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リベルタ  作者: 絡繰ピエロ
最終章 新たなる始まり
32/35

前編

 戦いは終わり、一段落ついたところでイグニスは大木を背に倒れ込んで、考え事をしていた。今からどうしよう、と。

 カイル先生ならすでに戦いに勝っているとは思うが、戻って来ないということは何かをしているのだろう。

 メアリに関しては、よくわからないが多分勝ってくれてるだろう。

 しかし、とイグニスは自分に置かれた現状に困惑する。

 ニーナはずっと抱きしめて離れてくれないのだ。普段ならば手で離すことができるのだが、今は体中傷だらけで少しでも動かそうとすると激痛が走る。

 そのため抵抗もできず、できるだけ動かないように注意することしかできなかった。

 だが、イグニスにはもう一つ対処したいことがあった。

 ヴァンジャスだ。彼は気絶しているものの右肩を斬ったせいで、傷口から血が溢れ出し、赤い水溜りを作っていた。

 このまま放置しておけば大量出血で死んでしまう。生かした意味がなくなるのだ。

 どうにかしたいが、身体が動いてくれない。

 そんな時、イグニスが一つの音を捉えた。足音だ。ザザッと地面の上をった足音が、途切れ途切れに聞こえてくる。

 それは徐々に近づき、姿を現した。

 メアリだ。少女は右手にメイスを持ち、それを引きずってゆっくりと歩いている。

 メアリも勝てたんだと安心する。

 少女は目前まで近づくと、俯いたまま口を開いた。

「どうやらあんたも勝てたみたいね」

「おう、やってやったぜ」

「……でも」

 メアリは低く重たい声を出し、メイスを両手で持ち高く振り上げる。

「あんたの今の状況は何? 私だって頑張ったのにそういうご褒美とかはないの? あんた私がいなかったらここまで来れなかったのに、どうしてそんな羨ましいこと起こしてんのよ。一回これで死んでみる?」

「ちょ、待て。そんなことされたら冗談にならねえって」

 必死に抵抗するが手すらも動かせず、まったく迫力がない。持ち上げられたメイスは左右に揺れ、今にも落ちてきそうだ。

 しかしそれは振り下ろされることなく、ゆっくりと地面へと戻された。

「あんた、その状態じゃ動けそうになさそうだし、別に好きでやっているわけじゃなさそうだし止めといてあげる。にやついてたら問答無用でぶち殺してあげてたけど」

 今のメアリには表情がなく、もし自分が少しでも笑っていたら本当に殺されていただろう。

 は、ははと乾いた笑いをし、その場を濁す。

 すると今まで抱きついていたニーナが、背に回していた両手を放し、立ち上がった。少女の顔は泣いていたからなのか、恥ずかしいからなのかよくわからないが僅かに赤く染めていた。

