如月紫苑 -復讐を終える男の物語- 5話
これは数十時間前に遡る。正確には岡本優花の家に訪れるまで隠れ家を探していた時の話。いろんなことが一気に起きる状況。すでに容量は限界を迎えている。足元はフラフラでたまによろけてしまう。その繰り返しに、やや少女の視線がたまに俺の視界に突き刺さってくる。
『なんだ?何回も見て・・・』
『ごめんなさい・・・私のせいで、こんな目にあってる』
そう彼女・香穂は、申し訳なさそうに眉を曲げ、下を俯く暗い横顔が焼き付く。同時に俺は女の子に責任感を背負わせていることに罪悪感がゾワゾワと襲いかかってくる。
『別にこんなの慣れてる。気にするな』
そっけない口調で、彼女の心配ごとにケリをつける。だが、悲しそうな瞳を宿すことは変わらない。あー!!もう重い空気には耐えられん!そう思った俺は、1トーン高い声で、彼女の機嫌を取ることにした。
『ああー。腹減った。なんか食うか?⤴︎』
『パンケーキ・・・』
少女の即答に思わず俺は笑いそうだった。だって、"ごめんなさい"とか言っていた人が、食べ物を聞いた途端パンケーキって・・・食べる元気はあるんかい?みたいなね。まあ、香穂の機嫌を取らせる作戦は成功のようだ。だが、パンケーキ!?どこで食える?
『・・・どこで食えるんだ?』
『カフェ、そこの道を曲がったとこ』
少女の指差す先には、角際に建てられたラーメン屋さんが。そこの道を右に曲がれば良さそうだが、俺的にはラーメンを食いたい。黒ずんだ暖簾にボロい雰囲気は気に食わないが、飯が美味しければそれでいい。だが、今は俺の袖に掴む少女の意見を聞かねば。そう、自分の欲望を押し殺した。耐えろ、紫苑。子供のためにも、そこは我慢だ。それを自分に唱えるように、ラーメン屋を前にその道を曲がった。
『あ、そこ!!美味しいパンケーキが!!!』
* * *
クソ!!甘ったるいのは嫌いなんだよな。と心の声が喋っていたものも・・・少女は俺の感情が表情として浮き出ていたのか、また暗く悲しげな顔つきを見せる。はあ・・・ちょっと演技するか・・・
『うわー!!めっちゃうまそうじゃん。俺も頼もーっと!』
もちろん、少女を優先にオーダーしたから、俺も後に続けて注文することに。
* * *
そして香穂の前にやってきたパンケーキ。彼女はいつの間にか握っていたナイフとフォークを手に、パンケーキに手をつけ始める。口が小さいのか、小さい一口サイズで食べていく。その一口サイズで、少しずつ削られていくパンケーキの形。まだ幼いことに、膝下にこぼしたり、フォークを落としちゃうようだ。その度に"相手は子供だ。冷静になれ"と問いかける。
『はい、これ使って』
そう新しいフォークを手渡す。少女は軽く頷くような仕草でお礼を済ませた後、またパンケーキを食べ進めた。
『お待たせしました。パンケーキです』
品のある20代女性が、俺の手前にある空間へとパンケーキを差し出す。あ、でもうまそーだな。腹も減ってるし、食べるか。もちろん演技も込みで。
『じゃあ、食べよう。いただきます!』
右手でナイフを握り、パンケーキを食べれるサイズへと切るも、左手のすり減った皮で、激痛が走る。よし!やっと食べれる。パンケーキの一口サイズを口に頬張ると同時に、少女は座席から離れ、マスターのいる厨房へと向かう。
『おい!!香穂!!!!香穂!!!』
二度呼んでも、三度呼んでも来ないならもう無視だ。俺の中に込み上げてきた気持ちと同時に口へとパンケーキを入れる。なんと!!このふんわりした生地に、甘さが凝縮されたこの感じ、美味しい・・・そんな言葉を脳内に語りかけるように、再生していくと突然停止ボタンが押される。厨房から細身のお爺さんが、香穂に連れてこられた絵図が目の前で描かれる。
『どれ?手を見せてみな』
『手・・・』
『手、怪我してるでしょ』
痛みを通り越して、もはや感覚を失った左手はなかなか痛々しい姿を見せていた。おじいさんは、手元にある消毒液とガーゼで、俺の治療を開始した。なんだ・・・香穂は俺の手を心配して・・・
* * *
『なあ、香穂』
『うん?』
『俺の手のこと、、、気にしてくれてありがとな』
『うん!!』
なんていう純粋な笑顔なんだ。それくらい絵に描いた笑顔を見せる。これが子供を思う親の気持ちか・・・まだ知りたくなかった。
* * *
店内を出たものも、まだ綺麗な青空が上空に描かれている。
『パンケーキはうまかったか?』
『うん!!!』
なぜか、分からない。でもこの時間だけで、俺と距離を置いていた香穂は、あっという間に手が触れ合う距離まで近づいた。しかし、まだ心配な表情を浮かび上がらせることに変わりはなかった。まだ、気になることでも?
