。それに結果的に収まるところに収まったわけですしね…フフフッ…。」


 王妃様は笑い続けているが、僕は黙って俯くしかできない。


 僕が恐縮して縮こまっていると、王妃様は表情を引き締めた。


「アリシアは、私の恩人であるテレサの忘れ形見。テレサは、私がこの世界に突然放り出されて森で途方に暮れている時に助けてくれて、それからずっと妹のようにかわいがってくれた。私は摂政である以上、政治のことには口を出せないけど、こんな茶番に乗ってあげることでテレサの恩に報いられるなら、お安い御用よ。」


 なんと!!


 この方はすべてお見通しで、結局、僕たちはこの人の手のひらの上で踊らされていたということか…。


 それにさっきからずっと引っかかっていることがある。王妃様の容姿も、森で迷っていたことも…。


「僕も森の中でアリシア様に助けられました。渓谷で足を滑らせて転落して、気づいたらこの世界にいました。王妃様ももしかして…。」


 王妃様は僕の言葉の途中でひとさし指を立てて遮った。


「私はこの国の王妃。この国の民の代表としてこの国に尽くし、この国のために死ななければならない。だから私は他のどこでもない、この王国の生まれですよ。」


 王妃様の細い眼がキラリと光り、僕はそれ以上何も言えなくなった。


「フフッ…言った意味がちゃんとわかったみたいね。おりこうさん。さあ、あなたも公国へ帰ってアリシアを助けてあげて。今回のことは何も心配はいらないわ。アリシア公は無事に任務を果たし王国との間で条約を結ぶことに成功した、王国はその威信にかけて、条約で締結した約束を守る。これがあなたが聞きたかった言葉でしょ?欲張らずそれだけで満足なさい。」


「はい…ありがとうございます。」


 まったく何から何までお見通しだったか…。


 もう王妃様と会える機会はないだろう。もっと色々と話を聞いてみたかった。


 僕はゆっくりと立ち上がり、一礼すると、ゆっくりと振り返り控えの間につながる扉の方へ足を進めた。


「……もし、この世界で本当に困ったことがあったら知らせてきなさい。同じ世界で育った誼があるから…。」


 後ろから聞こえた言葉に驚き、振り向くと王妃様は既に席を立ち、反対側の扉から出て行くところだった。


 こうして僕の王国での1年近い生活は終わった。


 不安なことや不思議なことはいくつも残った。だけど、王国の文化に、魔道具、王妃様の深謀遠慮、学べたことはたくさんあった。


 これからは、王国で学んだことを生かして公国を豊かにすることに尽くそう。心の中でそう誓いながら、宮廷を出て、公国に向けた一歩を踏み出した。


王国編は本話で終了。第3章の公国内政編は、4月11日土曜18時に投稿します。一気に3話投稿です。

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