 ニーナは振り返り、メアリと向き合う。

 その瞬間、なぜかメアリは片手で胸を押さえて一歩下がった。

 だがそんな彼女の懐に、ニーナが飛び込んだ。ありがとう、と感謝の言葉を告げて。

 対してメアリは、なぜか全身を震わせて両手でニーナの背に手を回そうかどうか迷う素振りをした。

「べ、べべ別にいいわよ。私は、ニーナちゃんを助けたくて行動しただけ、なんだから」

 なぜそのような口調になっているのかわからなかったが、それよりも聞きたいことがある。

「あー、メアリ。聞きたいことがあるんだがいいか?」

「な、なによ」

「オレたちはこれからどうするんだ。それとそこで倒れている男、死なれちゃ困るんだが」

「ああ、そのことね」

 少女は見透かした口調で、そして嬉しそうに言った。

「それならもうすぐ来るはずよ」

 彼女の台詞に、何がと疑問した直後。イグニスは遠くから大きな音を聞いた。

 それは徐々に大きくなり、ドドドドドと鳴り響く。

 数秒の間があってイグニスはようやく気が付いた。これは足音だと。

 しかし数人が出せる程の音ではない。十、いや数十という単位の人間が一斉に駆けて生じる、力強い音だ。

 やがてそれは、イグニスたちの前に姿を現す。

「バウッバウッ」

 ウルドの鳴き声と共に、三十人近くの集団が駆けてきた。それらはウルドに誘導され近づいて来る。

 集団はウルドが止まったのと同時に制止し、黒いスカーフを口元に巻きつけた男が指示を飛ばした。

「救護班は怪我人の手当を、残りは周囲の警戒を頼むで御座る」

 すると集団は数名だけを残して一気にばらけ、襲撃に備える。

 残った内の一人はポーチから細い紐を取り出し、ヴァンジャスの切り口である右肩にきつく縛り付けて止血させた。

 そして数名がイグニスたちへ近づく。

「これでひとまずは安心で御座るな。無事で何より。お疲れ様で御座る」

 黒いスカーフを口元に巻きつけた男、クロウはそう言って軽く頭を下げた。

 対してイグニスとメアリも頭を下げて返す。

 とそこで、クロウはふと疑問に思ったことを口にした。

「ところでカイル君はどこにいるで御座るか?」

 ああ、とイグニスが呟き、唸り声をあげ、答えた。

「たしか余った敵を倒すとか言って、どっかに行っちまったな」

 イグニスとしては、余った敵を丸く太った男のことを指していたのだが、クロウは別の受け取りをし、

「なるほど」

 顎に手を当てて考え始めた。

 数秒後、クロウは声を張り上げて全員に呼びかける。

「すまぬがちょっと集まって欲しいで御座る」

 その途端、僅かな時間で全員がクロウの周りに集まる。

「今から二十名程度でカイル君の加勢に行こうと思うで御座る。なので、こっからここまでが拙者と同行してもらうで御座る」

「「「了解」」」

 クロウは振り返り、腰を下ろしてウルドに話しかける。

「カイル君のところまで連れてって欲しいで御座るが、よろしいか、ウルド君」

「バウッ」

 銀毛を生やした小型犬は力強く返事し、駆けはじめる。それに合わせてクロウが分けた二十名が動いた。

 それは数秒も経たない内に、森の奥へ消えていった。

 取り残された十名は、四名を除いて周囲への警戒に戻る。

 その四人の内の二人がメアリに近づく。

 背が低く、分厚い本を胸に抱えた少女がメアリに問うた。

「メアリ、怪我、大丈夫?」

「うん。それほど深刻なものはないと思う。それに今は体力補給中だし」

 少女はメアリが抱きしめているニーナに目を向け、呆れた表情がメアリに注がれた。

「……なるほどね」

 それと入れ替わるように、もう一人の女が入ってきた。くびれがはっきりとした体躯をしている。

「にしても、こんなことしてるなんて聞いて驚いたぜ」

「うん、ごめん。でもすぐに行かないといけなかったから、何も伝えれなかったの。本当にごめんね」

「いや、無事だったからいい」

 少女は爽やかな笑みを浮かべ、話を区切った。

 一方、イグニスにも二つの人影が近寄った。

 トラウムとベルドである。

 トラウムは手を目元まで運び、涙を拭く仕草をする。

「お前がこんなことができるまで成長するなんて驚いたぜ」

「オレだってやろうと思えばこれくらいできたわ。てか嘘泣きを止めろ、気持ち悪い」

「はっはっは。まあ、とりあえずお疲れ様」

 あまり真面目なことを言わない彼が素直に労をねぎらってきたため、お、おうと動揺しながらの返事が出た。

 それに続いて、ベルドが口を開いた。

「僕もイグニス君は成長していると思うよ」

「そ、そうかな」

 少々照れながら返事をしたイグニスに、トラウムが不服そうな顔で、

「どうして俺の反応と違うんだよ」

「言葉の重みがちげえんだよ」

 気にくわねえと言って、彼はいじけたが放っておけば元に戻るだろう。

 そんなことを思い、イグニスは心底から安堵を感じた


 イグニスたちの場所から約一キロ離れたところにカイルはいた。

 彼は大木を背に、走るレイを端から覗くように顔を出し、追跡していた。気付かれず、かつ見失わない距離を保って追い続ける。

 そして。

 レイが辿り着いた場所は、小屋だった。円柱の木材を壁として並べられた、二十メートル四方の小屋が森の中に建てられていた。

 丸く太った巨体は小屋の扉を突き破るように開け、慌てて中へ入る。

 その様子を見たカイルは小屋へ一気に距離を詰める。ぞんざいに開けられた扉は閉まることなく、中で発せられた会話はカイルの耳まで届いた。

「ニ、ニーナが奪われた。早く奪い返しにいくぞ」

「…………そうですか」

「そうですか、って今回の作戦に重要なものが奪われたんだぞ。なんでそんなに落ち着いていられるんだよ」

「レイさん、俺たちは今回の作戦を降りさせてもらいます」

「な……」

「よく考えてみればこんなうまい話がすんなりと通るわけがなかったんだ。ニーナを連れて来たら手に加わってたが、結果はこんなんだ。だから俺たちはもう降ります」

 話を聞く限り、どうやら仲間割れをしたらしい。おそらくすぐに小屋を出て逃走を図るだろう。

 だからといって一人でも逃がすわけにいかない。こうして加担した以上は捕まえなければいけないからだ。

 どうしようか、と悩んでいると近くから小さな声が聞こえた。

「カイル君、援軍に駆けつけてきたで御座るよ」

「うをっ!」

 予想外な声に、カイルは驚き体を震わせた。

 声がした方を向けば、クロウを含めた二十の人影。これだけいれば一人も逃がさずに済む。

 カイルは口の端を上げ、全員に指示を送る。

「あそこの小屋が今回の敵のアジトだ。もうすぐ出てくるから、一人も逃がさないよう等間隔に離れて小屋を囲んでくれ」

「「「了解」」」

 小さいがはっきりとした声と共に、集団はばらけて等間隔に小屋を包囲する。

 直後。

 小屋からぞろぞろと人が出て来、全員が硬直した。

「てめえら全員、痛い思いしたくなけりゃ両手を上げろ」

 カイルの声に、小屋から出て来た全員が何も手にしてない両手を上げる。それは降参を意味し。

 かくして、ニーナに関わる事件は幕を閉じた。

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