如月紫苑 -復讐を終える男の物語- 8話
これが地獄なのか・・・これが人の本性を体現したものなのか。車は燃え盛り、あらゆる街のガラスは散乱。そして人が殴り合い、殺し合うこの光景。本当に地獄みたいだ。なぜ殺し合う?お前ら・・・心を奪われたからってそんな容赦無く人を殺せるのか?お前らに本当に・・・心はあるのか?
* * *
今、クロス交差点のど真ん中。360度見渡しても、人々が争う姿ばかり。なぜ、こんなことを・・・
『おい!!!紫苑!!お前も来ていたのか!!』
久しぶりな声を聞いたような気がする。そこには、刀を手に俺のとこへと駆け寄る北村勝司。その握られた刀は血痕が残り、顔には煙が黒く染み付いていた。その姿を見る限り、事態が深刻なのは理解できる。まず、北村と合流できた上で目の前の状況を確認。
『これは怪物の仕業なんだよな?』
『そうに決まってる!!!』
『なら、心を奪っている本体を抑えないと犠牲者が増え続けるぞ!!』
『俺もその本体捜しに付き添う』
なら、辺りの人間の対処は気絶程度で済ませよう。そう、自分の中での計画を立てる。早速、前に現れた複数の怪物の被害者。
『なあ、勝司。目の前の奴らより捜すこと優先しろよ!!!』
『ああ!!!』
顔面に鞘の強烈な硬さが、骨の砕ける音と共に吹き飛ばす。さらに、相手の意識を切断するように、うなじや首筋へと鞘の角を打ち付ける。そんなことを繰り返せば、あっという間に目の前の相手をねじ伏せた。これらの群れが俺のとこへ向かってきたということは、発生源はこの建物からか。その付近へと目を凝らすと、かすかに黒幕らしきフード姿の女性が誰かの胸に手を添えている。あいつか・・・
『うわああああああああああ!!!』
悲痛の叫びと共に横からの攻撃が降りかかってくるが、桐島の瞬時なヘルプ対応に相手をテイクダウンさせる。だが、まだまだ敵はやってくる。
『紫苑さん!!!まだ来ますよ!!!』
なぜか俺たちに対する攻撃率が高いのか、俺、桐島そして北村を囲むように周囲には怪物の被害者が黄色の瞳を光らせている。
『さあ、どうする?紫苑』
北村の一言で、この状況は戦うことでしか打ち勝てないと直感が語りかける。仕方ない・・・
『ハアー。いっちょやるか!!』
黄色い瞳をした人々は奇声に近い叫び声を上げながら、一斉に俺たちへと押しかかる。手には、負の感情が生み出したナイフが武器として降りかかる。キレある動きで躱し、目の前に見える敵へと鞘を突き出す。さらに加速をつけるために、瞬間移動をみなぎらせる。さあ!!来い!!!風を切る素早さで、身を回転させる遠心力で、敵たちはドミノ倒しで、ねじ伏せる。
『慎也!!!』
『はい!!!』
次の攻撃。その名を呼ぶのを合図に、桐島慎也のとこへと全速力で駆け寄っていく。それで何をするのか察した桐島は、背中を丸めて土台の役割を果たす。その連携プレーを繋ぐべく、彼の背中へと跳躍力を込めた足を乗せて、この四分夜を誰よりも高く飛び立つ。
『勝司!!!』
予想される着地点には、怪物の被害者に取り囲まれ、全ての攻撃に対応しきれていない旧友・北村勝司の姿が。両膝を曲げた体勢と空中を舞い降りる過程で、彼の握る刀に目掛けて、自分の刀を鞘から解放する。次の瞬間、俺の刀と旧友の刀がぶつかり合う時、とてつもない衝撃波が全方位を駆け巡る。空中を舞う者もいれば、何メートル先へと身をとばされる者も。
だが、まだ立ち上がる怪物の被害者。あとは流れるように刀を振るのみ。俺と勝司は肩を並べて、目の前の敵を流れるようにテイクダウンしていく。顔面への拳、敵の体勢を崩すための足払い、地面を這いつくばる激痛を体のあらゆる部位に打ち込む。そして立ち位置から線を描いていくように、流れる刃先。その刀に触れていく被害者は次々と地面へとねじ伏せていく。肩は旧友に預けるように、背を向け合って繰り広げる阿吽の呼吸。最後は互いに拳を突き出して、目の前の相手をテイクダウン。その連携プレーは見事な効果を見せていた。
『何とか減らした方だろ!!』
『ああ!!!』
そう自然に流した視線の行き場に、フード姿の女が建物内へと入っていく。さっきの黒幕らしき人物だ。俺は、逃さない強い意志で、建物内へと入っていく彼女を追いかけた。
* * *
フード姿の女が入っていった建物内にて。
エスカレーターで駆け上がった先にはカフェエリア、そこから連なる道にはおしゃれな服屋さんが目に浮かんでいた。逃げることに精一杯だったのか、2階で隠れた残像を感じ取る。警戒心は高めながらも、治療できると信じて刀を塞いだ鞘で、相手の攻撃を待ち構える。
しばらく流れる沈黙。かれこれ5分は経っている。いつきてもおかしくない。それとも、敵は逃げてしまったのか?
