如月紫苑 -復讐を終える男の物語-6話
『三浦大和さん・・』
『ここに来たってことは・・・よく気がついてくれましたね』
タオルで顔を覆う男性医師。少しでも地下水のドス黒い臭いに耐えるためだろう。 それにしても、あれに気づく香穂はすごいな。実は、あの男性医師に窓から飛び降りるように手渡された刀。鞘の部分に、同一化した紙が鞘の色と共に化けていたのだ。その張り付いていた紙に書かれた情報をさっき優花から電話で受け取り、ここに来たってわけだ。その紙には、集合場所、集合時間が記載されていた。よっぽど頭を使ったみたいだが、そうせざるを得ないくらい周りの人間を信用できないのか。そう新たな脅威に覚悟を決める。一方、三浦大和は、そわそわしている仕草で俺の後ろに佇む慎也を指差した。
『こちらの方は?』
『こいつは、過去の事件で収容されていた怪物狩り組織の桐島 慎也だ』
後輩を紹介すると、彼はゾッとした目元を曝け出した。特に"怪物狩りの組織"という言葉に過剰に警戒心が高いようだ。
『心配するな。最悪なことになれば、コイツは殺すから。それに収容されてたから、最近何が起きてるか知らねえだろ?』
そのまま、後ろにいる後輩の反応を伺う。予想通り、状況を呑み込めていない間抜け顔がお披露目できた。
『ほらな。それで・・・話ってなんだ?』
俺は、三浦大和が話したがる内容について振り切った。そこに今回の事件が関わってると信じて。
* * *
『大体状況はわかっていると思いますが、うちの娘・三浦香穂が狙われてるんです。怪物狩りの組織に・・・』
『それはなぜ?』
『なぜって・・・それは娘には心を奪われても、失った良心やポジティブな感情を自ら再生する力を持っているからです。そんなのバレたら、怪物狩りの組織なんて必要ないし、彼らに投資していた会社からお金を得ることができなくなる』
淡々と話す大和の話には翻弄される部分が多々あった。まあ、無理もない。今までの常識がひっくり返るようなことを告げているのだから。だがよくよく思い出せば確かに。最初に会った時より、笑顔で振る舞うことが増えている。とは言え、その真実に追いつけていない様子が桐島慎也の一言にも象徴されている。
『いやいや。これドッキリでしょ?番組の・・・ネタの』
地下水の臭いで、頭がやられたのか、おかしなことをブツブツ言い出した。それとも刑務所の狂人と暮らしたせいだろうか?だが、事実であることを教えるために、男性医師は鋭い眼差しを慎也に突き出す。その意志が伝わったのか、彼は何事もなかったかのように視線を逸らす。
『つまり、怪物狩りの組織は、金儲けのために治療法を隠してきた・・・と?殺す以外の方法はないという固定観念を植え付けることで?』
『そうです・・・』
一瞬フラッシュが光った後、目の前が真っ暗になった気分だった。真実が明かされたことに、胸の奥で引っかかっていた何かが外れたこの感覚。同時に、今までの戦いが無駄だったと・・・思い知らされた。だが、まだ謎なことが一つある。
『なぜ、俺は信用できると思った?』
そう問いを投げかけた瞬間、男性医師の大和は口をモゴモゴ動かすだけで、しばらく俺の質問に答えようとする様子が見られなかった。
『なあ、洗いざらい話してくれないと、これからどうすればいいか分からねえだろ?』
『君は、、、君の本当の両親は、俺たち三浦家なんだ。つまり、息子には本当の真実に気づいて欲しかったんだ』
触れられたくなかった"両親”の話。そのふざけた発言に、俺は三浦大和の胸ぐらを思い切り掴んでいた。
『如月さん!!!』
思い切った行動は、後輩に心配されるほどだった。だが、聞く耳を持たない。それくらい、拳に力が入る。
『どゆことだ?俺の両親は火事で死んだんだ・・・だから怪物狩りの隊長に引き渡された・・・』
一方、俺の鋭い目つきにも動じない三浦大和の瞳は本当だと物語っていた。それは嘘だと訴えるように・・・
* * *
全ては俺・如月紫苑の幼少期から始まった。これは怪物狩りの組織、24代隊長が亡くなった頃、何かが変わっていった。そう。25代隊長・貴島 裕平に変わってからだ。
『おい、三浦理央。話がある・・・』