『あの・・・お願いしてもいいかな?』
正直。ダメだ。男性医師の様子を見る限り、少女が狙われている。あまり一眼につくようなことは・・・とは思いながらも・・・
『なんだ?言ってみろ』
『知り合いのとこに、行きたい・・・』
『なんで?』
『私のこと、待ってる』
言葉には、何かしら重みを感じたが、状況次第では、俺たちのことを匿ってくれるかもしれない。そう思い、俺は彼女の願いに承諾した。
* * *
少女のとこに連れてこられたのは、普通の一軒家とは言い難い。古い一軒家と言えばいいのか?かの有名な青い狸と眼鏡っ子が住んでいる家と言えばいいだろうか?だがイメージはそれに近い。軽くギシッと鳴らす門を抜けると、そのまま玄関ではなく、裏庭の方へと駆けていく。
『おい、そんな先先行くなよ』
だが、いうこと聞かない。そのまま、彼女を追うように後をついていった。そこには、どこから出したのかわからない鍵を手に、裏口のドアから入っていく。
『お前、勝手に!!』
『このガキは親友の証だから!!!』
そうドアの先へと進んでいた。俺もドアの先に何があるのか気になって一歩を踏み出す。
『茅!!会いに来たよ!!!』
そんな声が俺の鼓膜まで届いた。やっと座敷のリビングへと現れると、車椅子に乗った少女が目についた。俺の威圧さを感じ取ったのか、鋭い目つきで警戒する。
『大丈夫!!この人は私を助けてくれたんだよ!!!』
そう、茅という少女を安心させる。少女のぱっと見の印象は静かな子。黒髪のボブヘアらしさはありつつも、前髪の長さは、目にかかっている。顔の輪郭は丸く見えるも、小顔とも認識させる。まあ、少女だからだろうな。そんな観察をしている隙に、香穂は本題の話へと移していた。
『ねえ、約束覚えている?』
『まさか、わざわざ・・・』
『親は忙しんでしょ!!じゃあ、私と一緒に外へ遊びに行こう!!!』
その言葉を聞いた瞬間、俺は彼女に確認をとった。
『なあ香穂!状況をわかってるのか!お前は誰かに狙われてるんだぞ!その正体さえ分からないのに・・・外へ!!それはさすがに許せないな』
何を必死になって・・・所詮ただのガキだろ?だが、これ以上自由にさせるわけにはいかなかった。もちろん少女は泣き出しそうな瞳をうるうるさせる。
『ああー。もうわかった!!行くなら早く遊んでこい!だが、数十分だけだからな!』
* * *
少女たちが遊びに行くと言って出かけたのは、緑色鮮やかな芝生をした公園だった。また綺麗な青空が緑の自然豊かさを強調している。
『ほらみて!!!今、茅は走ってるよ!!!』
そう勢いよく車椅子を押し出す香穂のサポートで、茅は涼しく爽やかな風を全身に受け止める。
『本当だ。走ってる!!走ってるよ!!!』
終いには、茅は両手を広げながら、広く自然に満ち溢れた世界を感じていた。一方で俺は敵の位置も、少女の位置も確認できる木の枝に腰をかけていた。もちろん、木の高さもちょうど良く、俺の体重を支えられる太めの枝だ。他にも彼らはいろんな遊びをしていた。なぜか俺はそのひとときに心が温まるような思いだった。そうだ、俺は人を幸せを守るヒーローになりたかったんだ。そう初心に戻るような出来事だった。