何もないと思っていた現場の空気は、急に殺意を感じ取った勘に頼るように相手の攻撃を躱す。例のフード姿の女は、背後に隠れていたようだ。3、4歩の距離をとった先には、仮面姿の女が目に見えた。
『お前が、例の仮面グループか・・・子供を攫い、刑務所まで攻撃を仕掛けたのは・・・』
改めて聞くまでもないか。例の仮面で相手の表情は遮断されていることが何よりの証拠。
『お前らは何者だ?』
『・・・魂の復讐者・・・』
そっと呟いた一言。次に振りかぶる拳からは鼓膜を打ち破る勢いで俺に襲いかかる。瞬時に耳元を塞いだものも、脳裏にまで刺激される感覚に少し狼狽える。だが、相手の攻撃が収まるはずもない。今度は久しぶりに目にした黒の怪物が2メートルの高さで拳を振りかざす。あの筋肉質な体型に、象形文字のような暗号が刻まれた厚い皮膚。そして体からを放出し続けている火山灰のような粉末。まさに俺たちが戦ってきた奴らそのものだ。
図体が大きい分、厄介だ。上下に振りかぶってくる拳に見事躱していくも、連続性ある攻撃に追いつけない!!!油断と隙を与えた俺は、横腹に拳を喰らうと同時に放たれる衝撃波で身を投げ出される。その勢いは止まらず、マネキンを貫通し、あらゆるガラスと衝突した身は回転しながら、床へと着地する。もう投げ飛ばされるのはうんざりだ。ガラスの破片が皮膚にめり込んだのか、肌が露出していた腕は微かな痛みが身体中を駆け巡る。くそ!!!一方的なアタックに怒りの印として血管の筋が浮き出る。
今度は俺の番だ!!!
さらに加速して向かってくる黒の怪物の拳を低くした体勢で掻い潜り、反動を教え込んだ身体で、強烈な蹴りを顔面にお見舞いする。次に脚の跳躍力を活かし、宙を2、3回転しながら黒の怪物のうなじへと着地。大丈夫・・・黒の怪物自体は傷を付けても、本体の人間は死なないはずだ。そう鞘から日本刀を取り出す。トドメのチャンスはこの0点数秒の世界で決まる!!そう意を決して、横筋からスライスするように切り裂いた。首を断絶するように・・・その攻撃は、見事に的中。仮の姿をしていた怪物は埃のように散っていくと、生身の人間が中から出てきた。さあ、最後の仕留めだ。鞘を使って斜め切り、横切り、縦切りを連続的に、相手は横腹、右肩、脳天にダメージを受ける。追い討ちでテイクダウンさせる加速度で突きを腹部に放つ。その威力に女が地面へと手をつけるほど。腹部を押さえ込み、四つん這い状態に反撃の様子は見られない。そう直感が語りかける俺は、相手に問うてみた。
『教えろ、子供はどこに連れ去った?』
相変わらず、無反応な態度に仮面を引き剥がし、思い切り胸ぐらへと掴みかかる。仮面を引き剥がした先に映る彼女の表情は屍に近い真っ青な真顔しか見せなかった。中身なんてないような・・・それでも俺は内にあるはずの心へと必死に語りかけた。
『なあ、お前に聞いてんだよ!!!!』
『お前ももうすぐ失うよ。心を』
不気味なことを言い出す余裕があるのか?その本音はさらなる怒りを打ち上げる。
『はあ!?何を言って・・・』
なんだ!!!???なんか自分の内側が蝕まれていく・・・何が・・・起きているの?
気づけば、俺の胸に心を掴み取るような手の感触がしみじみと伝わる。なんで・・・闇に落ちていく感覚。そして、負の感情を引き起こすように悲しみ、恐怖、怒りに関連した記憶が一斉に脳内に蘇ってくる。特に連続的に蘇ってくる彼女、沙羅との死別。
『これでチェックメイトだ』
そう背後に現れたもう一人の仲間に俺は心を奪われた。
* * *
紫苑が入っていった建物はおそらくここだ。俺・桐島慎也は、先輩を追いかけるように2階へと駆け上がっていた。その階には戦闘を繰り広げていたと思われる痕跡が散乱した光景で伝わった。
『どうして・・・何が・・・』
そして1番に目に付いたのは、大量の血痕。それは向こうの道へと繋がるように滴っていた。
『紫苑さん!!!』
その血痕を追っていくたびに、聞こえてくる命乞いの声。だがその声は決して紫苑から発せられるものではなかった。やがてその声は大きさを増し、物陰から見えたのは、一人の死体。そして脚から大量の血が溢れ出ているもう一人の女。あのフードの女だ。全体像へと視野を広げるべく顔を出した先には、大量の血液が染み付いた刀を握りしめる紫苑の姿があった。思わず、俺は紫苑を止めるべく、物陰から彼の元へと走り出していく。決して、こんな残酷で乱暴なやり方をする人じゃないと分かっていたから。
『紫苑さん!!!何やってるんですか!?』
だが、俺に降りかかってきたのは、首を締め付ける手だった。身を宙へと上げられていく角度が大きくなると同時に、首に加わる力は意識を遠くへと引き連れていく。
『紫苑さん・・・』
だが、なぜこんなことをするのか俺には分かった。その黄色い瞳。紫苑さんも怪物の被害者となってしまった。
『邪魔をするな!!!』
そのまま、隣の店へと投げ飛ばされたことによる痛みより意識の回復に精一杯だった。だが、かすかに・・・声は・・・
『さあ、居場所を言え!!!』
『アイツらは、男性医師の自宅に囚われている!!!もう言ったから、殺さないで!!!』
荒れ狂う声はやがて涙声に。脚に貫通している刀による痛覚と目の前で失った仲間の死に、思わず女も耐えきれなかったようだ。その光景に、思わず仮面の仲間たちに同情してしまう。それを声として必死に解き放った。
『先輩・・・もうやめてあげて・・・』
俺も彼女の懇願に同意するが、その刀を収めることなく、そのまま心臓を一突き。涙声は鞘を抜いた鋭利な刃で、消え去った。意識は朦朧としているも、彼の黄色い瞳と非人道的な横顔は悪魔のそれだと俺の目は語っていた。