25代貴島裕平に呼ばれたのは、三浦家の母であり私の妻、三浦理央だった。彼女の仕事は、心を失った被害者の治療がメインだった。そんな彼女はその男に呼ばれることに。
* * *
24代隊長の葬儀を終えた後、私・三浦大和は、妻に何があったのか聞いた。なぜかって・・・貴島裕平という男と話をしてから、妻の表情が暗く曇りきっている。
『どうした?理央?』
私の質問に、少しの間延びが生まれた。そして聞こえてきた一言が・・・
『もう、私たちいらないって・・・これから俺たちが怪物狩りをしていくって・・・』
『え!!でも、せっかくみんなでもできる治療法に専念してたじゃないか?』
『それも全て没収された・・・破棄された』
* * *
せっかく今日は息子がサッカーの試合で優勝したってのに、息子の紫苑が眠った後はその余韻され浸れず、地獄まで突き落とされた。私も医師の仕事しながらも、理央の研究していた治療法には手伝っていたから、ショックだ。
『そもそも、なんで治療法の取り止めなんてしたんだ・・・』
『噂だけど、自分たちのところに金を投資してもらうためだって、誰かが言っているのを聞いた』
そう下を俯いた理央は儚い表情に陥っていた。なんで?真面目に生きている人が、人々の心を救おうとしている人が、苦しまないといけない?そう俺の中で何かが、怒りが込み上げてきた。
その時、後ろから幼くとも力強い言葉が聞こえてきた。
『母さんはそんなとこで諦める人じゃないでしょ!!!』
そう和室の部屋から出てきたのは、幼い息子・三浦紫苑。
『え?』
『無理なら、僕たちでその治療法を広めていけばいい!!医師は進んで人を助けるんでしょ?』
そう。私たちに希望を与えたのは、息子の言葉だった。妻の理央も、あれだけ暗かった表情が照らされていくように希望に満ち溢れた表情へと変わっていった。
『そうだよね!!紫苑!!』
理央は、紫苑へと近づき、優しく彼を抱きしめたのを覚えている。彼女の目に光る一筋の涙が印象的だったから。
『私たちの手で、救えばいいもんね!』
* * *
それから、また妻は治療法の研究に没頭した。何日も何日も・・・一人でも救える心があると信じて。そんなある日のことだった。
『じゃあ、行ってきます!!』
『ね、紫苑!!悪いけど、今日帰りに牛乳とレタス買ってきてもらえる?』
『えー!!今日は友達と遊ぼうと思ってたのに・・・』
『あ、そうなの?じゃあ、いいわ!!私が買っとく』
そう、紫苑が小学校に向かった頃だった。一つのチャイムが、この家族の命運を変えてしまった。
『はい。』
扉を開けた先には、スーツ姿の高身長な男が二人、容赦なく部屋に押し込んでくる。
『ちょっと、なんなんですか!?』
妻の喚きにも、反応を示さない男たち。どうやら、何かを探す仕草をしていた。あらゆる家具をのけ払い、あっという間に部屋は散乱した状態に。そして、一番目をつけられたくなかった部屋へと彼らは押し入る。
『やめてよ!!!』
だが、彼女が必死に叫んでも止めることはなかった。そのまま、治療に必要なものが置かれた机に大量のアルコールが撒き散らされて、終いにはライターでその部屋はあっという間に火の海に。
『悪いが、あなたは死んだことにさせてもらう。もし、息子さんを救いたいならな』
そう表情一つ変えない男たちの後方で広がっていく火はやがて、家族写真の額ぶちまで溶かし、焼き尽くす。私はその光景に怒りを抑えきれなかった。だが、息子のことを言われたら、理央の体は途端に動かなくなった。
『ひとまず、君はついてこい』
* * *
そう連れ去られた先には、怪物狩り組織の隊長、貴島裕平が乗っている黒い車だった。要件はこう。
『私の邪魔をしないでくれ。人々を医療で救ってしまえば、私たちのキャリアや伝統は消え去ってしまう。だから、もう研究はやめなさい。息子の命を思うならな』
『・・・それは・・・』
妻は、彼の言葉に抗おうとするも、これ以上反論はできなかった・・・
『分かりました。研究はやめます・・・』
すると、そこそこ分厚い茶色の封筒を手渡される。そこには、新しい住居に関する契約書類だった。
『そこで、旦那さんと静かに暮らしてろ。悪いがしばらく監視はさせてもらう』