* * *
時系列は現在に戻る。それにしても頭が重い。どうして・・・寝ぼけている時はそうだ。ゆっくり目を覚ますと、私は、布団を敷かれた和室の部屋で眠りについていた。今見える視界には、母もいびきをかきながら、布団を敷かれたポジションで寝ている。今、何時!?と確認するべく、横に置かれた携帯へと手を伸ばす。時間は・・・午前4時30分。また微妙な時間に起きてしまった。だが、さっきから弓を弾くような音が一定に聞こえてくる。祖母はこんな時間には起きないだろうし・・・まさか!!!私は思わず、弓道場へと駆けていった。
* * *
『香穂ちゃん!!!』
そうかけた先には、ずっと練習をこなす少女の逞しい後ろ姿があった。
『あ!!優花姉ちゃん!!!』
『なんで練習してるの!?今、4時半だよ!!朝の!!!』
『だって・・・眠れないんだもん。』
確かに、祖母によるものだろうか。ここに来る前の恰好とは異なり、和服に着替えている。また結んでた髪も、だらんとフリーな状態であることが見える。おそらく寝る準備はしていたことが伺える。
『でも、寝ないと集中もできないでしょ!!』
私は、少女を納得させられる理論で、彼女を規則正しい生活をするよう促した。でも、彼女は不満げな表情で、そのまま弓の弦を引っ張り続ける。
その時、私は眠気なんて吹っ飛ばす勢いで、目覚めた。何せ、1日もたっていないのに、弦が長く伸びるまで引き寄せることができている。
『な、、、なんで・・・』
* * *
『それにしても、僕はあのまま刑務所で罪を償わないと!!!』
『なら、俺に貢献して、過去の罪を償え!!』
俺、如月紫苑は頼れる仲間欲しさに、囚人暮らしをしていた桐島慎也と共に刑務所から移動していた。彼のことが信用できないって?確かにな。でも、慎也はずっと刑務所にいたし、俺が来る前に今回の1件に関わっていた可能性は低いだろ。実際、桐島慎也と面会した記録を囚人たちが暴走している間に見たが、何の記録もなかった。もし裏切るようなことがあっても、殺されるのは俺だけ?俺が口を破らなければ、少女の身は安全。半分は諦めかけている。
そんなことを考えながら、俺たちは住宅街へと足を進める。
『で、これから何を?』
『人に会いに行く』
『え・・・』
そう狭い住宅街の中を通過し、俺が止まった先は人気のない暗い道に、蛍光灯が微かに照らすマンホールだった。
* * *
イメージしてたより広い地下だ。俺の歩く側にはドス黒い色と異臭が漂う川が流れている。そう。さっき目にしたマンホールからこの地下水の通路へと入っていった。慎也はこの場所に口と鼻を覆うほど、苦しんでいる。まあ、下水道だから無理もない。そう手に握ったライトは俺たちが進むにつれて、黒い人影を照らした。俺はその黒い人影の正体に心当たりがあった。
『やっと話せますね。聞かせてくださいよ!三浦 大和先生!!!』
そう名を呼ぶと、タオルのようなもので顔を覆った人物・(香穂の父)あの男性医師が姿を現した。