その言葉と共に、詳しく目を通していく記載にはここから遠い青森県だと書かれていた。
『ちょっと待って・・・この住居って二人専用の・・・それに"旦那さんと"って・・・』
『最初の警告を無視した罰だ。息子はこちらで引き取る。』
『それじゃ!!!話がt・・・』
妻の言葉なんて、眼中にもない裕平はそのまま自分の気持ちだけ押し通した。
『お前の息子に教え込んでやる。怪物狩りの組織の必要性を・・・この伝統をたやしてはいけないんだ』
『ただ・・・あなたたちにはその道しか選べないだけでしょ』
* * *
『そして、息子である君は、両親は火事で死んだことにして教え込まれたんだ』
そんな長話を延々と続けられているが、俺の過去に隠された真実に何一つ反応できなかった。確かに蘇ってくる記憶の断片と彼の証言は見事に重なる。ってことは、目の前の男性医師・三浦大和は、俺の実の父親ってことになるぞ!?そのことを確認せざるを得ない。
『ってことは、俺の本当の親父はお前なのか?じゃあ、母さんは?』
『母は、君の妹を出産した後に亡くなった。だが、娘には良心やポジティブな心を奪われても、回復する力がある』
『それがどうした?』
『実は、母さんは息子の君を失った後も密かに実験をしていんだ。彼女は、どうしても研究の進歩のために、自ら実験体となり、怪物と接触しても心の回復に成功。その能力を引き継いだのが、今の三浦香穂なんだ・・・』
* * *
優花の祖母の家にて。
鋭い矢はそのまま、風の威力にも負けないほど真っ直ぐへに的へ走っていく。惜しくも、的から逸れていくも、ここまでの短時間でこの成長ぶり。何度も祖母には、"寝なさい"と言われても香穂ちゃんは諦めなかった。弓矢の練習を。だが、幼い体に無理を押し付けてしまったのだろう。フラっとよろけた体勢に、私は思わず香穂ちゃんの元へと駆け寄っていく。
『香穂ちゃん!!!』
そのまま、彼女は私の腕の中へと倒れ込む。
『優花お姉ちゃん・・・ごめんなさい。さすがに・・・休みたい・・・』
『そうね!!そうしよ!!!』
私は香穂ちゃんを背中でおんぶした後、休める和室へと向かっていった。それにしても、なぜ夜中までやってるって気づかなかったんだ、私たち!!!こうなることは分かっていたのに!!!そう、自分の行動に反省している最中に、玄関あたりが騒がしくなる。
『何!?』
なんか、激しい言い争いをしているようにも聞こえる。その騒がしいものの正体を知ろうと、私は玄関へと歩み寄る。その時、ものすごい力が私の二の腕を引っ張り、口元を強く押さえつけられる。何?!
『静かに!裏口から逃げなさい!』
そう小声で私たちを裏口から逃すのは、私の母だった。
『なんで!!何が起きてるの!?』
『あなたたちは狙われている。そんな予感がしたから、今逃してるのよ』
さらに母は私の二の腕を強く掴む握力と共に、微かな本音をこぼした。
『ねえ、いい?優花・・・あなたには私が毒親に見えたかもしれないけどね・・・こうしないと、あなたと向き合えない親なのよ、ごめん・・・』
『え?』
気づけば、私は母に背中を押され、裏口ドアの先へとつながる狭い道へと顔を出した。周りは住宅街で建物の影で日光の日差しは見えないというより、もうほぼ夕日は沈んでいるようだ。
『母さんとおばあちゃんは?』
『私たちは、やるべきことをするだけよ!!さあ!もう行って!!』
私に選択肢なんて与えてくれなかった。母はそのまま裏口の扉を閉め、鍵をかけられた。
『優花姉ちゃん・・・』
不安げな表情と服の袖に軽く引っ張る香穂ちゃん。私は・・・そうだ。前だって似たような試練を乗り越えた。その経験からあの時の気持ちを掘り起こすように、彼女を自宅から離れようと走って逃げた。
* * *
優花の祖母の家にて。
『あなたたち、礼儀というものを知らないんですか!?』
そう祖母の前に居座る男たちは何事もないかのように土足で自宅の中を嗅ぎ回る。格好自体はどこにでもいそうな大学生男子の格好。だが手に握っている日本刀で、怪物狩りの組織だと分かった。
『あなたたち。ここにガキが来てましたね。今どちらに?』
そこには、年配の方でも容赦しない威圧感で迫り来る北村勝司の姿があった。




